栄養不足のはずはないのに…
かつては、学校健診などでの診察のときに、必ず眼瞼結膜(アカンベーをして赤く見える下まぶたの内側)を診ることになっていました。ここが白っぽいと貧血を疑い、回虫などの寄生虫の存在を推測したものでした。
現在は全国的に下水道が完備され、回虫を飼っている子供はほとんどいなくなりました。それにもかかわらず最近も、学校健診ばかりでなく職場や地域の健診でも貧血を疑う人に時々遭遇します。
今の日本では、食料は輸入に頼っている部分が多いとはいえ十分供給されており、飢えによる栄養不足は考えにくいと思われます。
しかし、健常人を対象とした職場の健康診断でも、女性では2~3%の要治療の貧血(ヘモグロビンが10g/dl以下)が見つかるようです。
もちろん妊娠中や子宮筋腫があると貧血になりやすいので、男性より女性の方が貧血が多いのは確かです。でも最近の美意識の変化から、痩せていることイコール美しいということになっていて、これが一因になっているようです。
決して太っていない人ですら痩せなくちぁとダイエットに励む傾向があり、栄養摂取不足から貧血につながっているケースが実に多いのです。
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ダイエットのしすぎによる貧血
23歳のJちゃんは、大学時代はラクロスで元気に活躍していました。商社に就職して半年後のクラス会で、友人から「最近少しふっくらしたみたい」と言われたのが気になり、ダイエットをする決心をしました。
本人はあまり極端なダイエットをしたつもりではなかったのですが、体重は4キロ減り大成功と喜んでいました。
ところが翌年春の定期健康診断で、入社時の雇い入れ健康診断のデータよりヘモグロビン濃度が減少していることが判明。担当保健師から連絡が入り、諸検査の結果、ダイエットのしすぎによる貧血らしいとの結論になりました。
若い女性は太ることには非常に神経質で、標準体重より少なめであることを理想にする傾向があります。
これはファッション業界が痩せ型体型を美しいと考えるようにリードしてしまったこともあるようで、なかなか正しい判断をしてもらうのは困難と思われます。
Jちゃんは保健師と産業医の説明をよく理解し、食事制限より運動が大切と頭を切り替え、週2~3回退社後スポーツクラブでひと泳ぎする習慣をつけたところ、半年後には体重は増やさずに貧血は自然に回復させることに成功しました。
潰瘍や悪性腫瘍が潜んでいる可能性も
企業内健康診断の強みは毎年のデータを保存してあることです。すべての数値を時系列でみることができます。従って基準範囲内の結果であっても年々悪化しつつあるのか、不変なのかを見極めることができます。
基準範囲を明らかに下回ってから異常と判定するのではなく、下回る傾向にあると思われる時点でチェックできるのです。
中年過ぎの年齢の人の場合は、意味なく理由なく貧血傾向が発見された時は特に細心の注意で検査をすすめる必要があります。本人が気づいていない悪性腫瘍が潜んでいる可能性を否定できません。
例えば、日本人に多い胃十二指腸潰瘍や消化管の悪性腫瘍(特に胃がん、大腸がん)は長期にわたり少しずつ出血していることがあり、貧血になりやすい傾向があります。
また、全身どこを調べても悪性腫瘍が発見されなかった場合の貧血原因は痔であることが多いようです。痔も毎日少しずつ出血しますので、例えトイレットペーパーに少量つく程度の出血でも、1年も続くと結構な量になります。n
検査データ上では立派な貧血と診断できる値になっていることもまれではありません。また女性では、子宮筋腫や更年期前の生理不順が原因のこともあります。
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貧血の原因はさまざま
血液は骨髄で作られています。つまり骨の内部が血液の生産工場になっています。骨は身体の姿勢や体型を保つだけの構造ではないのです。
貧血の成り立ちを血液の生産工場の視点で考えてみると、まず原料の供給が十分かどうかです。工場の生産能力が完全であっても原料が足りないようでは生産不足になってしまいます。
次に工場の生産能力の低下があると、原料の供給が十分でもいい製品を出荷できなくなります。ほとんどが骨髄そのものの病気で、放射線や抗がん剤の影響のこともあります。
原料の供給も工場の能力も完全でも、貧血になっている場合があります。これは工場の生産能力を上回る消費があるときで、生産が間に合わない状態の場合です。
原料不足は食事栄養の片寄りにより鉄分の不足が主な原因です。また過剰消費は出血すなわち消化管の潰瘍性病変や悪性腫瘍、痔出血や子宮筋腫が原因になります。
貧血の検査は検査機器の進歩で簡単にできるようになりました。
少量の血液を機械に入れるだけで、ヘモグロビン、赤血球数、白血球数、血小板数、ヘマトクリットなどが短時間で測定できます。また貧血の種類も計算値で自動的に出力されます。