先週末、第4期のアムリタ"熟"が幕を閉じました。


そうね…

幕を閉じる、とか、
終了する、とか、


もちろん、


この期間に取り組むプログラムとしての
それは全て終えたのだけれど、


これからが本番

という感じがひしひしとしています。



私は去年の第3期に熟生として参加していて、
ひととおりのプログラムはいったん終えていたのですが、

今期からは事務局として、
"熟"長のアムリタのお手伝いをさせていただきながら、
参加者としても参加していました。



当初は、この、

「事務局兼参加者」

という立ち位置が、
こんなにも私を根幹から揺さぶり、

奥深くから自分を見つめ直す、
そんなことになろうとは
思ってもみなかったのですが…。







私は心の奥底の、
本当に深いところで握りしめていた、
そんな思いがありました。


それは、
あえて一言で表現するならば


私は仲間の輪の中に入れない。

入ってはいけない。



というものでした。



グループ、チームというような
複数の人が集まる場において、

私はその場をその時の目的に準じて、
できるだけ良き方向にまとめていこうとする、
そんな質があります。


これが、自分の強みの一つである、

オーガナイズする

ということだとようやくわかったのは、
このアムリタ熟4期の間。

極々最近のことです。


しかしこの質のおかげで、
私は社会に出るまでの間に、
だいぶ痛い思いをしてきました。



誰も頼んでいないのに勝手にリーダーになる とか、

自分が一番だと思いあがっちゃってさ とか、

威張ってんじゃねーよ とか、

あなたがまとめられるなんて勘違いも甚だしいわ とか

しまいには、

あなたが一番目立ってるのが腹立つ と言われ、


まぁ、
かなり過大解釈入ってますが(笑)、

周囲から言われたり、
あからさまに態度で示されたりした末に、

仲間外れにされてひとりになる

というパターンが何度か繰り返されるうちに、



私が仲間に入ると、
知らないうちに仕切り始めちゃって、

そんな私を見て
みんなは嫌な気持ちになるんだ。

だから私は、仲間に入らない方がいい。




って。

誰もそんなこと行ってないのに、
小さな私はそうすることで自分を守ろうと、

そんなルールを決めていたのだろうと思います。



だから、
特に女性だけのグループで、

私が何か取りまとめるようなポジションになると
(この立ち位置が、そして異常に多いのだけど)


前に出てはいけない


という、強いブレーキが発動して、

でも同時に、

自分で軽々とできてしまう
オーガナイズするという強みも立ち上がるので、

ブレーキとアクセルが同時に踏まれて
どうしていいか分からなくなり、


結局黙り込んだり、

変な重苦しいオーラを漂わせながら、
周囲の人に察してもらうよう仕向けたり。



だってみんな、楽しそうなんだもん。

本当は私もその輪の中に入って、
一緒に笑ってたくさん話したい。

みんなと一緒にいたい。

私も一緒にいたい。

私は一人はやっぱり寂しいんだよ。



…書いていて恥ずかしいけど。。。


そんな恥ずかしいくらいの
自分の闇、
ダークサイドが浮上して浮上して、

とても苦しかったのが今年の初夏。



でもそこから、
何をしたかというとわからないけれど、

自然と自然とゆっくりと、

みんなの輪の中に入れる自分に
気が付き始めました。



そして先週の合宿では、
こんな素敵なものをいただいてしまい…





涙…
涙…
涙…






私の勘違いだったんだ。

単純に、間違えちゃってただけだったんだ。



みんないつも、
いつもいつも、

ちゃんと私のことを見ていてくれて、

時にやりすぎちゃうくらいの
前のめりな私でさえも


それもみおちゃん♥


って、
ただ真っ直ぐに見ていてくれてた。



それを私は、受け取れなかっただけだ。


また結局ひとりになってしまうのが怖くて、
その先に進むことをためらっていたんだ。



でも、

周りの人たちがそんなに丸ごと見ていてくれるなら、

私も私の中にいるいろんな自分を
丸ごと真っ直ぐに見て、


あぁ、そんな私もいるんだね


と。


ただそこにいることに眼差しを向けて。


出ないように頑張るでもなく、

違うように出てこれるように仕向けるでもなく、

もうそのままでいいのだと、
ただただそこにいればいいのだと、


もうそれだけを丸ごと見つめて抱きしめて。



そうしていくことで、
本来の自分の力として、

それが未来への可能性として

立ち上がっていくのだと思った。



人は、
受け入れてもらえているとわかるだけで。

変わらなくていいのだと。

そのままでいいのだと。


そのままでいることが素晴らしいのだとわかるだけで。


自然と本来の自分が立ち上がる。


立ち上がらざるを得ないよね。


こんなに深い愛に包まれているとわかってしまったら。



強みも弱みもあって、
だから素晴らしい。


それを抑えることなく、
安心して出していけることが分かったら、


あぁ、
世界はこんなにも変わるんだなって。



そして今ここに私はいます。



vol.2続きます。


週末、丸ごと留守にしていました。
 

昨日お風呂に入りながら、
どんなことをしていたの?と
長男と話していたところ、



「僕(長男)は外で遊んでたんだけど、
 トモ(次男)はなかなか来なくて、
 家に帰ってきたらあいつテレビ見ててさー。

 外で遊ばないといけないのにね。」


と。
 
 
私は長男の、その、
「外で遊ばないといけない」が
ちょっと気になって、
 
 
(きっと私がそう言ってるんだろうなー。
 言っちゃってるんだなー。)
 
 

「もちろん外で遊びたかったらいいけど、
 きっと遊びたくない時もあるだろうから、
 そういうときは無理に外で遊ばなくても
 いいと思うよー。
 
 ママも怖い言い方しちゃうことあるけど、
 思ったことそのまま言ってるだけだから
 あんまり気にしなくていいからねー。
 
 その時やりたいことやればいいんじゃないかな。」
 
 

と、そこまで話したら、
なんか私の中から思い出されたことがあって。

長男に話してみた。
 
 

「ママさー。
 ママが小さい時、そうしなかったんだよねー。
 
 やりたいことやる、ってことをやらないでさ、
 
 周りの人たちがどうしてほしいのかな、って
 それを気にしてさ、
 自分がやりたいことやらなかったんだよね。」
 
 

そうしたら長男、


「それ一番ダメなやつじゃん!」


と。



笑った。www


そうだよね、一番ダメなやつだよね!って、
2人で笑ったよね。


そして、
その笑い声と共に、

なんかずっと握っていた、
もうかなり小さいサイズにはなっていたけど、

自分の中の何かが、

飛んでいったよね。


あー、一番ダメなやつやってたわ!
私! 笑笑


って、2人で笑った。


そしてその後、私がね、


「だからさ、ママさ、
 今それやってんのよ。
 
 自分がやりたいことをやる。
 
 ってのをさ、
 おばさんになってからやってるわけ。」


と、笑って言ったら、


「いいんだよそれで。
 歳は関係ないから。」


って、言われたよね。

10歳に 笑笑


やっぱりさ、
そのままでいいんだなって、

ちゃんとそのままを見ていてくれるんだなって、

そう思って、
そうわかって、

さらに軽くなって、
清々しいわよ。


笑いって最高!!! 笑笑

笑い飛ばそう~



もうね、
親だからとかなんだとか
関係なく、

ダメダメな自分のままで、

やらかしちゃってる私のままで、

それでも自分がやりたいことを
真っ直ぐに選んでやっている姿を
見せていくことだけで、

子供たちはすくすくと
元気に育まれていって、

ありがたいですー。


だから私はこれからもますます、

ダメなままで
このままで

わがままに私を生きていこうっと。




安定のお笑い兄弟。
チネイザン5回コースを受けています。

今日は4回目。

合宿帰りの足でそのまま向かったこともあり、
今日の施術ではたくさんのことが浮上しました。


すごく印象的だったのが、
最後の方に見えていた風景。

備忘録、メモ。

すごく大切なメッセージだと思うから。








今日ずっと感じていたのは、温かさ。

穏やかな海。

本当に凪いで穏やかで静かな海と、
どこまでも広い空。

そして水平線。

その風景の色は、不思議とベージュ色。
サンドベージュ、というのかな。

温かくて、温もりを感じる、
そんな色の風景。

音もなく、
誰もいないのに、
すごく満ちた感覚。

ずっと、いつまでも、ここにいられる。

そんな心地よさ。







ふと、目の前に階段が現れる。

4、5段の、短い階段。

その先に、屋上のテラスが続いている。



「あ、この階段、私上るんだよね。」

と、
上る前から、
上ることがすでに決まっていて、
それを知っていたような、

そんな感覚で階段をタタッと上る。


すると、
その屋上のテラスから見えた景色は、

どこまでもどこまでも広がる、

群青色の海と、
深い紺色の空。


そして水平線の奥の方から、
うっすらと光が差し始めている。


荘厳なグラデーション。


暗くて深い色合いなのに、
暖かさと優しさに満ちていて、

そして崇高。


その景色をテラスから見て、


「あ、夜が明けるんだな」

と、わかった。



私の新しい人生が、
ここからスタートするのだと。


そう、わかった。





ここまでが施術中に見たビジョン。



そのあと、
プラクティショナーのしずかさんと話していて、


新しい人生の幕があける。


そう思うと、

ワクワクする気持ちと同時に、

怖さを感じた。



誰に何と言われるんだろう。

面倒くさいことが山ほどあるな。

痛みもたくさんあるだろうな。

本当にそれで大丈夫なの?

いいの?

頑張れるの?

大変だよ?

それでもいいの?

辞めといた方が楽じゃない?



そんな声が、
次々に聞こえてきた。


あ、これ。

これ、リミッターだと気付いた。


いつも私は面倒くさくなると、
やりたくないからやめとこ、ってなる。



でもこれ、
本当にやりたいことから目を逸らす、
私の常套手段。


そっか。

ここから先に行くと、
大変なことになってしまうと思って、
止めてくれているんだね。


でも、
まだやったことがないから不安かもしれないけれど、

やってみたらとても楽しい世界かもしれない。


慣れ親しんだ世界は安心だけど、

もうそこでは退屈なんじゃないかな?


もう少し先まで行ってみない?


深刻な方法ではなく、
楽しみながら進んでいける方法があることを思い出して、

楽しんで、軽ろやかに、
進んでいってみるのも面白いかもしれないよ?



そうだ、
私はいつも真剣に、深刻になって、
重くて苦しくなって、

悲劇のヒロインみたいになって、

可愛そうな私を演じて
周りの人に気付いてもらおうとしたけれど。


もうその方法ではなくても、


もっと楽しく
もっと軽やかに
もっと笑いながら
もっと天真爛漫に
もっと好奇心に溢れて

もっと
もっと
もっと

私が楽しい方法で、

進んでいったっていいんじゃないかな?


もう、それができる時が来たよ。


そうやって、
楽しんでいる自分を表現しても、

もう、嫌われやしない。


なんだおまえだけ、なんて言われやしない。


いや、

嫌われたって
言われたって

大丈夫な私になっていることに、
気付いて。


もうどんなだって安心で。

もうどんなだって大丈夫。


だから。


もっと軽やかに楽しく、
進んでいく道を、

選び取っていこうよ。



事務局として携わらせていただきながら、
自らも参加者として参加していた

アムリタ熟

合宿が終了しました。



ちょっとまだ、
うまく言語化できないのだけれど、

感覚がフレッシュなうちに
少しでも言語化して残しておかないと、

一瞬一瞬、

自分がどうしたいかに関わらず、
人というのは変化、進化しているので、

もう、これを書いているこの瞬間すら、

この言葉というのはどんどん過去になっていって、

どんどん新しい自分が生まれている。


そう、いつだって、
今ここにいる私たちは、
最先端なんだよね。



それで、
この週末二日間で感じ事を
どっぷりと書き綴る前に。


私がキャッチしていったフレーズや
体験・体感から気付きが深まったことを、

まずは備忘録的に。



・最後の最後まで尊重し切る
そこから本当の可能性が開いていく。
その可能性を最後まで信頼してできることをやる。


・歓び・喜びを選ぶ
その方法が常に用意されていて、
選べることを思い出す。


・痛みを越えた先にこそ
本当に欲しかったものに到達できる。


・変わろうとしなくていい
変われない自分を責めなくても、
その時が来れば自ずと変化していくし、
それまでのプロセスは必然で、大丈夫。


・リミッターに来ていることに気付き、越えることを許す。
これ以上先はダメと自分が決めている、
そのリミッターが来ていることを知らせるサインに気付き、
そこから先に越えていくことを自らに許していく。


・ありのままを表現することが相手の勇気になる




自分が感じていることが、
ピッタリの言葉で表現できたとき、

それはとても勇気になる。


あぁ、そういうことだったのか!


と、自分で改めて理解できるから。



昨日、
ある人のライブ配信を見ていて、

ずっと自分の中にあった違和感を、
彼女が的確な言葉で表現してくれて、


ものすごーーーーく

ホッとしました。


あぁ、
やっぱり自分の感覚を信頼しよう、

って思った。


そのくらい、
感じていることが言葉にできると、

ほっと安心して
勇気が湧いてくる。


自分を信頼できるようになるよね、
より深く。



だから、
自分が引っ掛かっている「何か」を

丁寧に感じ取って、

それが何かを表現できるように、
目を逸らさずにいたいなって思います。



洞察系、あるある w