「xx でもいい!」と心から
思えるようになるというのは、
「xxでなくてもいい!」とも
思えるようになるということです。
これは、「いい加減な感じ」とは違いますよ。
心が自由で、柔軟な感じです。
寛容な感じで、興味深々な感じです。
こうなると、幸せ感が増し、人生も円滑に回るようになります。
「xx でもいい!」というのは、
自分を縛っているルールや不安から
自由になりましょうということです。
だから「xxでもいい!」というのと
「xxでなくてもいい!」というのは
セットです。
「xxでなくてもいい!」を否定している時は、
何かのルールや不安に縛られている状態です。
"考える私" や "感じる私" に主役を握られている状態。
これを観察することで、
観察する側の "真の私" に主役を戻します。
「xx でもいい!」「xx でなくてもいい!」と
同時に思えるというのは、
ニュアンスをもう少し正しく書くと
「今は Aが良いと思っているけれど、
状況によっては、Bも選べる」
と感じる心の状態です。
理屈で考えて、そう思うのではなくて、
心でそう感じているということです。
「Aが良い」という考えを信頼しつつ
その考えを妄信したり、固執していない状態。
盲信したり、固執するのは
"考える私" が主役になっています。
"考え" を信頼しつつ、
盲信せず、固執せずの状態は
"考える私" を信頼しつつ
観察する側の "真の私" が主役の状態。
このような状態になると、
人生が円滑に回りだします。
自分が正しいと思っている事の反対のことを声に出してみてください。
その時に感じる "気持ち悪さ" を処理します。
「xxx するべきだ」を正しいと感じていれば、
「xx すべきではない」と言ってみる
「Aの選択が良い」と感じていれば
「Bの選択が良い」と言ってみる
その反対の考えについて、前に紹介した
「考えから解放される方法」を行います。
関連記事:
自分の考えと反対の言葉への
気持ち悪さが減ると、
心が自由になっています。
なぜ、こんなことをするのか?
実は、ある "考え" に固執する場合は、
それとは反対の"考え"に対する
強い嫌悪や恐れがある場合があります。
「Aが良い」と感じているのは実は、
Bを選んだ時に
- 何かを失う
- 失敗の恐れがある
- イヤな感情がセットになっている
が理由になっている場合が、よくあります。
心の中の批判家が、力を持っているのです。
このような場合は、
批判家から A を 選ばされているのだけで、
Aは本意ではないかもしれません。
こうなっているか否かは、
反対の考えを口に出して
言ってみると感じ取りやすいです。
本当は、Aを口に出しても何か感じていますが、
より批判家の影響に近い B の方が
不愉快な感覚を感じやすくなります。
B案に不安があったのがワークによって
その不安から自由になると
A案をよりスッキリと信じらることがあります。
A案への執着無しに、A案を信頼できる感じです。
または、しばらくするとA案が
どうでも良くなったりします。
の中で、「考えを分解する」を書きましたが
ここで、その応用ができます。
反対の考えからの影響があるが、
何から来るか具体的に、
分かりづらいときなどに使えます。
「Aが良い」と感じるとき、
以下について、できる限り書き出します。
- Aのメリット
- Aのデメリット
- Bのメリット
- Bのデメリット
そこで出てきた考えの中で
気持ちの悪いものについて、
を行います。
これで、「AでもBでも選べる」
「xxすることも、しないことも選べる」
心の状態になりましたが、
これは、いい加減な心な状態とは少し違います。
いい加減な状態での「どっちもいい」は
"考える私" を信頼していないか、
"考える私" が仕事をしていない状態。
心が自由な状態の「どっちもいい」は
"考える私" を信頼しているけれど、
盲信していない感じ。
"考える私" に頼り切っていない感じ。
です。
その他にも、「いい加減な感じ」と
「心が自由な感じ」の違いを
考えてみると・・・
「どっちでも良い」というより
「どちらも大丈夫」という感じ。
関心が無い感じではなく
興味はちゃんとある感じ。
という感じです。
