元損保社員が明かす、「これ以外は契約するな」という保険商品とは?【一流のお金術】 | ~たけし、タモリも…「1日1食」で熟睡&疲れナシ~

~たけし、タモリも…「1日1食」で熟睡&疲れナシ~

『無敵の「1日1食」 疲れ知らずで頭が冴える!』
さあ、元気に歳でもとりますか!それに女性は明日の美しさを迎えにいこう。

「一流の人」のお金の使い方とはどういうものか。老後の蓄えをキープしたら、それ以上貯金をしない。保険は「掛け捨て」以外に入らない。

 

また、家や車などの高額商品をローンで買うようなことはしない。その理由とは。本稿は、千田琢哉『一流の人が、他人に何を言われても やらなかったこと。』(清談社Publico)の一部を抜粋・編集したものです。

老後の蓄えをキープしたら

それ以上の貯金はいらない

 あなたの老後はいくら蓄えをしておけばいいだろうか。
 一度だけしっかりと考えておくと、もう二度と心配しなくてもいいから今この瞬間の人生に没頭できるようになる。

 老後の蓄えに必要な額は、人によってバラバラだ。

 要は、最低限もらえるであろう年金に加えていくら贅沢したいか、ただそれだけで決まる。

 たとえば持ち家でローンが完済している人なら、毎月の生活費が光熱費を入れても15万円あれば十分だろう。

 そのうち10万円が年金だとすれば、毎月5万円あればいいことになる。

 では、蓄えはどれだけ必要か。

 それに「360」を掛け算すればいい。360の根拠は360カ月である。

 

 60歳から90歳までが老後だとすれば、30年間×12カ月=360カ月になるからだ。

 毎月5万円×360カ月=1800万円だという答えが出た。

 

 自分は持ち家ではなく賃貸だという人や、もっと贅沢をしたいという人はこの数字が変わるだろう。

 毎月年金+10万円欲しければ3600万円の蓄えがあればよく、毎月年金+20万円欲しければ7200万円の蓄えがあればいい。

 

「万が一」の医療費は心配しなくてもいい。特殊な先進医療を求めなければ健康保険でほぼ賄える。

 

 それに人はいずれ必ず死ぬ。

 ジタバタしても仕方がない。

 

さて、人によって老後の蓄えの額は違うだろうが、まずそれをキープすることがあなたのやるべきこととなる。

 

 これが人生のいつまでに達成するかで豊かさがまるで違ってくるのだ。

 仮にあなたが3600万円の蓄えをキープしたとすれば、それ以上は貯金する必要はなくなる。

 

 つまり、旅行しようが、食道楽になろうが、大好きな読書にお金を注ぎ込もうが、もう他人にとやかく言われる筋合いはない。

 

 あなたの本心から好きなことだけにお金を使えばいいのだ。

 私は30代でそれを成し遂げたので、もう貯金という概念は完全になくなってしまった。

 ついでに言っておくと、年収という概念もない。

 

 もうお金のために労働する必要がないのだから当たり前と言えば当たり前だ。

 一流の世界では早ければ20代で、普通は30代~40代には私と同じ境遇を獲得している。

 一流の世界の住人がそれでも仕事をしているのはなぜか。

 

 それはお金のためではなく、自分の好きなことや使命を淡々と果たしているだけだからである。

 

 そもそも今まさに私がこうしてやっている執筆は、とても地味な作業だし、投資ビジネスのように大金を稼げるのは稀だし、華やかさの欠片もない。

 

 ひたすら好きなことであり、自分の使命だからやっているだけである。

 それでもお金はたくさん入ってくるから、好きなことや使命を果たすために使っているというわけだ。

 

 まさに正のスパイラルが延々と繰り返されている状態である。

 

保険は「掛け捨て」以外に

入ってはいけない理由

 

 あまりアピールをしたことはないが、私はもともと損害保険会社の出身だ。

 

 就活中にぜひ入りたいというわけでもなかったが、いくつか内定をもらった会社の中から消去法で選んだらそうなったというだけの話である。

 

 入社後にわかった仕事の実態についてありのままの本音を明かすと、想像を絶するほどに退屈だった。

 

 私と同じく総合職の同期には東大合格者を多数輩出することで知られる灘や開成の出身者もいたが、それほど優秀な頭脳が求められている理由が今でもわからないままだ。

 

 私にとっていくら将来のための仮の宿だったとは言え、常軌を逸するほどの退屈さには耐え切れなくなり、迷うことなく転職したというわけである。

 

 ところが因果応報が起こった。

 あれだけ嫌で逃げ回ったはずの保険の仕事を、何と転職先の経営コンサルティング会社でやる羽目になったのだ。

 

 きっかけは当時の私のチームにいたメンバーの一人が「保険業界向けのコンサルティングを立ち上げたい」と言って、損害保険会社出身の私がプロジェクトリーダーを務めることになったことである。

 

 これが想像以上に当たり、あれよあれよと保険業界の複数のメジャー紙に丸ごと1ページの独占長期連載を同時並行で執筆することになった。

 

 それが巡り巡って、かねて夢だった出版も実現し、私の第一作はこの保険業界向けのビジネス書となったわけである。

 

 正直な気持ちを打ち明けておくと、最初にメンバーが保険業界向けの仕事をやりたいと申し出た時に私は「勘弁してくれよ」と思った。

 

 だが、自分が逃げたツケをここで払わされるのだと悟り、真摯に保険業界向けの仕事に取り組んだわけだ。

 

 現場の最前線の保険代理店や保険の販売員から、保険会社本体の代表取締役たちとも密室で議論を交わしながら幅広く、そして濃密な仕事をさせてもらった。

 

 そんな私が言うのだから間違いないが、保険は掛け捨て以外に入ってはいけない。

 

 もっと言えば、生身の人間に手数料を支払うような販売店や販売員を通して保険に入るのではなく、例外なくインターネット経由で入るべきである。

 

 たとえば私の書斎の火災保険を例に挙げよう。

 販売店や販売員を通して加入するのとインターネット経由で加入するのとでは、まったく同じ保険商品でも保険料が2倍違うのだ。

 

 親しくなった取引先にもこの知恵を教えてあげたところ、年間保険料がトータルで3分の1以下になったと小躍りしていた人もいる。

 

 保険のセールスが「万一の際に入るのが保険ですから、特約をつけるのが当たり前だと思います!」と、卑しく日焼けした顔にこれまたいやらしいホワイトニングを決め込んだ歯を見せながら迫ってくるのは、彼ら彼女らの手数料がべらぼうに高いからだ。

 

 がん保険の儲けの実態を知ると、あなたは販売員に殺意を抱くだろう。

 

お金のない人がローンを組むことは絶望的な損失ローンとは単なる借金である。

 

 まず、この「地球は丸い」と同じ初歩を理解することだ。

 借金をすることは悪いことではないが、分不相応なものを買おうとしている事実を忘れてはいけない。

 

 借金をしなければ買えないものは、例外なく分不相応なものなのだ。

 

 この事実はいくら強調しても足りないくらいである。

 こういう話をすると必ずローンで直接的にも間接的にも暴利を貪っている輩や、自分がローンを組んだことを正当化したい弱者がこう反論するだろう。

 

「もし死んだらローンを払わなくてもよくなるから得だよ」と。

 まさしくそれが卑しい四流の脳からにじみ出る発想なのだ。

 

 自分が死んだらお金を払わなくても済むかもしれないが、ローンを払ってでも購入したかったものを堪能することができなくなるから絶望的な損失だ。

 

 それに支払っている本人が死んで喜ぶのは配偶者であるという事実を知る者は少ない。

 つまり、「もし死んだらローンを払わなくてもよくなるから得だよ」とほざいている本人こそが、周囲から死を待ち望まれているおめでたいおバカさんなのである。

 

 ご理解いただけただろうか。

 ローンを組んでわざわざ2倍のお金を払う意味があると思い込んでいるのは身の丈に合った生活ができない貧乏人だけであり、まともな知能の持ち主であれば身の丈に合った賃貸一択なのだ。

 

 あるいは一括払いで購入できる人ならそれに越したことはない。

 5000万円のマンションなら、シュパッと5000万円払えばいい。

 

 1億円のマンションなら、シュパッと1億円払えばいい。

 シンプルだけど、それだけのことだ。

 それが一流の世界の常識である。

 

 念のため審査の常識として押さえておきたいのが、ローンというのはあなたの年収からそのまま綺麗に引かれるという事実だ。

 

 概してサラリーマンは虚勢を張って年収を高く見せたがる傾向にあるが、ローンを年間200万円支払っていたら、その分、年収はマイナスすべきである。

 

 たとえば年収600万円もらっていると思い込んでいるサラリーマンが、もし住宅ローンと車のローンを年間300万円支払っていたら、年収は300万円という自覚を持たなければならない。

 

『一流の人が、他人に何を言われても やらなかったこと。』 (清談社Publico) 千田琢哉 著

『一流の人が、他人に何を言われても やらなかったこと。』 (清談社Publico) 千田琢哉 著© ダイヤモンド・オンライン

 

 自覚というよりも、本当に年収300万円なのだが。

「本当は俺、年収600万円だけど、ローンがあるから300万円になってしまうけどね」という言い訳も不要だ。前置きはいっさい不要で、単なる年収300万円の人間なのである。それ以上でもそれ以下でもない。

 

 私はこれまでの人生で住宅も車もローンを組んだことはないが、四流の世界では珍しがられても一流の世界では「私も」「僕も」と異口同音に言われる。

 ローンを組むのは犯罪ではないが、組まないに越したことはないようだ。