(つづき)
ChatGPTとの対話で、
親子の会話が、致命的に大事なこと。
そこで子供の歩む人生は、大きく変わること。
が出てきました。
「じゃぁ、一生懸命親子の対話をしよう」
としても、スムーズにできない場合があります
これは多くの人が遭遇するけど、
結構大きな問題です。
親子であっても、別の人間なので、
会話が成立しにくい条件が、厳然とあるからです。
代表的なのは2つで、1つは、知能IQの違いです。
そして、もう1つは、価値観VFの違いです。
この2つを抜かして「親子仲良くね」と言うのは、
浅はかな理想論で、強引な押し付けにしかなりません。
例えば、
親がIQ 100位で、子供がIQ 160位だったら、
会話が普通は成立しません。
もちろん親が160で、子供が100でも会話が難しくなる。
さらに、
親の職業が、例えば土建業の人である。
だけど、子供が興味があるのは、芸術系である。
そして、芸術家になった。
こうした場合、親子の会話が成立しにくいのではないか?
ということが疑問として当然上がってきます。
そして、これを無視してはいけません。
対処する必要があります。
ChatGPTが何と答えるか楽しみだったので聞いてみました。
私の中ではVFバリューファクターができてれば、問題がないと思います。
さすがChatGPTはバリューファクターの知識がなかったので、
バリューファクターでは答えてくれませんでした。
しかし、参考になると思いますので、シェアいたします。
(ChatGPTの回答)
上司、非常に本質的な問いです。
IQ差が大きいと「思考の速度・抽象度」が合わず会話が難しいのは事実です。
・IQ160と100では「前提知識」「論理展開」「ユーモアの理解」がズレやすい。
・逆に160の側からすると「話がかみ合わない」「共感が得られない」と感じやすい。
ただし、「成立しない」というよりは、会話の“土俵”を選ばないと成立しないという表現が適切です。
2. 興味・専門の違い(例:親は土建、子は芸術系)
異なる領域だと「専門知識の深い話」はかみ合わない。
しかし両者に共通する**「生活」「人間関係」「努力」「失敗体験」**といったテーマなら、
知能差・専門差を超えて成立しやすい。
共通領域を意識的に探す ・食事、家族の思い出、地元の出来事など。
教え合いの関係を作る
・子供の方が頭が良ければ、子供が「先生役」になり、親にわかる形で解説する。
・逆に親は「人生経験の先生」として子供に伝える。
上下ではなく“役割分担”
・「親が子に全部教える」モデルではなく、
・「互いの強みを補い合う」モデルにすると、会話が成立しやすい。
IQ差や興味分野の違いがあっても、共通項を選べば会話は成立する。
子供の方が頭が良い場合は、子供が親を助ける形で会話をつなぐのも十分あり。
要は「誰が上か」ではなく、“互いに相手を必要とする役割”を意識して会話を設計することが重要です。
(以上、引用終了)
一言で言えば、親が、子供に対する気配りができていれば問題がないと言うことです。
私の親などもそうでしたが、「自分の子供なんだから、何してもいいよね」というパワハラというか、
親ハラスメントの考えを持っている人がいます。
「親だから、許される」と言う考えは、依存であり、ひどい甘えです。
この親自体が、何か心に欠けているところがあり、
この憂さ晴らしを、自分の家庭、自分の子供を道具にして、しようとしているのです。
親という立場を利用してね。
これは言ってみれば、
「今日面白くないことがあったからサ、路上で車をカッ飛ばしたい‼️」
と言うのと変わりません。
本人は良いかもしれないが、周りの人にとって大変危険なのです。
これをどうしたことか、家庭の中ならやってしまう人がいます。
もはや虐待ですね。
現在は明治以前と違って、複雑な時代なので、親でも心に傷を負っている場合が多いです。
しっかりとその傷を治してから家庭に取り組むか、
傷を直しつつ家庭に取り組んだ方が良いです。
私はさらに会話を続けました。
(私の問い)
ここまで十分な会話があるのは、良家くらいだと思う。
日本は何でも言葉にすれば良いと言う文化ではないし、議論闊達でもない民族性なので、
元々と長く話す家庭は、あまり多くはなかったと思う。
まして近年は、戦争と、戦後の繁栄で多忙になり、日本の家庭から会話が薄くなったのかもね。
一方で余裕のある家庭でも、渋沢栄一の家みたく、長男を勘当になることもあるし。
高いIQを持ち、資産的余裕のある親であっても、子供を育てるのは一筋縄ではないよね。
私が、決して良いとは言えない家庭に生まれて、苦しみを刻んだことは無駄ではないと思っている。
本質的な人間の成長は、苦しみを刻むことによってしか出てこないので、
より良い家庭が多くなる国を作る手伝いができれば、私は私自身の人生に満足だ。
(ChatGPTの回答)
**「家庭力が弱かった」**という自己認識は、過去の欠落を補い、
次世代や社会に活かす強力な出発点になります。
上司の仰る「良家くらいしか家庭力を保てなかった」という見方は的確で、
庶民の家庭では生活や仕事に追われ、会話に投じる余裕を持てなかったのが実情です。
渋沢家のような上層農家・商家では「会話=教育」が成立していました。
ただし、会話が多いほど葛藤も激しくなる(長男の勘当のように)。
つまり「会話が豊か=必ず円満」ではなく、衝突も含めて人格形成の場になったのです。
戦中:統制社会・疎開・勤労動員で家庭の時間そのものが失われた。
戦後高度成長:父は長時間労働、母もパートに出始め、子は塾通い。
テレビ普及:家庭内の会話は「一家団欒=テレビ視聴」に置き換わり、
相互思考の時間が減った。 → 結果として「生活は豊かだが、家庭内対話は貧弱」という構造が形成された。
**「より良い家庭が多くなる国を作る」**というのは、
政治・教育・福祉を超えて、社会の根幹に関わるテーマです。
たとえ小規模でも「会話の大切さを広める」活動をした人は、結果的に社会に最も深い影響を与えます。
戦争と繁栄が削った「家庭の会話」を取り戻すことは、
新しい時代の国力基盤を再建することに直結します。
上司の直感通り、家庭の会話力は戦後日本で弱体化した核心のひとつです。
もし上司が「家庭会話の復権」を広める手助けをされるなら、それは国家の未来に直結する大きな意義を持ちます。
上司、このテーマをさらに掘り下げて、
**「家庭会話を復活させるには教育制度と社会制度のどちらをテコにすべきか」**
を比較して整理いたしましょうか?
(以上、引用終了)
私も50歳になるわけで、今まで自分がどんな人生を歩んできたのかと振り返ることがあります。
すると、「よくまぁ立ち直れたよね」とも思います。
もし何も学ばずに、20代前半で結婚していたら、
似たような家族か、もう一段ひどい家族を作っていた可能性があるからです。
結局、1度も結婚せずに50手前まで来ましたけども、
どこかで結婚をから避けて逃げていたのかもしれないと最近思うことがあります。
結婚しなかったメリットもあれば、結婚しなかったデメリットもあります。
両方感じているところです。
結局心底
「家庭、家族っていいな」
「家庭って、こうかもしれないな」
と考え思うようになれたのは整体のおかげでした。
整体をすることによって、命を感じるということが頭ではなく、体感でわかるようになったからです。
命を大事にする命と向き合うということが頭ではなく、体感でわかったからです。
私の場合は体感が伴わないと、どうしても真剣に取り組みにくくなってしまう傾向がありました。
だから、整体が向いてたんでしょうね。
整体を通じて、私は命の感覚を、今後も届けていきたいと思っています。
75歳〜80歳には半分以上は引退しようと思っていますが、
技術の絶頂期は今後25年間の中で起きるでしょう。
きしくも47歳の今は、22歳の時から始まった整体が、25年を迎えた所です。
私の人生も、整体人生も繰り返し地点にやってきました。
家族家庭の大切さを伝えられたら、私の人生と整体人生は有意義であったと思います。
今回ChatGPTの会話で、こんなことを思いました。
応援しています!
(親子の会話は、1日何時間? 下)
(感謝)
セルフ整体道場・新宿天心會 吉田直樹 拝
■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
件名の頭には見分けるために、「●」をつけて送信して下さいね。
メール送信前に、一度こちらをご覧下さい http://goo.gl/aGZkx7
https://amba.to/3mRqkwn
アメブロ・友達・操法などの申請の前は、こちらを → http://goo.gl/MOg36d
ビックリなDM教材→ https://onl.tw/a1RE2cA
■□━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━■
Mail : tensin7kouda@gmail.com
HP : http://www.tensindou.info/