昔、友人として仲良くなった女性がいた。
パリに年上彼氏がいるとの事だったが、 至って健全な仲だったので、
普通の友人付き合いを続けていた。
するとある時、「私達、付き合わない?」
とありがたい提案を頂いた。
だけど複雑かつ不誠実な付き合いは嫌なので、一回は断ることにした。
当時、 自慢の年上彼氏がいるのに、なぜ自分から別の彼氏を作る行動に出るのか意味不明だった。
私なんて、 見掛けもない、財力もない、地位もない、経歴もない、ナイナイ男ですからね(笑)
だけど今思うと、あれは自分の女としての価値を確認したかったのかも。
20代後半の結婚適齢期の女性だったので、その苦しみは解る気がした。
一旦断って様子を見ようとしたが、 それっきり連絡が取れなくなった。
話の合う友人を失ったことが、 私は当時、大変残念だった。
しかし同時に、「意見が合わないと、ブチ切れるパターン」の人は、
話し合いができない人。
なので時間の問題で付き合ったとしても、別れるのはミエミエだった。
精神を病んでいるパターンと 言えるので、
劇的な別れだったが、さほど印象には残らなかった。
これは、『回避破滅型』の典型例であり、どんな人間関係も難しくします。
境界性人格障害 と言われる部類に入るかもしれません。
少なくとも、劇的行動、ブチ切りパターンは、精神的に病んでいる証拠です。
これが健常な精神の持ち主だったら、
「えー、なんでダメなの? いいじゃん、いいじゃん。
私、あなたのこと好きなんだし!」
と始まるか、
「変なこと言ってごめんね。友達でいてね!」
と、何らかの切り返しがあるものなのです。
本来、真剣であれば真剣であるほどね。
そして、男でも女でも、普通の友達に戻れるものです。
これができないのは、
幼少期に愛着障害がある可能性が高いです。
「私は、望まれた子じゃない」
「私は、愛されていない子だった」
親からの愛情を、何かイビツに受け取っている可能性が高いです。
(親の話は一切しない人でしたので、隠したかったのでしょう)
もちろん、若い普通の親は、特に現代の親は、
子育ての基本を知らずに育ててしまうので、
平気で子供が傷つくようなことや、トラウマになるようなことをやったりします。
もしくは、胎教の失敗ですね。
いくら悪気がないとは言え、車の運転と同じです。
勢いだけで運転して、交通規則を知らないのに赤信号をつっ切り、
人をはねてしまうようなものです。
いくら悪気がないとは言え、 大変重い問題につながることも、ザラにあるのです。
子育ては、車の運転より複雑で、長時間ですからね。
この女性も、こんな環境で育って、
こんな自己評価があったような気がします。
なので、
「日本語が、自分の言語でないような気がするの。
自分の思いを表せずらいから。
英語の方が、本当の自分の本音を、表せるような気がする!」
と、言ったりしていました。
日本語を獲得する小さな頃に、何かがあったということです。
このためか、特段英語の資格を持ってるわけでもなく、
お互いの非母国語同士で話し合って、付き合いを始めるという、
何かちょっと複雑な関係なのです。
「私の心の中に、入ってこないで!!」
と言うATフィールドがある可能性が、高いですね。
こうした人は、捨てられること、嫌われることを、非常に恐れます。
これゆえに、
「気持ちを寄せた人から断られるなんて、このショック、耐え切れない。
だったら、 あの時みたいに、傷つく前に、自分からこの関係性を壊してしまおう!
着信拒否にして、逃げよう!
記憶からも消してしまおう!」
とするのです。
最初から、なかったことにしたいのです。
自分が壊したことにして、相手に壊されたと思いたくないのです。
これが回避破滅パターンです。
(先日、社会福祉士の人と話したら、この単語を習わないようです)
人間生活は、上手く行かなくなった所からスタートなのにね。
営業は、断られた所からスタートなのにね。
人生の醍醐味が始まる鐘の音が鳴る前に、逃げ出してしまうのです。
本当に、もったいないことです。。。
このまま回避を続ければ、
その先は、恐ろしい場所にたどり着きます。
私からすると、ここまで自分中心に物事を図ろうとするのは、
独占欲が強すぎると言えます。
そして、人生で立ち直るチャンスは、いくつもあったはずなので、
頑固すぎるとも思います。
親子の間柄が、よほど深い傷にはなってはいるのは確かですが、
相手が去るということに、過剰な意味を持たせすぎなのです。
そして、自分の力を過小評価し、
自分に与えられたものを信じないように、し過ぎなだけです。
この考えを持ってる限りは、苦しすぎる人生だし、
誰とも上手くやれなくなってしまいます。
自分の親子の間にある、思い込みを解消する必要があります。
少なくとも、親というものを、 一面だけで見すぎていて、過剰評価しすぎです。
もっと世の中は、恵まれているものだし、
その親だって、決して悪い所ばかりじゃないんですけどね。
ここに確信できたら、回避からも卒業です。
これもまたキメラ的な人物ですが、
昔、精神疾患なるものが判らず、付き合いを持った方がいました。
その人は妹なのですが、
「可愛いのは、お姉ちゃんの方だよ」
と、親から散々言われたと言った。
何かある度に、親戚や友人に区別の目安として言っていたそうです。
小さい子に、残酷なことを言うもんですね。
まだ 幼稚園生や、小学生だった彼女は、
「お前なんて、存在価値がない」
「 いい? いつか捨ててやるから、覚悟していなさい」
と受け取れたのでしょう。
若い母親だと子供にどう受け取られるか考えもしないで、
ゴロだけで、勢いだけで、
ナイフでえぐるような言葉を、子供に投げかけることがよくあります。
特に女の子はひどく傷付き、人生を変えてしまう。
深夜の眠る時間に電話を掛けてきて、掛け直しを要求 してくる大人になりました。
何が言いたいか不明なことを2、3時間話し、
電話口で眠り始めるとんでもない人だった。
私、明日仕事あるんですけどね(笑)
自分が生き残ることに必死で、相手なんて見えないのです。
美人に多いので要注意。
(詳細は省きますが、この方も、回避破滅パターンの人でしたね)
本人も死にたい程、大変だった事はよく分かりますが、
追い込んだ当事者とは言え、
親も、どれほど大変だっただろうか。 と今なら思います。
若さに任せて突っ走ってきたが、その罰則として、これはあまりに重い。
子育ての事、人間の心の事は、高校位で教えた方が良いと思います。
小学校で、修身(道徳)は教えても、
中学校からは、男女の違いや、 人間としての言葉遣いや配慮は、
教えた方がいいでしょうね。
そして高校では、子育てや人間の心のことを、少し細かく教えた方が良い気がします。
このぐらいを教えないと、似たような人が量産されてしまいます。
戦後ベビーブームに乗った世代は、どうも何か変な所があります。
明確にアメリカと連合国の占領政策を受けていましたからね。
大人たちが、ちゃんと教えようと思っても、 育てようと思っても、
できなくなった体制になっていました。
これが占領の実態なんですよね。
しかし、15歳を過ぎたら本人の責任です。
本人以外、直しようがないからです。
・母親からそのセリフを言われたメリットは何か?
・あなたはいつどこで誰に同じことをしたか?
・母親がいつどこで違う側面を見せていたか?
などなどど見て行くと、やがて感謝に変わります。
感謝に変わらないと、人生も変わらないものです。
感謝というのは、物事をよく見ると言うことです。
親もよく見る。
自分もよく見る。
世の中もよく見る。
人間のこともよく見る、
その時の時代もよく見る。
徹底的に何でもよく見ることなのです。
それで初めて感謝に至ります。
難しいことではなく,4、5歳の子供でもできます。
感謝、感謝、感謝、感謝と頭を熱くして、
感謝に至ることでは、ないんです。
愛がなかった、だって?
愛は他人の中よりは、現実のあちらこちらにこそ、
あるものなんだよ。
他のものを見れば迷うだけなので、
現実だけを見てください、愛だけを見てください。
それこそが、あなたにとっての真実だからです。
この時にのみ、本当の感謝が出てきます。
本物の感謝を味わってください。
(感謝)
吉田直樹 拝

