"考える私" は、私達の人生にとても大切です。
でも、"考える私" を頼り過ぎて、盲信すると
人生は上手く回らなくなります。
 
適切な関係が大切です。
 

 

 
ビジネスの現場で考えている事

 


私は法人向けの営業のマネージャーです。
億円を超える商談を年に数件まとめます。

簡単には受注させてくれませんので、
日々、競合の動きに注意し
顧客内での検討の動きに注意して、
以下のようなことをいつも考えています。
  • 競合が、 xx を提案すると困るな・・・
  • 顧客はこの条件飲むのか?
  • 顧客のA氏は、競合を推しているらしい
  • 社内は、この条件でOKくれるか?
このようなことに気づくと
必要な対応策を講じます。

これの課題に気づけないようでは、
競合には勝てません。
世の中は、結構厳しいんです。


これらの "考え" を使って、
"考える私" との適切な関係を
考えてみてみましょう
 

 

"考える私" と適切な関係


ある程度、営業の経験を積むと
これらの「自分が困るかも」と
思える課題に関する考えに
いちいち動揺しなくなっていきます。

課題があっても、ただ対策を打てば良いだけのこと。
対策をうっても受注できなければ、
そもそも、こちらに適切なスキルが
なかったということ。

次に向けて、そのスキルを
どのようにして学ぼうか?
と自然に考えることができます。


この時、"考え" はただの "考え"。
"考える私" と適切な関係で、
心の中に批判家は生まれていません。

 

 "考える私" が建設的に働いて
私の人生をサポートしてくれている状態です。
 
 
"考える私" が主役になった関係

 

 

受注額伸びずに、

目標から大きく不足していたり

色々な理由で、どうしても受注したいとき
動揺するようになったります。

「どうしよう、どうしよう」と
不安に襲われたり、
苦しい気持ちになる場面が増えてきます。


何か一つの課題が気になり
あれこれ考えるようになったり、
何度も、その課題が頭に浮かぶようになります。


これが、"考え" に振り回され、
"不安(感情)" に振り回される状態。

つまりは、
"考える私" や "感じる私" が
主役になっている状態です。



心の中の批判家が力をもって
「まずいことになるぞ!」
と脅されている状態です。

 

 
 
違い

 


"考える私" が主役になっているのと
そうでない状態の違いが
つたわりましたでしょうか?
 
「考えるのは良くない」ということではなく、
「考えること」との関係性が大切です。


"考える私" は、大きな力を持っています。
上手く仕事をしてくれれば、
有益な気付きや考察を与えてくれます。

でも、主役にしてはいけません。
主役にすると、心の中に批判家を生みだして、
私たちを脅し、苦しめます。

 

そして、適切な気付きが失われたり、

柔軟に考えを変えることを難しくします。

 

 

そんな状態に気づいたら、

"考える私" との関係を見直しましょう。

 

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