【Presence】

について、2018年は深く追求してきた。


とはいえ、

特別にそれを意識するというより。


自分という人を深く感じ、味わい、

見つめていった結果として、


どんな自分の【Presence】が表れるのか?


どんな存在感の自分として感じられるのか?


ということを、

面白がって、興味を持って、

様々なことに挑戦してきたという時間だった。



つい先日、

一年ぶりにお会いした(zoomだけど)方に、


「みおさんすごく変わったよね。

 そう言われるでしょ?

 なんていうのかな…

 いい意味で、魂が年を取った感じ。」


という、

私にとっては最上級のお褒めの言葉をいただき、

進んでいる方向は間違えていないんだ!と、

とても嬉しい気持ちになりました。



私は人前で話したり、

人の相談にのったりすることを仕事にしていて、

「伝えたいことはどうしたら伝わるのかな?」

ということは気になります。


いろんなことを学んでみたりしたり、

自分で試してみたりしてきたけれど、

今のところ、確信を持って言えるのは、


「その人が体現していることが伝わる。」


ということ。


体現、っていう言葉が持つ意味の深さも、

とてつもないものなのだけれど。


その人が深く信じて、

自分に許可していることが、

そのまま表れてくるという感じ。


自信がある人は、自分の言葉で話せる。

自分の経験に基づいた言葉を紡ぐ。

その瞬間に自分の内側から湧いてきた言葉を、

自分のエネルギーで話している感じ。


それは、肩書きとかそういうものに関係なく、

自分の信念を持っている人だと思う。



先日、

某大手企業のある部署の方の講演を聞いたのだけれど、

とても最後まで聞いていられないくらい

残念なものだった。


たぶん、

スピーチの動画を見たり、ノウハウを身に付けたり、

「こんな風にすると人はカッコいいと感じるんだよ!」

というスキルを全投入したのだと思うのだけれど、


話の内容と、その人の存在感がかけ離れすぎていて、

もう本当に「気持ち悪い」空気感でいっぱいだった…。


言葉はエネルギッシュな、美しいような、

そんな言葉を発しているのだけれど、

(ほとんど覚えていない…)


その方自身に、生命力が宿っていないの。


壇上に立って、スーツを着て、マイクを持って、

手元にあるリモコンでパワーポイントのスライドをめくり、

何かを話している人がいるんだけれど、

その人の存在感があまりにもなさ過ぎて、

(え?もしかしてこの人透明人間かも?みたいな)


言葉が全然耳に入ってこない。


結果、何も伝わってこない。


「気持ち悪い時間だった」という印象しか残らない…



その人が深いところから信じて

自分に許可していることは、


ノウハウさえ身に付ければ大丈夫だ。

それさえマスターすれば自分は安心だ。

自分には信念がない。

自分の言葉で話すことなどできない。

自分にはそんな自信がない


ということが、体現されていた。

まさに。

(私はそう感じたということね。)



人は、耳障りのいい言葉だけでは信頼しない。


その人が醸し出している空気感。

その人がいるだけで感じられるエネルギーのようなもの。


そう。

目に見えないものを、私たちはキャッチしている。


目に見えないものを。



私はだからこそ、

自分が何を体現しているのかを大切にしたい。


私はだからこそ、

自分に常に正直で在りたい。


なぜなら、

自分に正直であることこそが、

自分の存在感を高める唯一の道筋だから。


自分の外にあるものさしに乗っ取られて、

自分に嘘をついている限り、

この存在感というのは低下し続ける。


当たり前だよね。

自分の生命力を削って、そのエネルギーを

外のものさしに合わせることに注いでいるんだもの。


生命力を削るってことは、

自分の存在感、【Presence】を弱めること。


そこからは、

奪う、弱める、憔悴する、自信を失う…

というエネルギーが体現されて、

それがそのまま人に伝わっていくんだよね。


こわいよー。



年末に認定ティーチャーとなった

AFP(Art of Feminine Presence)は、

自分の【Presence】を最大限に引き出していくために、

私にとっては本当に本当に神メソッド!です。


これに出会ったことで、

私は私自身のコアにつながることができて、

自然と信頼を取り戻し、生命力と繋がり、

自分にくつろげることが多くなりました。

結果、【Presence】が深くなったのだと思います。


今年はAFPのイベントもたくさん開催していきますので、

ぜひ体験してみてくださいね~。


超絶オススメ!












#存在感 #資質 #体現している #才能 #ノウハウはいらない







私がキャリアサポートの仕事をしていると、

だいぶ前にチラッと話したのを覚えていてくれて、

20代後半の知り合いが声をかけてきた。


その時私は事務的な作業をしていて、

しかもかなりヒマしていて、

ゆったり流れる時間に幸せを感じながら、

ホンワカしていたような気がする w


だから、

もしかしたら話しかけやすかったのかもしれないな。


(無防備って素敵!)



立ち話だったし、

他の人の目もある場所だったし、

簡単な入口の部分しか話聞けなかったけれど、


「(仕事で)やりたいことがわからない。」


という言葉が出てきた。


その人が、

繊細で純粋な感性の持ち主であることは、

今まで接する中で私もよく分かっていた。


そんな感性を持っている人が、

「やりたいことがわからない」

と感じる時の理由って、

大きく二つあるよね、って思ったのです。



ひとつめ。


環境やそこにいる人など、
「空気感」に馴染めないと感じるということ。

肌感覚や雰囲気、居心地といったもの。

仕事内容そのものは嫌ではないけれど、
圧迫感のあるコミュニティの中で
やり続けているうちに、

これってやりたいことではないかも?

となるパターン。



ふたつめ。


他者と自分の思いの境界線が分からず、
混乱しているパターン。


周囲が何を求めているのかわかりすぎて、

自分が何を感じているのかがわからなくなっている。


あなたはどう思う?
と聞かれても、それがよくわからない。
ということも多いです。

周囲の期待に応えたい、

という責任感も強い方が多いので、

無理しても頑張らなくちゃ、と

かんじているかもしれません。


親やパートナー、

今所属するチームや会社、

常識や一般論、世間体みたいな見えない圧力。


本当は自分の中にやりたいことはあるけれど、

他の人の思いと混同して

見えなくなっている状態。



やりたいことが「ない」わけではなく、

やりたいことが「ある」のだけれど、


「ある」ことに気づけていないことで、


自分に才能がないからではないか?


自分が弱いからではないか?


自分の感覚が他の人より劣っているからではないか?


と、自分を責める方向に

エネルギーが向かってしまって、

とても苦しいよね。


うんうん。

苦しいよね。


でもそれは、

あなたがおかしいからではない。


それだけは断言したい。


細かなことを繊細にキャッチする

センサーがあなたに搭載されていて、


今のこの社会の中で、

日常生活の中で、

混乱してしまっているだけ。


その繊細さは才能であるし、

これからはその才能を生かせる時代だし、

おおいに必要とされるもの。


今はちょっと苦しい思いを

抱えているかもしれないけれど、

それを強みとして

社会と関わっていくことができるよ!



次の投稿で、

じゃ、それぞれをどうしたらいいの?ということを、

私の経験をふまえて、お伝えできたらいいなと思ってます。






今日は激怒2発の日。


ここまで大声出して怒ったのは久しぶりなんだけれど、

よくよく自分の感情を冷静に見てみると、

そこまでひどく怒りの感情が湧き上がっていたわけではなかった。


でも、感情に乗っ取られた。

というよりも、怒ることが目的になってしまっていた。


本当に些細なこと。


次男がふて腐れて適当に夕飯のおかずをテーブルに運ぼうとして、

まんまとこぼした、とか。


夫が中途半端なテーブルの拭き方をした、とか。www


おい。


でもなんか、怒鳴り散らしちゃったんだよね、

一方的に。

勝手に言いたいことだけ、言いたい放題言って、

周りをドン引きさせているのに、ひとりでスッキリ、みたいな。


自己嫌悪、とか、

自己否定、というのはなくて。


感情を出すことに抵少なくなったし、

そういう喜怒哀楽をはっきり表せる自分も許せるようになってきた。


だけどね、とはいってもね。

こんなに子供じみた出し方ってどうよ…


という反省モードに、いたんだよね。


そのまま子供たち二人と一緒にお風呂に入り、

先に次男が出て、

長男と二人になった時、


「なんかママ怒っちゃうんだよねー。

 でもあんな風に怒ったらみんな嫌な気持ちになっちゃうよねー。」


といいましたら、

久しぶりに登場した長男先生。


「怒っていいんだよ。

 でもさ、言うのは一回だけにして、

 何度も同じことを繰り返し言うのをやめたらいいんじゃない?」


まず相手を肯定する。

その後に、問題点を指摘する。

笑顔と共に。


テキスト通り、完璧なフィードバックです、先生!

ついていきます!


「ママさ、大人だし、もう44歳なんだけど、

 まだまだたくさんできないことがいっぱいあるよ。」


といいましたら、


「できなくていいんじゃない?

 でも、どうしたらもっとよかったのかな?って考えて、

 次にやってみるのもいいと思うよ。

 僕もいつもそうして考えているもん。」


完璧。

もう完璧。

完璧に癒されたデス、ママ。



そう。

できない自分を、

またやらかしてしまう自分を、

受け入れる勇気。


みっともない自分を、

子供じみた自分を、

認めていく勇気。


できない自分を、

許していく勇気。



そうである事実を、

なかったことにして、

記憶の奥底に閉じ込めてしまうのではなく、


上手くできなかったその事実を、

そのまま受け入れ、認め、そして許す。


ありのままというのは、

光の当たるところも、

陰になるところも、


光を光として認め、

影を陰として認め、

それぞれが両方あってこそ、

「存在として見える」ことを知り、

その両極を抱きしめていくことだ。


あることを認めることで、

その存在をようやく生かせるようになるから。


これは私自身がAFPのワークを通じて、

しみじみ感じていることとおんなじだー。



あぁ、もう流石。

今生まれてくる子たちというのは、

これからの新しい時代に必要な力を

搭載して生まれてきているね。



おっと、話がズレた。


そうそう。

私もできないことや、

未熟なことを受け入れた上で、

よりよくしていくにはどうしたらいいだろう?

という視点を大切にしたいな。


今年は感情とうまくお付き合いして、

周りの人たちともうまく関係性を築けるようになること。

そして、それを通して、自分の幅を広げていくこと。


そこを大切にして、進んでいこうと思うよ。



#感情とうまくお付き合い

#未熟さを認める

#できなくていい

#資質と才能

#許すことのパワフルさ














人の強みって、
人を観察したりとか、
丁寧にお話しを聞いたりしながら、

そこから浮き彫りになってくる
その人が何気なくやっていることや
パターンのことなのだと思う。

本人無自覚。


あとは、ギャップ。

外見と内面というのもある。


一見おとなしそうで、
流行には興味がなさそうで、
コミュニケーションも苦手で、
ひとり行動が多い人が、

ひとつの興味に向かって
淡々と行動を積みかさね、
(しかも驚くべきスピード感ある行動力で!)

その行動=現場で感じたことを

【自分の感覚としてどうなのか】

という視点で
着々と情報を蓄積している。


この、【自分の感覚として】の
行動量と情報の蓄積の膨大さ。

おそらく彼は数年後、
自分が進む道を選ぶタイミングで、
この経験と情報を活かして、
自分で納得する選択をすると思う。

そしてこの選択も含めた経験は、
自分を支える大きな自信になる。



自分が何が好きなのか

自分に何が向いているのか


これを知るには、
アセスメントとか診断テストもいいけれど、

やっぱり最終的に信頼できるのは、
自分の経験からくる肌感覚。


特に私はそれ。

むしろそれしか信頼していないくらい。



肌感覚として心地よいのはどんな感じか

この違和感はどこからくるのか

この心地よさや安心感は何が理由なのか


これは自分だけの感覚で、
他の人と比べるものでも、
できるものでもないけれど、
信頼度は一番高いと思う。

だって、自分だけの感覚だから。

そこが信頼できたら、
何事にも自信を持って選択できる。

たとえそれが「失敗」だったとしても、
必ず「成功」に向かう経験に変えていける。



彼のように、
恐れずに経験を積むこと、
場数をこなすこと、
行動することは、

何もわからない、
でも知りたい、
という段階において、

何よりも大事なことであり、
有効なことだと思う。


というわけで、
私も彼を見習って、
細かいことにこだわる前に、
行動していこうって思いまーす!w





「自分のことは自分ではわからない。」

これは本当にもう、
つくづくそうだなと思う。

上手くいくパターンであっても、
そうでないパターンであっても、

よく繰り返すパターンには
自分の癖があって、

それは強みとも言い、
またその別名を弱みともいう。


同じコインの裏表だから。


個々のところ強く意識する私の癖は、

「ちゃんとしようとしすぎるところ」。


いや、これはもうずっと前からわかっていた。
ずっとずっと前から知っていた。

でも、
ちゃんとしすぎないようにしようとは言っても、
この程度はやっておかないとね。

と思っているその程度が、
私の場合、


強度すぎる


のだ。


この強度の表れ方として、

・文字の大きさが揃ってないと気持ち悪い

・フォントが好みでない

・タイトルが最新でない

・写真が自分の最先端を表していない (笑)

・言いたい言葉で伝わるように書けていない


などなどなどなど…


…っていうか、
これ全部完璧にしようと思ったらむしろ、

いつになったらスタートできるんだよ!

ってことで。


これは仲間と共に場の立ち上げにかかわっていて、
他の視点から見てくれる仲間の、
その視点からフィードバックしてくれた
私の強すぎる傾向のひとつ。


指摘してもらえるって有り難いわー。


・何のために?

・誰に向けて?

・どうやって?

・その先に何が実現するの?

・だとするとこの写真では… (笑)


の繰り返しを言い続けていた私に、
癖を見出して指摘してくれ、

だとすると、どうしたらいいのか?

を共に考えてくれる有り難き仲間。


そうよ、そうよ。

如何なる癖だって、
如何なる弱みだって、

それをどう活かすか?という視点を
切り替えて行動とつなげるだけで、

強みになるのよ!


そしてそれは、【才能】だ!


というわけで、

ちゃんとしすぎてしまう自分を知って、

ちゃんとしすぎようとする自分に気付き、

ちゃんとしすぎなくても進んでいける自分を許し、

ちゃんとしないまままずやってみることに挑戦する。


そんな新しい私をスタートしてみたいと思いまーす。


楽しみ♥