「これ、まだ間に合うよ。
でも、今行動しないとまずくなる。
仕事で培った病気なんだから、仕事からもう逃げてもいいんじゃないかなぁ」
もう10年前ですね。
こう伝えた友人がいました。
今や国民の2人に1人が罹る と言われている「病気」になった、と相談を受け、
整体操法を引き受けたときの話です。
気が付けば、この友人と同じ年齢には、私は今なっていますね。
彼女は雇われ社長でした。
「そうなのよ。 あの会長ったら、私の病院のベッドまで来て言ったのよ。
「なぁ、早く会社に戻ってきてくれ。君がいないと会社が、もたないんだ」って。
さすがに妹が怒ったわ!」
と彼女は言っていた。
そんな人は面会謝絶じゃなくて、面会拒絶ですよね、本来ならば。
「会社のせいで病気になりました。
ハンパない病気です。
散々苦しみました。
もう2度と顔も見たくありません。
ただし慰謝料は、振り込んでくださいね!」
と言っても良い位です。
この友人は、若い頃にうつ病をやったと言います。
会社に行く気力が極端になくなり、
出なきゃいけない15分前に起きて支度をして、
そのまま会社に行く と言う有様だったそうです。
20代の花盛りの時に、よほど追い込まれたんでしょうね。
しかし、そこで、
「私、もっと頑張んなきゃ、存在価値がない!!」
と思い込んでしまったようなのです。
多分もっと前に、20代の時ではなく、10代の時でもなく、
1桁台の時に何か思い込みが起こった、これが大元だとは思うのですが。。。
この思い込みが、20代後半の時に、うつ病にもつながったと思われます。
そこから這い上がり、日本では過酷な部類に入る立場に職を得て、
頑張ったと言います。
完全に元社長・現会長の放漫経営により、会社が傾いているところを、
従順かつ真面目で実績のある、友人に白羽の矢が立ったと言える状況でした。
会長が傾かせてしまった会社、そして傾かせ続けている会社を支えるべく、
金策に走る日々が多かったといいます。
そして、
「もう間に合わない! この船は、沈んでしまう」
という事は、友人自身が強く理解していました。
なので、
「吉田さん、私ね、今の会社を辞めたら、会社を立ち上げるよ!
もう事業計画も立ってるし、販路も目がついてるし、
後は私が異動して、稼働するだけなのよ。
すごく楽しみ!」
と目をキラキラさせて言っていたのを、覚えています。
そして、「その時また、お勧めのレストランを、紹介してあげるね!」
と言ってくれました。
だから私は
「後はもう、逃げるだけで、いいんでしょ?
逃げて、新しい会社立ち上げれば、生活も問題なく、できるんじゃないの?」
と尋ねると「全くその通り!」と言うのです。
「少ないながらも、資産はあるからね」と笑っていました。
しかし、友人は付け加えます。
「。。。だけど、みんなを、社員のみんなを、就職先を斡旋しないと」
と彼女は言っていたのです。
悪魔の言葉は、いつも短いのです。
「しかし」
「でも」
「だけど」
完全に沈む船で、もはや大きく傾いている船に乗っていて、
乗客全員を逃すまで、 友人は奮闘しました。
しかも逃げる気力が薄い、自分の足で立つ気のない乗客を尻を叩いて。
「完全に全員退避させてから、自分は逃げる」
このように彼女は決めていたのです。
しかし、そこまでの体力は、もう残ってないと言うのに。
普通の人だってしんどくて、そんな事はなかなかできないと言うのに、
まして、 大病が完治していないのに。
「それはもう他の人の仕事だよ。あなたの役割じゃないよ」
と言ったのですが、彼女には聞けない事情があったようなのです。
結果、 数ヶ月連絡が途絶え、
次に連絡が来た時は、彼女の葬式のお知らせでした。
あの会社がどうなったかは知りません。
友人の体的には、3人前の力があるような、
まさしく雇われ社長さえできるような人でした。
頭も回り、責任感も強く、 優しくて、おまけに美人でしたね。
自分の体力を見誤ったし、
逃げるべき時を、逸してしまったとも言えます。
50歳の手前で、逝ってしまうとは。
惜しい人をなくしたと思いました。
友人が活躍する姿を見たかった。
そして何より、
若い頃の思い込みを、「捨てられてよかった」と言って欲しかった。
感覚の鋭い人で、2回目の入院から戻ってきた時、
言っていました。
「私、病室の窓から、奇妙な光景を見たの。
自分の名前をつけてくれたおじさんで、若い頃は大変お世話になった人。
もう亡くなっているその人が、窓の外に背を向けて立っているの。
しかも、遥か上空まで伸びていく階段の途中で。
とても悲しそうな後ろ姿で、泣いているのがわかったわ。
何を泣いているのかも、わかった。
「引き返せるのに、なぜ引き返せないんだ。来るのはまだ早い」
とその背中が言っていた。
私が生きようとしていないことを、嘆いていることがわかったの。
私、あの映像、見せられたんだと思った。
私、生きなきゃいけない」
と言うような人でした。
「そうだよ、生きてよ。まだやることがあるでしょ?
人生、楽しみ切っていないよね」
と私は言いました。
だけど、友人は、あの階段を登ることを選んでしまった。
実際、病状一旦は、回復しました。
だけど、戻らなきゃ良いのに、会社に戻ってしまい、
そこで、引き返せないほど体力を消耗したんですよね。
「一度死んだと思って、生きる」と言っていたのに、話が違うじゃないか。
彼女としては、限界の1歩手前で、戻ってくるつもりだったのでしょう。
仕事って、中毒性があります。
テレビゲームより、面白いんですよね。
プレッシャー もそこそこあるものですが、それがまたスパイスで面白い。
私もそれを経験し、体を壊した経験があります(笑)
私の場合は、このまま潰れることは満足できないと思っていたので、
仕事の取り組み方も、人生設計も、大幅に変えました。
結果それが良かったようですが、まだ少し油断すると、
再度そっちの方へ戻りそうなので、今も調節しながら仕事をしています。
「私の人生は、この程度か。。。」
と思いましたが、舗装道路も用意されてない、
あちこちにヘアピンカーブかつ断崖絶壁付きの暗闇の、
整体道という道を突き進みましたからね。
激突&墜落事故の犠牲者は数知れずの道。
通り過ぎた後から、累々と花束が積もっていた姿を目にしたものです。
私はラッキーな方だし、 人生は、他人と比較するものではないです。
比較仕様のないものを、比較したってしょうがないですからね。
無いことを恨むのではなく、あることに感謝をし、
できる範囲、許される範囲で進んで行こうと思っています。
私も10年前に比べれば、人様と話をできる数や幅が、より多く深くなっているので、
今なら、あの友人をもう少し良い形で手伝うことができたかもしれないなと思います。
生き方を柔軟にする。
そして、この柔軟を邪魔する昔の思い出には、しっかり整理をつける。
このことが大切ですね。
今日仕事をしてて、こんな話を思い出しました。
(感謝)
セルフ整体道場・新宿天心會 吉田直樹 拝
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