人生を豊かにする仏教の知恵

【目次】

1.仏教は幸せ哲学

2.現実世界や心のとらえ方

3.煩悩:幸せを妨げる心

4.幸せに生きるスキル

5.仏教と関係の深いセラピー

 

仏教の中に、我執(がしゅう)という言葉があります。

 

文字通り、自分に執着する心です。

これにより、人は孤独を感じやすくなり、苦しみを増やしていきます。

 

アドラーが、幸せを感じる感覚として挙げた「共同体感覚」から、離れていく心のように思います。

 

 
我執(がしゅう)

 

我執というのは、自分にこだわる心です。

仏教では、執着の一つとして諫めます。

 

我執は以下のような考えを生みます。

  • 私は、xxな人だ!
  • 私は、他人とは xxが違う
  • 私の為に。他人に勝つ。
  • 私は、なんのためにいるのか?

このような考え方は、他人を異質なものとか、脅威ととらえることにつながっていきます。

 

これによって、私は孤独を感じやすくなるのです。

 

 
相手がいるから私がいる

 

仏教では、諸法無我(しょほうむが)といって「一つで成り立つものはない」と教えます。

 

相手がいなければ、自分はありません。

 

私を意識するのは相手を意識しているからです。

相手に対する意識・疑い・恐れが強くなればなるほど、自分へのこだわりが強くなっていきます。

 

逆も言えます。自分へのこだわりが強くなればなるほど、他人への警戒心が強くなっていきます。

 

対人恐怖症や社交不安障害には、この我執が大きく関係します。

 

 

我執から解かれると、周囲の人の善意にきづきやすくなり、孤独を感じることも少なくなります。

感じかたの違いだけではなく、人間関係も良くなります。

 

 
私は、変わっても私

 

諸法無我の考えは、人は多くの要素で成り立っていることも教えます。

五蘊(ごうん)と言います。

 

  • 色(しき):肉体
  • 受(じゅ):感覚、受け取り方
  • 想(そう):考え方、想像力
  • 行(ぎょう):衝動、行動
  • 識(しき):判断、価値基準

これらが少し変わっても、私は変わりません。

山田さんの性格が少し変わっても、山田さんは山田さんです。

 

そして、私たちはいつも変化しています。

色(肉体)は常に老います。

識(判断)は、それまでの経験や状況によって変わります。

 

本来は私たちは変わっていくものですし、変わってよいのです。

それを「私は xxだ!」と変化を拒むと、現実にうまく合わせることができなくなります。

 

 
慈悲の瞑想

 

慈悲の瞑想というのがあります。

自分の幸せを祈るところから始まって、嫌いな人の幸せも祈るものです。

これによって、心が落ち着いてくるというものです。

 

 

以前から知っていましたが、どこか偽善的な感じがして、あまり興味が向きませんでした。

煩悩を知ったり、他の心理療法の知識をしった今は、やはり自分の心を豊かにするためのものように感じます。

 

慈悲の瞑想を偽善的に感じるのは、我執の表れなのかもしれません。

 

フルバージョンを改めて読むと、感動似た思いが湧いてきます。