頑張りすぎてしまうのにも、支配が関係している場合があります。
仕事にガムシャラに頑張る
スポーツや勉強をガムシャラに頑張る
どこか、しんどい。燃え尽き気味。
そう感じるのは、過去のモラハラ的な扱いを受けたことが影響するのかもしれません。
支配的な人は、認めたり、ホメたり、感謝することを、まずしません。
それどころか、細部の不備を突いてきます。
毒親と呼ばれるようなモラハラ的な親の例であれば、
「100点を取らないと認めてくれない」というのはその典型です。
「順位が、前より上がっていないじゃないか」などと、叱責したりします。
その叱責には「努力がたらない」というニュアンスが込められています。
自分では遊びを我慢して、一生懸命勉強したとしても「努力がたらない」と叱責されます。
これを続けられると、どんなに頑張っていても「最善を尽くしているのか?」と自分への疑問をいつも持つようになります。
このような形の頑張りは、他人からの評価を栄養とする頑張りです。
自分の深いところからくる興味や欲求からくるものではないので、生産性が低かったり、気付きが低いことが多く、なかなか結果に結びつきません。
精神的にも疲弊します。
この傾向が強い人は、ウツのリスクも高くなります。
そして、今の環境から求められていることズレ場合も多くあります。そもそも、頑張る原動力が過去に求められてきたことであれば、今求められていることとは限らないからです。
このような傾向を自分の中に見つけたら、以下のようなことが頻発した相手や時代を思い出してください。
- 「もっと、もっと」といつも再現なく要求された。
- 実現が難しい高い目標に立ち向かうことを厳しく要求された。
- 十分だと思える結果を出したのに、ダメ出しをされた。
それらの経験を思い出した時に感じる感覚について、「過去の束縛から解放される方法」を参考に処理してください。
これを続けると、焦りや深刻さが無くなっていきますよ。
以下の本は、毒親からの悪影響をゲシュタルト療法などを使って、改善していく小説じたての本です。
主人公は親からの束縛から逃れるために、家を離れて恋人と同棲しています。過労から離職してしまうことになったり、恋人にキレてしまう自分を直すためにゲシュタルト療法などに通いながら、自分の心の中で起きていることに向き合います。
読みづらい文章ですが、興味深いですよ。

