前の記事で、慢のお話をしました。
「私はできる!」という感覚は慢という煩悩だとすると、自信って何だろう?ということになります。
この理解は、本当の自信を得るためのヒントになると思います。
よく「自信がない」とか「自信がある」という表現を使いますが、私は「自信」という感情はないと思っています。
あるのは、自信を失わせる感情の方です。
つまり
- 「悪い結果がでるかも」という不安
- 「自分には能力ないかも」という不信
です。
これらが無く、課題に意欲的に向き合える状態を「自信がある」と表現しているのだと思います。
言い方を変えると、どんな結果も受け入れられる覚悟があって、自分の能力を受け入れている状態のことです。
すくなくとも、良い結果につながる時の自信は、こういうものだと思います。
このような自信があるとき、以下のような状態になります。
- 目の前の課題の解決に集中できる
- 自分の能力を発揮することだけに集中できる
- 無駄な緊張がない
- 無駄に感情的にならず冷静でいられる
「私はできる」という思いは慢です。
慢の問題点は、前の記事で書きました。
では、なぜ慢が必要になるのでしょう?
簡単に言ってしまえば、本当の自信がないからです。
つまり、結果が怖くて、自分の能力が心もとなくて、それを補う必要があるために、慢を使っているのです。
結果への不安や自分への不信を払しょくするために、「私はできる!」「ぜったい、私は大丈夫」と自分に言い聞かせたり、そう思える根拠を見つけて、妄想するわけです。
でも、これでは不安や不信は無くなりません。
色々なきっかけで、影響してきます。
結果を受け入れる覚悟や自分の能力を受け入れる覚悟無しに、不安や不信を無視しても上手くいきません。
不安や不信を無視しようとすると、現実をしっかりと把握できなくなるからです。この無視しようとするのも慢の影響の一つです。
自信をつけるためには、不安や不信の克服が必要だというお話をしました。
不安や不信も煩悩の一つです。
煩悩である不安や不信を「絶対大丈夫!」とか「消えろ!」と念じても消えてはくれません。慢にハマるだけです。
これを克服するには、仏教的ではサティ(マインドフルネス)ということになります。
考えに意識を向けずに、感覚や周囲に起きていることに意識を向ける。気付くことに意識を向け続ける。そんなスキルです。
不安や不信から生まれる考えを追わずに、それらの影響で感じる体の感覚に意識を向け、しっかり観察すると不安や不信はコントロールできるようになります。
不要な感情であれば、コントロールができるようになれば、自然と消えていきます。
