辛い時は、自分の中の批判家が、
主導権を握り始めているのかもしれません。
自分の中の批判家の存在に気付きましょう
:あ・・・ダメだ。
みたいな感じ。
もちろん、批判家の力がなくても、
生物として危険を感じて
不安になることはあります。
でも、この場合は、
長引いたり、"苦しさ" はありません。
そんな感じがする時、
批判家が力を発揮しています。
自分の中の批判家は、以下のようなことを言います。
- 脅す、不安にさせる
「これは、ひどいことになるぞ」 - 能力を否定する
「おまえには、無理だな」
「お前は、上達しないよ」 - 罪悪感を煽る
「ひどい奴だな。それで平気なのか?」 - 被害者意識を煽る
「バカに、されてんだよ」
他にもあるかもしれません。
「ある面では正しい」
「可能性としてはありえる」
考えが元になっていて、
これだけでは、批判家にはなりません。
"真の私" から
"考える私"や "感じる私" に
主役が移ることで、批判家として力を持ち、
実際より深刻に感じられるようになります。
批判家が力を持つと、
心の中に傷ついた子供が生まれます。
傷ついた子供は
- いじけて、行動できなくなる
- 自信を失う。
となって、生きる力を失ったり
- 反発して怒り出す
- 新たな考えを得ようとする
- 何かに駆り立てられる
と、戦おうとしたりします。
すると、批判家がさらに力を増して、
:そんなんで弱っているから、ダメなんだ
:ぜんぜん、分かってないな。お前に解決できないよ。
と言い出したりします。
批判家の考えを消そうとしても消えません。
人は簡単に忘れることができません。
消そうとせずに、力関係を見直します。
批判家(考える私)を
主役にしてしまった状態から、
観察する側の私に主役を取り戻します。
「そんな考えもあるね」と
デーンと大きく構える。
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考えそのものには、気分を悪くさせる力はありません。
その考えに力を与えているのは、自分です。
批判家を恐れてはいけません。
批判家に力を与えてしまいます。
そうすると、批判家は徐々に力を失って、
ただの「言葉のかたまり」のような
リアリティの無いものになります。
