煩悩の中に「慢」というのがあります。自慢、慢心、傲慢、我慢の慢です。
「おごり」といった意味合いがあります。
人生が上手くいかない時、特に人間関係の問題のほとんどに、慢が関係していますが、なかなか気づけません。
「私は正しい」と感じていて、自分の問題に気づけないからです。
「私は正しい」と強く感じている時こそ、自分の心を見つめなおす必要があります。
慢の分かりやすい例は以下のようなります。
- 私は正しい(相手は間違っている)
- 私は有能だ。(相手は、できない)
- 私はわかっている(相手は、理解が低い)
「自信のある状態では?」と感じる人もいるかもしれませんが、これは自信とは違います。単なる思い込み、勘違いです。
本当に自信があるときは、このようなことを考える必要がありません。(※自信は、次の記事にします)
何か勉強をしていて、「これで、完璧!」というのも、慢の一つです。
慢は、自分で自分の承認欲求を満たそうとするものです。
承認欲求を満たす必要がなければ、「私は正しい」などと考える必要がありません。
少し分かりづらい慢には以下のようなものもあります。
- 私がやらなきゃ
- 私がしてあげないと
こう感じるとき、「私以外の人はできない」=「私にはできる」という感覚があります。これは、慢です。
「親だから」「上司だから」というのがあるかもしれませんが、それは自分でも気づかずに言い訳をつけているだけです。
自分がやらなくても済む事実を見せつけられると、寂しさや喪失感を感じるのは、慢の背景にある承認欲求が傷つくためです。
慢があるとき、思考の柔軟性がなくなり、気付きも減りますから、状況を正しく判断できなくなります。
- 人の意見に耳を貸せない
- 不都合な事実に目をつむる
- 自分の欠点に気付かない
正しく状況を理解できませんから、効果的な対処ができません。
慢があるとき、
- 私はちゃんとしているのに、何で上手くいかないんだ!
- 私は頑張っているのに、何で理解してもらえないんだ!
という不満を持つことが多くなります。
慢を知ると、ここの「何で」の答えが見えてきます。
慢の状態になり「私が状況を見えていないから」「私が効果的な対応ができていなから」もしくは、「理解を求めても無駄な人に、理解を求めていることに、私が気付いていないから」ということです。
慢は周囲の人を不愉快にします。
一方的な価値観の押し付け、役割の押し付けが含まれているので、周囲の人は自分の価値観や考えを制限されるように感じるためです。
慢には自分で自分を承認する構造がありますから、自分の価値観や感情だけで練り上げた理屈があります。つまり、周囲の人とは別世界の理屈になっていて、周囲の人は歩み寄る手がかりつかめないのです。
慢によって周囲の人に働きかけると、周囲の人は明確な反対意見がなくても、こちらの意見に違和感を感じたり、高圧的な雰囲気や、「大きなお世話」と感じることになります。
人間関係の問題のほとんどに、以下が関係します。
- あいつはわかってない、(私は理解しているのに)
- 私を認めてくれない、理解してくれない
慢と承認欲求です。
そして、人と揉める時の多くは、慢のぶつけあいです。
一方が、以下のようなことを言います。
- xxに決まってるだろ!
- なんでわかんないんだ!
すると、もう一方は
- いやいや、お前こそわかってない!
- ●●にきまってるだろ!
と返します。
そして、互いに相手の慢を潰す為に、自分の慢を大きく育てていきます。
どちらかが慢のぶつけあいに気付いて、その戦いから降りるまで続きます。
このような慢のぶつけあいは、親子や夫婦、上司部下などの関係の深い人の間で起きやすいですよね?
これは、承認欲求が強い相手だからです。
「認めて欲しい」という気持ちがなければ、求めることも、不満を感じることもありませんから。
