第5134の解体ーセカイのコントロールを目指す者たちと闘う part 2 | 世界解体

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結論を先に言えば・・・

セカイのコントロールを目指す者たちと闘う

ボクらは決して自由ではない・・・

自由ではないんだけど、

本物の自由は望んでいない

というのが実際のところだね。

言い換えれば、制限付きの自由で充分に満足ということ。
制限付きの自由とは、支配層に支配されることで得られる

保証こそが最上位

であって、飼われることで多少の不都合があったとしても、それが得られるのであればそれで良いんだということなんだよね。

要するにボクらはボクら自身の人生に対して

ジブンが全責任を負うことから逃げている

ということだ。

本物の自由というのはさ、自らの人生に対する考えも、それに基づいた決断も、そこから導かれる行動もすべてジブン自身が行い、それによってもたらされる結果に対して全責任を負うということを意味しているんだ。

そう考えると、実に多くのヒトがそんなものを望んでいないことが分かるだろう。
考えは誰かからの借用だし、決断は覚悟を決めたものではなく、流された挙句のものであることがほとんどだし、行動はすこぶるジョーシキ的にジブンだけが目立つことがないように行われ、それがどんな結果を導いたとしても、常に何らかのイイワケが用意されているもんね。

責任転嫁も日常茶飯事

でしょ。

今のセカイに満ちているのは、野心に燃える下品極まりない支配層と、そんな彼らの描くセカイがジブンたちのささやかな日常をある程度守ってくれるのならそれで良いというウスノロの群れなんだよ。

この構図が見えないのなら、もう何も素晴らしいことが始まることはない。
そう思って良いだろう。さあ、ここからどうするかだね。