最近、とても大切な事は、改めてニュートラルで在る事だと思う様になりました。
ニュートラルとは、物事を俯瞰してみる事です。
非当事者意識です。
人は、いつも元気なわけもないし、いつも楽しいわけもない、
言い換えると、いつも元気でいる必要もないし、いつも楽しくなくても良い。
いつもとつくと
人は、縛られる。
かえって、元気でいる時と比較して落ち込むことになる。
それよりも、楽しい事も悲しい事も必要なのだから、
むやみに喜ばないで、むやみに悲しまないでいられる
平常心こそが一番大事な気がしてきました。
この境地は心理学でいうとニュートラルな視点です。
そして、もしかすると、これが禅の「無」の境地なのかなとも思ったりしてます。
そうだとすると、心理学でいうニュートラルと「無」は同義語なのだろうと思えてきます。
禅僧の玄侑宗久さんにでも聞いてみたい気がして参りました。