映画『華氏119』 | 普通人の映画体験―虚心な出会い

普通人の映画体験―虚心な出会い

私という普通の生活人は、ある一本の映画 とたまたま巡り合い、一回性の出会いを生きる。暗がりの中、ひととき何事かをその一本の映画作品と共有する。何事かを胸の内に響かせ、ひとときを終えて、明るい街に出、現実の暮らしに帰っていく…。

2019年1月22日(火)下高井戸シネマ(東京都世田谷区松原3-27-26、京王線・東急世田谷線下高井戸駅から徒歩2、3分)で、14:55~鑑賞。

「華氏119」

作品データ
原題 FAHRENHEIT 11/9
[タイトルはドナルド・トランプの米国第45代大統領当選が確定し、勝利宣言をした2016年11月9日に由来。マイケル・ムーア監督の代表作であり、当時のジョージ・W・ブッシュ政権を痛烈に批判した『華氏911(原題:Fahrenheit 9/11)』(2004年)に呼応するものになっている。]
製作年 2018年
製作国 アメリカ
配給 ギャガ
上映時間 128分


アメリカの銃社会に風穴を開けた『ボウリング・フォー・コロンバイン』や医療問題を取り上げた『シッコ』など、数々のドキュメンタリー作品でアポなし突撃取材を敢行し続けるマイケル・ムーア監督が、ドナルド・トランプ大統領を誕生させたアメリカ社会に鋭くメスを入れる。第43回トロント国際映画祭ドキュメンタリー部門オープニング作品、第31回東京国際映画祭正式出品作品。

ストーリー
2016年11月7日、投票日前夜、アメリカの人々は初の女性大統領の誕生を確信していた。だが、11月9日、当選者として発表されたのは、民主党のヒラリー・クリントンではなく、「あり得ない」はずの共和党のドナルド・トランプだった。大方の識者が予想できなかった驚きの結果だったが、大統領選さなかの2016年7月、マイケル・ムーアは「大統領選でトランプが勝利する5つの理由」いうエッセイを書き、変人扱いを受けながらもその予測を的中させた。
「僕らはどれだけ彼を知っているだろう?」と、ムーアは問いかける。娘のイヴァンカを異常なほど溺愛し、人種差別を堂々と表明し、独裁者など強い男が大好きで、女性にはセクハラ三昧。誰もが知っているそんなスキャンダルはしかし、トランプというモンスターの爪先ほどの情報にすぎなかった。
時は2010年にさかのぼる。トランプと旧知の大富豪で共和党のリック・スナイダーが、ムーアの故郷であるミシガン州の知事に就任した。権力に目が眩(くら)んだ知事は、緊急事態管理者法を成立させて市政府から権限を奪い、代わりに自らの取り巻きを送り込んだ。2013年、スナイダーのもとを訪れたトランプは、友人が支配する街を見て、羨ましそうに「次に進むためなら仕方ない。国も同じかも」などと発言。さらにスナイダーは金儲けのために、黒人が多く住むフリントという街に民営の水道を開設するが、水源をヒューロン湖から汚染された川に切り替え、住民に鉛中毒などの深刻な健康被害をもたらした。市民の抗議に対し、当局は汚染の事実を示す調査結果を隠蔽および改竄。知事は頑として問題ないと主張し続ける。
時は再び選挙運動の真っ只中へ。そもそもアメリカは左寄りの国で、トランプの支持率は元々低い。リベラルな民主党が常に高い支持率を誇り、大統領選の得票数も、ヒラリーがトランプより300万票多く獲得した。では、いったい何があったのか?ムーアはこの国の根深い問題である、ひとり1票ではない〈200年以上も前からの〉“選挙人制度”と無投票数が絡み合い、トランプを支持する少数派がアメリカ全土の意志へと変わってしまう、恐ろしい“からくり”を明かしていく。
さらにムーアは罪はトランプだけではないと、勝利だけに走り民主党のハートを失くしたビル・クリントン大統領の時代を問題視し(潤沢な企業献金で選挙戦を戦う共和党に勝つため、民主党は共和党のような政策を進めた!)、また労働者階級や若者から絶大な人気のあったバーニー・サンダースを降ろしてヒラリーを代表にするために、民主党が使った禁断の手を紐解いていく。
カメラは一転、腐敗した権力と闘うために、立ち上がった人たちを追いかける。フリントの汚染水問題に抗議する地域住民、「誰もやらないなら私がやろう」と下院議員に立候補した、1年前まではレストランで働いていたアレクサンドリア・オカシオ=コルテス(Alexandria Ocasio-Cortez、1989~)、ウエストバージニア州で〈全55郡の〉公立学校教師の低賃金(全米50州中48位!)に抗議するために決行された2週間(2018年2月下旬~3月初め)に及ぶスト、フロリダ州パークランドの「マージョリー・ストーンマン・ダグラス高校銃乱射事件」(2018年2月14日、生徒や教職員17人の命が奪われた!)で生き残った高校生エマ・ゴンザレス(Emma González、1999~) の銃規制への訴え…。
2016年5月、激しくなる一方の抗議に追いつめられたスナイダー知事は、当時の大統領オバマに助けを求める。オバマとの対話集会が開かれ、市民は“私たちのヒーロー”が助けてくれると歓喜するが、あろうことか彼は壇上で水を飲むパフォーマンスを行ない(事実上の水の安全宣言!)、人々を心底ガッカリさせる。市民の期待を裏切って知事の見方をしたオバマもまたトランプに道を開いた一人だ。
再びカメラがトランプに戻り、ムーアはヒトラーが暴走する前のドイツと今のアメリカとの共通点を挙げる。トランプは自分を嵐に譬(たと)える。かつて嵐を生み出したのはヒトラーだ。ヒトラーは“ドイツ・ファースト”を掲げて人気を博した。トランプは今、2期目への選挙運動を始めている。「4年、8年、16年だっていい」などと口走りながら。
偉大な「自由民主主義」の国だったドイツで、なぜヒトラーが権力を掌握したのか?歴史に学び、トランプを大統領にした腐ったシステムを一掃し、民主主義を再び市民の手に取り戻す必要がある。取り返しがつかなくなる前に、今すぐ―!

▼予告編