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摂食障害を乗り越えて

過食嘔吐に対し、2018年9月から対人関係療法を受け、ほぼ完治しました。治療記録、治療で学んだことと、ボディメイクの記録。

小学校の時、「私と○○」という題名で

よく作文を書かされた。

 

25年ぶりに、書いてみようと思う。

 

 

 

 

「私と体」

 

 

私の体は、日本人女性の中では大きく、

しっかりとした体つきです。

 

 

この体つきは、親には似ていませんが、

10年前に亡くなった祖母に

とても良く似ています。

 

 

私は祖母のことを尊敬していたので、

祖母の遺伝子が私の中にあると思うと

嬉しく感じます。

 

 

 

脚は太く、力強く、太ももには

たくましい筋肉がついています。

 

 

脚はしっかりと大地の上に

私を安定して立たせてくれます。

 

 

強い脚のおかげで

私はどこへでも行けるし、

 

段差を上ったり、しゃがんだり、

走ったりすることも出来ます。

 

 

 

脚の上にはお尻があります。

 

お尻は大きく、筋肉と脂肪が

たくさんついています。

 

大きなお尻は女性らしさの

象徴だと思うので、

 

私は自分のお尻を

とても気に入っています。

 

 

 

お腹の中には

大切な内臓があります。

 

 

内臓が食べたものをしっかりと消化し

栄養を吸収してくれるおかげで

 

私は今日も健康で

生きることが出来ます。

 

 

 

乳房は10年前と比べると垂れてきていて、

お腹の周りにも脂肪がついてきています。

 

 

それを見ると悲しい気持ちに

なることもありますが、

 

若さは誰にとっても永遠ではなく、

若さと引き換えに内面の成熟を

していると感じるので

仕方ないな、と考えています。



 

 

 

体は、過酷な状況でも

生き延びようと頑張ってくれるし

 

私が間違った道へ進もうとすると

「不快感」というサインを出して

方向性を示してくれます。

 

 

体は私にとって、強く賢い

相棒のような存在です。

 

 

いつかお別れする日まで、

私はこの体を大切に、

仲良く生きていきたいと思います。

 

 

 

おわり。

 

 

 

 

 

・・・作文コンクールに出したら

入選するかしら(笑)

 

 

 


 

 

摂食障害の治療を受けて、私は

自分の良いところも悪いところも

全部受け入れられるようになった。

 

 

 

そうしたら。

 

 

・・・前より、モテるようになった(気がする)!

 

 

老若男女問わず。

 

 

 

別に、告白されたとかいうわけでは

無いのだけれど、

褒められることが多くなった(気がする)。

 

 

 

 

 

何でだろう?と考えてみると、

たぶん、褒め言葉を素直に

受け取れるようになったから

だと思うんだよね。

 

 

 

たぶん、以前も褒めてもらうことは

あったんだろうけど、自分の心が

「いやいやいや、私にはそんな言葉

もったいのうございます」

 

って褒め言葉を受け取り拒否してたんだな。

 

 

 

 

あとは、オーラもあると思う。

 

自己否定してると、どうしても、ね。

オーラに出ちゃうからね。

 

 

今だってコミュ障だし、暗いし、

陰キャラの私だけど、

だからって自分が恥ずかしいとか

自己否定はしなくなった。

 

 

夫にも、オーラが変わったって言われる。

 

 

 

あんなに欲しかった周りからの承認が、

明らめたら向こうからやってきた。

 

(明らめる…自分にとって大切なものを

明らかにすること)

 

 

 

皮肉だけど、そういうものなのかもね。

 

 

 

ちなみに、モテるようになった、ってのは

完全に主観よ。

 

「気がする」だけ、ですよ~爆  笑

 

 

字がきれいな人っていいな、って思って
買ってみた!さて、いつまで続くか!?

 

摂食障害の情報をブログで発信しておられる

 
 
 
摂食障害真っ最中は
あまりブログを読む気になれなくて
ほとんど読まなかったのだけれど、
最近よく読んでいて。
 
 
 
読めば読むほど、
あやさんってすごーい!!って思う。
 
 
 
発信してる内容が、的を得まくり。
 
 
 
あやさんの仰っていること、
ほぼ100%同意だわ。
 
 
 
 
 
 
で、あやさんのブログに
「ダイエット教」という言葉があって。
 
 
 
それを見て
「あ、私ダイエット教の信者だったけど
脱退したんだ。」って思ったの。
 
 
 
 
ダイエット教の教えは、
「痩せていることは
太っていることよりも優れている」。
 
 
 
 
自信が無い人が
ダイエット教の教えを信じて、
自信をつけるためにダイエットすると
摂食障害になりやすい。
 
(まさに、過去の私だ滝汗
 
 
 
 
 
でも今の世の中、摂食障害じゃなくても
ダイエット教の人ってめちゃくちゃ多いし
そこかしこにダイエット教の
布教活動とも思える情報が溢れてる。
 
 
 
このAmebaの広告にも
アホみたいに出てくるよね。
 
ガリガリに痩せてる女の子の写真使って。
 
 
 
アホじゃねーの?って思うよムキー
(その広告主がアホって意味ね)
 
 
 
 
悪い宗教はビジネスに使われるからね。
布教してる人は儲かるんだ。
 
 
 
そんなことのために、
この私の素晴らしい命を削って
もったいなかったと思うわ。
 
 
 
 
これって、まさに変な新興宗教から
抜け出した人の心理じゃない?
 
 
 
 
本当に、痩せて体重を落とすことに
価値を感じなくなった。
 
 
 
 
痩せてても痩せてなくても、
魅力的な人は魅力的だし、
ウザい人はウザい。
 
 
 
 
そして外見の美しさ=痩せ、ではない。
 
 
 
 
 
 
ところで、今の私は筋肉教に入信している筋肉
 
 
 
 
 
…冗談ですよ。(笑)
 
 
 
 

 
 
身体って、魂が地球で生きるために
借りている服のようなものだ。




身体は、私たちの脳よりも遥かに
状況をよく理解しており、
調整したり、いろんなサインを
だしてくれたりする。



身体に従っていれば、
方向性を間違うことはそうそうない。
本当に賢いのだ。



でも私たちは、そんな身体のサインを
「気のせい」と言って無視してしまう。



本当に身体が不調になるまで気付かないし
あまつさえ、その不調を
薬で治そうと躍起になる。



身体のサインを、信頼しよう。



ではどのようにすれば、信頼できるか?






…身体の感覚に、敏感になればいい。


気が重いなってとき、
身体はどんなサインを出してくれているか?



「頭が締め付けられる感じ」
「喉が詰まる感じ」
「胃がもやもや重たい感じ」など。




そこから、
身体は何を訴えているのかな?って
考えてみる。



「あまり考えすぎなくていいよ」
「言いたいけど我慢していることが
あるのかな?」
「もっと自然体でリラックスしよう」など。



身体からの訴えの翻訳には
正解も不正解もない。



自分の頭にその時
浮かんだ言葉を採用すれば良い。







頭の声は、世間体とか常識とか
色々な雑念が出てくるから
本当の望みがわかりにくい。



身体は世間体なんて知らないからね。






この人間社会で暮らす私たちは
いつも身体の言う通りに
行動できるわけではない。



でも、身体のサインを受け取りつつ
敢えて違う行動を自分で選ぶのと、

身体のサイン自体を無視するのには
雲泥の差があると私は思う。




身体からのサインは、
生まれつき私たちに与えられた
自然の叡智だ。



私はこの方法を使うようになってから
身体の感覚を100%信頼している。



無視せずに敏感に受け取るようになって、
身体のすごさを実感して
心から身体に感謝できるようになったなぁ。







自己肯定感が上がる、ということは、

ダメな自分も受け入れる、

ってことなんだよね。

 

 

それって、どういうことかっていうと

 

好ましくない感情(ねたみとか)や

非倫理的(と自分が思っている)

願望や思考を持つ自分に

ダメ出ししない、ってこと。

 

 


特に非倫理的な願望は

「持つべきではない」って思いがち。



 

非倫理的な願望というのは例えば

モテたい、働きたくない、

楽してお金を儲けたい、贅沢したい

いつまでも女でいたい、

目立ちたい、離婚したいとか。

 

 

 

何が非倫理的と思うかは

育ってきた環境によって

一人ひとり違うと思う。

 

 

 

「色気を出してはいけない」

と教わった人は

「モテたい自分」を否定したくなるだろうし

 

「働かざる者食うべからず」

と教わった人は

「働きたくない」と思う自分はダメだ、

って思いがちだ。

 

 

 

でも残念ながら、

そういった非倫理的な願望は

本能みたいなものだから

生きていれば誰でも出てくるもので、

 

抑えようと思えば思うほど

気になってしまうものだ。

 


 

 

 

 

思考や願望、感情を否定することが

「自己否定」だ。

 

それらを全部肯定することが「自己肯定」。

 

 

心が苦しい時、その裏には

自己否定があることが多い。

 

 

「こう思うんだね。」って、

思考や願望、感情を肯定してあげれば、

それらは落ち着く。

 

 

 

 

願望を行動に移すかどうかは、また別問題。

そこも、自分でちゃんと選ぶ。

 

 

行動に移しても移さなくても、

その責任は全部自分で引き受ける。

 

 

 

 

 

何故この記事を書こうと思ったかというと、

さっき私自身が

 

「こんなこと思っちゃいけない」

っていうふうに願望を否定してたことに

気付いたからなんだ。

 

 

無意識のうちに自分を否定しちゃってた。

 

 

長年の癖、怖いね滝汗

 

 

 

「あ、こんな酷いこと考えてるけど、別にいいんだ。」

って思ったら心が楽になったよ。

 

 

この積み重ねが、自己肯定感につながるんだろうな。