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【小沢氏「強制起訴」】国民・亀井代表、「冤罪なら大変な人権問題」
http://sankei.jp.msn.com/politics/situation/101006/stt1010061745008-n1.htm
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民主党・小沢氏を起訴相当と議決した検察審査会の発想が、今後私たち国民に与える影響を考えたとき、背筋凍るような思いがしています。
それは、「疑わしきは裁判にかける」 という発想です。
日本の司法警察事件の歴史は、「疑わしきは罰せず」、「推定無罪」です。
だから、検察は法と証拠に基づいて徹底的に調べ上げるので、
もし起訴されたら99%有罪となる、という実態がありました。
それを踏まえて、我が国社会では、起訴を基点に、法的性格とは異にし「事実上、犯罪者」のレッテルを貼られ、いったん社会から排除されてしまう実態があります。
小沢氏や郵便不正事件のケースは、国民の憎まれ役である小沢氏や官僚がターゲットでしたが、
これが前例となって、私たち国民にも同様に当てはめられたらどうなるのでしょうか?
とにかく気に入らない、気に食わない奴がいれば、
なんだかんだ理屈を付けて、警察に突き出す。
警察から受けた検察は、とにかく起訴する。
こうなると、私たちはまともな生活ができなくなります。
日本の裁判はとにかく長い。
身に覚えのない裁判で、半生を棒に振るかもしれません。
長期間に渡る裁判逃走の末、ようやく疑いが晴れて無罪になってとしても、それまでの人生は帰ってこないのです。
こうなると逆に「攻撃は最大の防御」とばかり、組織の反対勢力を微罪で警察に突き出し、
裁判闘争に巻き込ませて失脚させるという方法も浮かんできます。
誠に末恐ろしい暗黒社会になってしまいます。
こうしたことを考えると、今回の検察審査会の「小沢起訴相当議決」は、
その邪まな背景や技術的に稚拙な議決内容だけでなく、
「疑わしきはとにかく裁判にかける」という発想自体、
国民の基本的人権に影響を及ぼしかねない危険な発想である、という気がしてなりません。
こわいよぉ~