selflのブログ

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スピリチュアル関連を書きたくて開設。

 

 

「あなた、霊感強いですよね?

 

 その力はこれから使っていくことになります。」

 

 

 

 

とあるエネルギー調律のセッションを受け、

 

そのように言われた。

 

 

 

 

最近、肩や背中がとても重くて、マッサージを受けても受けてもコリがほぐれないので

 

おかしいなあと思っていた。

 

とくにデスクワークなどの負担がかかることもしていないのに。

 

 

 

 

「それ、おそらく邪気ですね。」と言われ、どうやら良くない気(よこしまな気)

 

をもらってしまいやすい冷媒体質(エンパス)でもあることが発覚し

 

(それまでただのHSPだと思っていた)

 

 

 

 

 

なにもないのに意味もなく感情が振れたり、気分が上がり下がりしやすいのも

 

自分の感情ではなく、場のエネルギーや集合意識を拾ってしまったり

 

人の邪気を知らない間に受けているからだと教えてもらった。

 

 

 

 

ここまででちょっと思ったんですけど

 

 

 

 

 

自覚なさすぎ。

 

 

 

 

 

もっと早く気づいてもいいのでは?

 

 

なんでこんなに具合が悪かったり、元気だったのに急に落ち込んだりするのかと思ってたよ。

 

 

 

 

 

HSPの中でもわたしはHSS型というものに属すと思われ、

 

「アクセルとブレーキを同時に踏んでいる」などと形容される

 

刺激探求型×敏感で繊細

 

という、外向型×内向型もしくは陰陽を併せ持っためんどうくさい性質をもっているので

 

とかく不安定になりやすいものだと思って疑わなかった。

 

 

 

 

 

それにしたって不安定。

 

 

 

 

 

おもしろいところでいうと、土日は気持ちがうきうきする。

 

月曜日はどんよりする。

 

 

 

 

 

でも今わたしは仕事をしていないし、週末だから元気になるとか

 

そういうサイクルも何か月も前から関係ないし

 

だからなんでなのかなあと思っていた。

 

 

 

 

 

そのとき少し、

 

「集合意識にまるで連動しているみたいだな…」と思ってはいた。

 

少しだけ。

 

 

 

 

 

実のところ、「霊感ありますよね?」と言われて思い当たる節はたくさんあった。

 

子どものころは亡くなったご先祖様の声が聞こえたことがあったし

 

場の雰囲気がなんとなく悪くて、近寄りたくない場所がいくつもあった。

 

大人の心の声や、お互いをどう思っているのか聞こえたし

 

金縛りもよくあっていたし(でも仕事とかで疲れていれば普通だと思っていた)

 

ごく近しい人に限られていたけど、ケガすることや、死ぬ時期がわかったり

 

訃報の知らせを聞く前から電話が鳴ることを知っていたりした。

 

(虫の知らせのものすごく精度の高いやつみたいな)

 

 

 

 

 

20代のころ、実家をリフォームした。

 

神棚を取り払ったのがいけなかったのか、家族が立て続けに事故にあったりケガをして、

 

わたしも運転中に車に突っ込まれてむち打ちになった。

 

 

 

 

 

そのときさすがにおかしいと思い、

 

これもまた不思議なのだがたまたま知り合いつながりで教えてもらった

 

表には出ないけど有力者などの間では有名な霊能者に見てもらったとき

 

 

 

 

 

背中に真っ黒なものが憑いていて、それはわたしへの強すぎる執着が形を変えた生霊だった。

 

神棚を取り払ったのもやっぱりよくなかったらしく

 

場の整え方と、浄化のしかたを教えてもらったら、事故はぴたっと止まった。

 

そのとき、

 

「あなたは第六感が鋭いから、練習すればオーラが視えるようになるよ。」

 

と言われ、とくになにも能力は発言しないまま来たけど。

 

 

 

 

 

2020年以降、コロナをきっかけにわたしの意識が上がり始めたことで

 

感覚が以前にもまして鋭くなった自覚があって

 

宇宙船(クラウドシップ)を見たり、

 

ハイヤーセルフの声のような、自分のものではないものの声が

 

ふと「降ろされる」こともたびたびになってきた。

 

 

 

 

 

時を同じくして、

 

ご縁ができた神社、神様、龍、宇宙人の魂を持つであろう人たち(スターシード)、巫女

 

エネルギーの調整を行う人や、呪術を専門とする人

 

 

 

 

 

このようなエネルギーワークを生業とする人や、存在や、神仏との距離が近くなったのは

 

たったここ1~2年くらいのこと

 

 

 

 

 

そこにきて、

 

「あなたは強い霊力を持っている。巫女のようなエネルギーです。」

 

と降ろされたことに、「やっぱりな…」って少し思った。

 

 

 

 

 

どうやら、前回御神託で「土に触るように」言われたのも

 

グラウンディングの意味もあるけど、土地からエネルギーをもらい

 

土地とつながりなさいということらしい。

 

巫女は地のエネルギーを取り入れる力を強くする必要があるのだそう。

 

 

 

 

 

「最近、神社へよく行かれていませんか?

 

 いろいろな土地を訪れたりしていませんか?」

 

 

 

 

「それは、呼ばれています。」

 

 

 

 

わたしは20代のころから、(もちろん巫女だとかエンパスだとか何も知らない頃から)

 

旅行に行くたび温泉に浸かり、神社を訪れていた。

 

神社がなんとなく昔から好きだった。

 

 

 

 

 

だけどここ1~2年は本当にいろんな場所へ神仏を訪ねて行った。

 

 

 

 

 

都内に住んでいたときご縁ができた白山神社が、

 

移住先の家から30秒の場所にあったみたいに

 

ますます神仏との縁が強くなり、

 

エネルギーの強い場所を自覚なしに回っていた。

 

 

 

 

 

箱根、厳島、出雲、伊勢、富士山、戸隠

 

 

 

 

 

神社をたびたび訪れるようになった以降からかわからないが

 

白蛇の神様が守護してくださり、とても高貴なエネルギーをまとっているとのこと。

 

 

 

 

なんか嘘みたいな話ばかりなのだが、

 

なんとなくわかっていた気もした。

 

 

 

 

だって三次元の世界に、なにもやりたいことがないし

 

どんどん離れていく気がしていくから

 

それと相反するみたいに、どんどん目に見えない存在とのつながりが強くなっていく自覚があったから。

 

 

 

 

もうこの生きづらかったけどきっとなにかに突出している能力を

 

使う方向に行っているかもしれないことは

 

わかっていたからそうなっていたのだろうなと。

 

 

 

 

 

 

まだまだいろんなことを聞かされたんですけど、

 

わたしの中では5月に一回ものすごいエネルギーのシフトが起きて荒波が過ぎた感じで

 

おわったなって感じが強くあったので、

 

6月はちがうフェーズに入ったことを明確に感じています。

 

 

 

 

 

これからどうなるのか、感じるままに過ごしてみようと思います。

 

 

先週から今週くらいにかけ、意識のシフトがすさまじいですが、いかがお過ごしでしょうか。

 

 

わたしは満月の日に

 

「あ。今めっちゃデカイのはずれた。」と思うことがありました。

 

 

 

あれほど、

 

 

 

「お金なんかクソだ」

 

「資本主義はクソだ」

 

「お金なんか無くなればいい」

 

「お金のいらない世界が欲しい」

 

 

 

と、まるで親の仇かのようにお金への嫌悪感が止まらず、

 

 

 

神様に

 

「お金の奴隷をやめる」

 

と進言されたわたしですが

 

 

 

何をどうやってもお金に関しての価値観だけ、折り合いがどうしてもつかず

 

もうお金から本気で離れるしかないと思って

 

固定費や生活費を減らす方法などを毎日毎日毎日考えていたら

 

 

 

満月の日に

 

 

 

「お金はこんなに強く、支配、無力感、無価値観、不平等を体験させてくれるために

 

 これ以上ないほど地球の周波数に必要であり、わたしたちが望んだ愛の化身のツールだったんだ

 

 地球でのネガティブな体験の中でも最たるものとして、お金ほど必要不可欠で最適なものはなかった

 

 宇宙は完璧な体験をさせてくれた」

 

 

 

と急に下りてきて、その完璧すぎる采配に涙が止まらなくなりました。

 

 

 

お金は愛だったんだよ。ととつぜんわかったのです。

 

 

 

 

 

 

地球には、わたしたちが望んでいないものはひとつもないんだよ。

 

悪も、闇も、ネガティブも、目をそむけたくなるような残虐な出来事も。

 

そのすべてが愛であり、創造主であるわたしたちの、意識の望み。

 

 

 

 

不平等が体験したかったから、お金が必要だった。

 

無価値観が体験したかったから、お金が必要だった。

 

何もできない、変えられないという無力感が体験したかったから、お金が必要だった。

 

支配と服従を体験したかったから、お金が必要だった。

 

 

 

 

 

ぜんぶわたしたちが願ったから、体験したかったから、お金というものは生まれた。

 

そういう体験をこんなにどっぷりと、没入感満載にさせてくれたお金は、愛のツールなんだよ。と。

 

 

 

 

そうか。そのために、わたしたちのためにずっとそこにいてくれたんだね。と思ったら、

 

 

 

 

急に、無性にお財布の中に入っているお札を抱きしめたくなって、

 

ボロボロ泣きながらお札の束を取り出して、一枚一枚に触れながらありがとうと言いました。

 

 

 

 

わたしの中の資本主義に対するものすごい憎しみ、お金へのネガティブなエネルギーが

 

突然にして、完全に外れました。

 

 

 

 

なんて尊いんだろうと本当に心の底から思ったのです。

 

 

 

 

お金が必要なら、いつでも受け取れる。

 

 

だって愛だから。お金は望む人を豊かにしてくれる。

 

 

自分たちで作り出したんだから、必要なくなったら、なくすこともできる。

 

 

わたしたちの意識が上がれば

 

 

お金がなくても、平等で、対等で、自然と目の前の人のことを思い、奪わずに与えあえるようになったら。

 

 

そしたら自然に、お金はなくなるんだとわかりました。

 

 

 

 

必要だから存在している。

 

願っているから、望んでいるあいだは存在している。

 

必要なくなれば、消える。

 

 

 

 

 

ただそれだけのことなのだと

 

 

お金に対するポジティブとネガティブが入り混じったがんじがらめの感情が、完全に自由になりました。

 

 

同時に、地球人として生まれてからずっと刷り込まれてきたすべてのお金に対する概念も同時に外れたのです。

 

 

 

 

 

「苦労しなきゃいけない」

 

「がんばらないと手に入らない」

 

「お金は奪ったり、奪われるもの」

 

「お金をたくさん持っている人は卑しい」

 

「お金は汚くて、清貧がすばらしい」

 

「搾取、支配、権力、不平等」

 

 

 

 

これらは全部ただの刷り込みであり、洗脳だったのです。

 

洗脳するときに、ポジティブとネガティブの情報を同時に入れられると、人は混乱してどう行動していいかわからなくなるそうです。

 

 

 

 

お金は汚い、持っている人は何か良くないことをしている、人を騙したり奪ったりしている。

それよりも真面目にコツコツと、余計に欲しがらず謙虚に堅実に働くべきだ。

楽して稼ぐなんて不真面目。労働はすばらしい。

 

 

 

 

といったような「お金を持つことを否定する」価値観と

 

 

 

 

主にテレビなどのメディアを介し、富裕層の生活ぶりを過剰に華美に見せつけて、お金を持っている人をうらやましがらせ、欲しがらせる構図。

家、車、お金。

 

 

 

 

「お金や物質的なものを持っている人が勝っている、素晴らしい」という価値観。

 

 

 

 

このふたつの相反する情報を同時に刷り込ませることで

 

わたしたちはお金を欲しがりながらも嫌悪するという

 

非常に矛盾に満ちた心理状態にさせられています。

 

これをほどくのは容易ではない。

 

 

 

 

わたしはここまで、統合の過程でものすごくたくさんの思い込みを外しましたが

 

 

最後の最後にお金のことだけどうしても外れなくて

 

 

毎日毎日毎日毎日本当に苦しかった。

 

 

 

 

そのいちばんデカイラスボスともいえる最後の砦が、満月の夜に雪崩を打ってきれいに崩壊したので

 

 

わたしの中は今がらんどうのようにまっさらで、ポジティブもネガティブもありません。

 

 

 

 

今お金に対する価値観はなにもないフラットなので、いかようにもできる状態になったため

 

 

意識を書き換えました。

 

 

 

 

「資本主義をもう十分体験しました。

でももうお金が力を持ち、権力や支配が集中し、お金を中心とした歪んだ時代の体験をわたしは終えます。

だんだんと離れていきます。それでも必要なときは、豊かさはいつもわたしのもとにあります。ありがとう。」

 

 

 

 

なんどもなんども、アファメーションなどで書き換えようとした、お金への意識。

 

 

 

 

富裕層の人がいつも言っている

 

 

 

「お金だいすき!!」

 

 

 

って心の底から言えますか?

 

 

 

という、自分のお金に対する価値観がわかる質問があるのですが

 

 

 

のどの奥に詰まったような抵抗と、いつまでも呑み込めなかったこの言葉を、

 

 

 

わたしははじめてお札を抱きしめながら心の底から言いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

素晴らしいと思えるような意識のシフトがあったあとは、ほんの何時間後とかに

 

地面の底までたたきつけられるようなネガティブな感情が湧いてきて

 

アップとダウンを行ったり来たりする。

 

 

 

 

 

そういったことありますか?

 

 

 

 

 

朝、スムージー飲んだのに、夜めっちゃポテチ食べたくなるみたいな

 

無添加で菜食中心の食生活をしていたのに、ポンドステーキ食べたくなるとか。

 

 

 

 

これ、エネルギーの変化が大きすぎて今波動をめっちゃ調整中なので、すごくゆらいでいるんです。

 

 

 

 

大きなシフトがあると、そのぶんデカイ闇が襲ってきたり、陰陽を色濃く体験する。

 

 

 

 

 

 

大丈夫です。

 

 

 

 

 

全部うまくいっているから。

 

 

 

 

 

先週から、ずっとなんかおかしいな、と思っていた周波数のアップダウン。

 

 

 

 

 

ここ数日のうちに2012年ぶりの、大きなタイムシフトが起きたからだそうです。

 

 

 

 

あのときもすごかった。仕事、住む場所、家族。ぜんぶ変わってしまいました。

 

 

 

 

そのとき以来のどでかいシフトを経験しています。

 

 

 

 

だから、いろんなものが炙り出されておぼれそうになるかもしれないけど、大丈夫。

 

 

 

 

ぜんぶうまくいくから。

 

 

9月に会社をやめてから、何をするあてもなく空気が抜けた風船みたいに

失業保険支給期間をまるまる過ごしました。

 

 

なにも生み出していない焦りと無力感。

なにひとつ動いていないのに少しも前に進みたくならない

永遠に続くかと思われそうな停滞した感覚。

 

 

今までだってステージアップとかのタイミングでこういうもやもやは何度かあったけど

まるまる5年間くらいこういう「なんか居る場所ここじゃない」感が続いて

さすがに長すぎるし「もうどうでもいいや」「あえて死ぬ必要もないけど、別に生きてる必要もないや」くらいまで

生きている意味すらわからなくなったのははじめてで、今までとは明らかにちがう何かを感じていました。

 

 

それはそう。それが時代の転換期というものだから。

今を生きているわたしたちは、前例のない時代の釈明期を手探りで進んでいる船みたいで

地図も羅針盤も持っていなくて、誰も行くべき方向とか正解を知らない。

 

 

心もとなくなって、不安と恐怖に襲われて当然なのだ。

そういう混乱の期間を生きているのだから。

 

 

さすがにやばいんじゃないの?と、スピリチュアル系を含めたいろんなセッションを受けていて

たまたま受けたヒーリングセラピーで、

御神託を降ろしてくれるとある巫女(シャーマン)の方のセッションを教えてもらった。

 

 

その方のセッションによって、レムリアの時代から約束していた役割を思い出したり、

過去世を思い出したりして、すっと停滞が解けて、

人生の道に沿って生きることができるようになった人がたくさんいるらしい。

 

 

もうなにがなんだかわからなくなっていたわたしは秒で予約。

2か月先までびっしり埋まっていたセッションの予約は、

たまたまキャンセルが出て直近一週間後に一枠だけ空いていました。

 

 

あまりにわたしがてんぱっているので、神様も割り込み予約を許可してくれたらしい。

 

 

 

下ろされた御神託は、

 

「お金の奴隷をやめる」

 

「田舎へ行って、お金がなくても人のつながりと土さえあれば大丈夫だという安心感を得る」

 

でした。

 

 

なにかの役割とか使命とかじゃなかったのが少し拍子抜けしたけど、

神様というものはえてして、そのときに必要な言葉しか降ろさないそうで。

 

 

明日食う飯の種もままならないわたしには使命もへったくれもない。

 

 

そして八方ふさがりだった停滞感に光が差しました。

 

 

わたしのもやもやと、焦りのいちばんの原因は「お金」だったからです。

おなじ生活水準がもう維持できないのに、どうやっても働きたくない。

がんばりたくないし、やりたくないことを一ミリたりともできないのに、

生きていくのにはお金がかかる。

 

 

この矛盾をどうしたらいいのかわからなくて、考えるのをやめていました。

 

 

「会社員やめてフリーランス」「自分らしくはたらく」がどこもかしこも溢れるSNS広告を見たくもなくて

もうなにもがんばりたくないのに、まだがんばらなきゃいけないのかって

なんでこんな世界に生きてなきゃいけないんだろって資本主義そのものが本気で嫌になっていました。

 

 

なにも生み出している気がしないのに消費だけするのがいやで、

ボタンひとつでなんでも手に入るAmazonの段ボールを見るのもいやで、

豊かさとか、ありがたいとかぜんぜん思えなくて、

 

 

もうお金なんか使うのも稼ぐのもうんざりだって思いが

やたらと強く湧いてきました。

 

 

その「お金なんてもううんざりだ」という思いは、過去世からくるものだったのです。

 

 

 

わたしの過去世は、一国の王様に仕える有能な参謀。

有能だから代わりがいなくて、国の財政を取りまとめる重役をまかされるのに、

やってもやっても主役になるのは自分が補佐している上の人物。

向上心はあるのに自分の地位は上がらない。主役にもなれない。

有能がゆえにいつもサポートに回っている。

 

重要なポジションをまかされていて、お金でなんでも手に入るけど、

やりたくもないことを優秀だからという理由だけでやらされる毎日にうんざりしている。

 

もうお金なんかいらない、人のためになんかがんばりたくない、

やりたいことは二度とやりたくない

 

と突然ぷつんと切れた彼が、

地位もぜんぶ捨てて自分のためだけに生き方を変えてはじめて幸福を得る、というストーリーの前半が

 

 

完全にこれまでのわたしとリンクしていました。

 

 

人のためなんかにがんばりたくないのに求められてしまったり、

お金だけはあるのにずっと空虚だったり。

 

 

そして仕事にしか打ち込んでいなかったので人とのつながりは希薄で孤独。

 

 

 

以前、ヒプノセラピーで過去世を見に行った時も、

この「お金だけはあるけどめっちゃ孤独」っていうのが何人も見えていて

今回教えてもらった過去世では自分なりの幸福を得るところまでいったけど

後悔したまま孤独に死ぬっていうのも何回もあって。

 

 

ずーーーーーっとこれをやっていたのかと思いました。

しかも毎回男性で、仕事めちゃくちゃ成功してる人生なんですよね。

今世のわたしはかろうじて女性ですが、例にもれず男性性が強すぎてバランスが歪んでます。

このままいけば過去世をおなじ結末をたどるところ。

 

 

それでも、「田舎へ移住」「農業」などのワードは最初は少しもピンと来ませんでした。

 

 

安住が嫌いで、落ち着きのないわたしが腰を落ち着けて

地に根を張るみたいな生き方ができるのだろうかと。

 

 

でも、「お金」への不安を考えたとき、

それはそのまま「不確かなものしかもっていない、足元がおぼつかない現在地」への不安だと気付いたのです。

 

 

わたしはいままで、人のつながりを避けて都会のどまんなかで生きてきて、

お金さえあれば自立できて、だれにも頼らなくても生きていけると思っていました。

 

(本当はお金を介して社会や人の手を借りているのですが、

本気で「ひとりで頼らないで生きてきた」って思っていたので前提からちがいますが)

 

お金と都市の便利さがわたしを孤独にさせて、居場所もなくしていたのです。

居場所というのは、主にお金を介さないつながりや、「人」です。

 

 

 

 

犬を飼い始めてだれかが待っていてくれる場所ができたとき。

 

賃貸マンションの床を、犬用シートをはがすときにあやまって破損させて

ああ、ここって借りものなんだよな。と思ったとき。

 

物価高騰で食べ物が手に入らなくなったら、「物を買う」ことしかできない自分は

あっという間に飢えてしまう現状を思ったとき。

 

お金を払えばなんでもしてもらえるけど、

その不確かな紙屑でしかつながらない人間関係の不安定さを思ったとき。

 

 

 

 

お金さえあればなんて。

 

 

お金みたいな不確かなものしか持っていなくて、それ以外なにも持っていないのに

 

 

なぜ安心なんて手に入ると思ったんだろう。

 

 

 

 

なんか急に、まやかしが解けて

自分がどれだけおそろしく不安定な位置にいるのかを急に認知したのです。

 

 

 

 

「住む場所」

 

「食べ物」

 

「人とのつながり」

 

 

 

 

これらがしっかりと自分の居場所をたしかなものにしてくれる、

本当の「安心」なんだと。

 

 

 

 

わたしはなにも持っていない。

お金しかもっていない。

でもお金さえあれば安心だと思っていて

 

 

 

そんなまやかしだけで、安心した気になっていたから

 

 

 

それは人々や世界の価値観が変わればあっというまになくなるものなのですよと。

 

 

 

だから立て直しなさい。足元から。

そうしたときに、はじめて本当の安心を実感できて、創造のスタートラインに立てるでしょうと

神様はおっしゃりたかったのです。

 

 

 

ほんとうに異論はなくてそのとおりだなと腑に落ちて

セッションの次の日から、移住先のおすすめの地を調べはじめました。

 

 

 

ほんとうに完全に神様の視点で

人間のわたしには考えもつかないような選択肢。

 

 

 

停滞していた時間が、やっと動き始めました。

 

 

 

今回御神託を下ろしてくださった神々は

・天照大御神様

・菊理媛様

・瀬織津姫様

・少彦名命様

 

 

 

少彦名命様は、はじめて聞いた名前の神様だったのですが、

温泉・医療・お酒をつかさどっている神様で

どれも縁が深くかかわってきたものでおもしろいなと思いました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2025年に入ってから、

 

人間関係

 

仕事

 

お金

 

なんでもいいのですが

 

 

 

 

もういい加減に、こんなことしている場合ではない

 

 

もうがんばれない

 

 

 

 

みたいな感覚はありますか?

 

 

 

特に、2025年のエネルギーに完全に切り替わった2月。

(旧暦では2月から新年がはじまるからです)

 

 

 

わたしは昨年の9月に会社をやめてから、

 

ほんとうに文字通りなにもやりたくなくなってしまいました。

 

 

 

特に仕事と人間関係が、完全な今までとはちがうフェーズに入ったことを感じています。

 

 

 

人間関係でいうと、大事な人だったので一生懸命自分自身をかえりみて

 

この関係性がうまくいかないのは自分の中にこういう思い込みがあるからだ

 

とか、インナーチャイルドの傷と恐れからこういう接し方になってしまっている

 

というのを徹底的に向き合って改善し、どうにか協調の方向に、和解の方向に、

 

がんばって持ってきていこうと思っていました。

 

 

 

でも、どうやっても変わらない。

 

相手を変えようとはしていないのだけど、でも、あまりにも同じことの繰り返しで

 

急に「もうこんなことしてる場合じゃないや」って思って、スッと関係を切りました。

 

2021年ごろからかみ合わなくなり、それでもずっと、

 

どうにか関係をよくしようと、試行錯誤してきていた人でした。

 

 

 

対立、恐れ、不安、決めつけ、支配、依存、コントロール

 

 

 

もうそこから抜けていきたいのに、いつまでもそこにいたくて

 

抜けさせてくれない人が身近にいると思います。

 

家族、友人、大事な人、身近な人。

 

そうすると、大事なら大事なほど、どうやってもその人の世界観に足を引っ張られてしまいます。

 

もう、手、放しませんか。

 

自分が冷たい人間だとか、薄情なやつだとか思うかもしれないけど

 

でも、やれることはやりつくして、それでもかみ合わないのなら

 

速度が違うのです。

 

ただ、それだけです。自分が悪いとか相手が悪いとかじゃなく、

 

合っていないだけなんです。周波数が。

 

 

 

周波数が合わなくなるとタイミングがとことん悪くなったり、

 

邪魔が入ったりして物理的にも会えなくなるし

 

遅かれ早かれ、切れていく人は切れていくのが自然なのです。

 

 

 

大事な人ほど手、放したくないかもしれないけど。

 

 

 

仕事でいえば

 

お金のためにがんばれなくなった人がほんとうに増えています。

 

好きなことで起業、ビジネスを作る、

 

一見自由に見えるかもしれないけどそれすらも

 

やっぱりそこには「三次元的なやりかた」という縛りがあって

 

そこで引っ掛かる人がものすごく増えています。

 

こうやったら上手くいくとか、成功するとか、

 

今までは通用したことがまったく意味を成さなくなっていて

 

誰かの成功法則を真似して、自分らしさをなくして型にはめることも

 

リスト取りだとか、大量行動だとか、もうなんにも、

 

なにひとつがんばれなくなってしまった人が本当に増えています。

 

なんだったら、自分の心が違うなと思うことは、なにひとつできなくなってしまったというほうが正しいです。

 

わたしもそのひとりです。

 

 

 

本当は、ひとりひとり違うのに、誰もが必ずうまくいく絶対法則なんてないんですよね。

 

ただ、今までの時代ならそれが力技でできていた。

 

もうそれが、できなくなっているということです。

 

 

 

「いいかげん、もうなんにもがんばりたくない」と心が言っている。

 

 

 

今までならどうにかこうにかだましだまし、なんとかやってこれたのに

 

ここにきてなにひとつ立ちいかなくなっているのです。

 

 

 

わたしの場合は2020年のころ、大きな覚醒があってすでにこの兆候はあったのですが

 

まだだましだましできていました。

 

 

 

でも、もう完全にごまかしが効かなくなったのを感じます。

 

 

 

みなさんはいかがでしょうか。

 

 

 

「もうこんなことしている場合じゃない」

 

 

「いいかげん、本当に心がやりたいことしかやりたくない。がんばらないで生きたい」

 

 

「愛とか、楽しさしか感じたくない。もう苦しみたくない」

 

 

 

そんな怒りとか悲しみにも似た、心の奥から突き上げてくるような変化はありますか?

 

 

 

もしあるのなら、今年は変わっていかざるを得ない年になると思います。

 

 

 

わたしはなにもかもが止まってしまったのにもかかわらず、とても楽しみな気持ちです。

 

 

 

この話のつづきです。

 

 

 

を、書こうと思ったのですが、

 

 

 

PCを変えたばかりでスマホの画像が送れないし、

 

けっこうな長文を書いたのにアップしようとすると画面が固まりできない。

 

そして、タブをあやまって消す。というのが2回あり、

 

 

 

ああこれ、書かないほうがいいんだろうな。

 

 

 

と思ったので、ひとつだけ書きます。

 

 

 

前の記事を見て不二阿祖山太神宮に興味を持たれたり、

引かれる気がして行かれる際は、

 

 

かならず案内の方に神社の参拝の仕方や、

エネルギーの受け取り方を聞いてみてください。

(受付で教えてくれます)

 

 

 

そうしないと何も知らないままでなんとなく参拝するのは

もったいないし、ほとんど意味がないので。

 

 

 

検索してみたところ、ほかにも紹介しているブログさんなどがあるので

見てみて行ってみたい!と思ったらご縁かと思います。

 

 

 

山梨旅行のつづきです。

 

 

 

不二阿祖山太神宮参拝後、そのまま帰るつもりだったのですが、

ふとまだ山梨県に残らなければならない気がして急遽ホテルをもう一泊取りました。

 

 

 

木花咲耶姫へのご挨拶のため、浅間神社をおとずれたところ

鳥居をくぐる前から寒気と震えと涙が止まらなくなり、

神社でそんなことははじめてだったので、かなりびっくりしました。

 

木花咲耶姫と何か縁あったのかな?と思いました。

 

 

 

富士山と縁の深いふたつの神社。

 

 

 

でもそれ以上に、富士山そのものが神様で、ご神体でした。

 

神秘的で荘厳なその姿は、まさに神様。

 

 

 

浅間神社をおとずれたあと、山中湖前の富士山が目の前のカフェに陣取り

心行くまで富士山をながめました。

 

 

 

前日に帰ってしまっていたら、そんな機会にも恵まれなかったよなと思いつつ。

 

 

 

思うんですけど、日本人って、意外と富士山行かないですよね。

 

わたしも行ったことがありませんでした。

 

現地にいたのは海外の方ばかり。

 

日本人のルーツとも言え、エネルギーにあふれた場所であるのに。

 

 

 

今回は、富士山や、富士山と縁の深い神々とのつながりを持てた旅だったんじゃないかと思います。

 

 

 

今年は日本人であることや、ルーツを思い出すのにとても重要な年だからこそ

 

富士山へぜひおとずれてほしいなと思います。