それでは前回の続きを書いて見たいと思います。
先ずは拒食症の謎解きから。
私は今でも自分の拒食症が始まった瞬間を覚えています。本当に些細なこと。
久々に会ったお婆ちゃんに
『あらぁ、ラビちゃん、太もも太いのねぇ』
この一言がトリガーになってしまいました。
これは、お婆ちゃんが悪いのではなくて、私が私に準備していたトリガー。
それを引く役割をかってくれたのがお婆ちゃんだったということです。
人は人生にトリガーを用意していることが多々あります。それが必要になったら、トリガーを引いてもらう、もしくは引く…という現実が起こります。
(ちなみに、テオ妊娠中は、スース先生のセッションで、私自身が溜池を見たら流産するというトリガーを準備していたことが分かり、予め知ることで、溜池を避けて回避できました。きっと、過去世と、溜池と、流産で何か繋がりがあったのだと思います)
さてさて、お婆ちゃんにトリガーを引いてもらった私。
たしか、高校1年の時だったかな?はっきりした時期は忘れましたが、それくらいの時です。
その日からダイエットが始まり、それがドンドンエスカレートして、ストイックになってしまい、気がつけば、高校3年生の時、身長158センチに対して、体重は40キロ前半。一番痩せていた時は38キロくらいまでなっていました。
骨と皮だけで、椅子に座るとお尻が痛い。
生理なんて高校3年生に入ってすっかり止まっていました。けれども、受験の邪魔がなくなって良かったと思っていました。
毎日体重計に乗り、100グラムでも減れば喜び、100グラムでも増えれば不安になる毎日。
食べることを頑なに拒否し、家族を困らせました。
けれども、集中力だけは衰えることがなく、とにかく大学受験という目標に向かって勉強ばかりしていました。
食べている時間があるなら、英単語の一つでも覚えた方がいいと思っていました。
学校が終わっても、6時までは居残りで勉強し、そこから塾に直行し、カロリーメイト2本だけ食べて、塾で授業を受けて、家に帰っても勉強していました。
今思えば、体力と集中力が続いていたのが不思議です。
大学に合格する
志望校に入る
そうできなければ人生が終わる
この思考ばかりが頭を占めていました。
でも、人生ってもっともっと楽しいことがたくさんあって、高校生なんて、バイトしたり、友達とカラオケ行ったり、彼氏を作ったり、そんな時間がステキなのに、全部全部排除しようとしていました。
そんなの間違っている
私のやり方が正しい
娯楽は悪だ
とにかく大学に合格しなくてはならない
私がこの思考を手放せなくて、私は変わらない!を徹底していたので、食べ物を食べることができなくなっていました。
食べ物を食べるとは、人生を楽しむ、味わうということを象徴しています。でも、私はそれを拒否し、色んな価値観を拒否した。
だから、拒食症という形で、私は今、色んなものを拒否していますよー受け付けていませんよーと自分で自分にメッセージを送っていました。
もっと早く思考の偏りに気付けたら良かったのだけれども、こういったメカニズムがあるなんて、当時は全く知らなかったから、どんどん自分を追い込み、そして、強制ストップをかけるべく、大事故を自分で起こしました。
次は大事故の解説です。
