-ゆとり教育がゆとりを奪った皮肉-
全国各地の高校に広がっていた世界史の履修単位不足問題。
文科省が救済措置をとったことで、大きな山を越えたようです。
しかし、こうした問題はどうして起きたのでしょうか?
All About でおおよそ次のように解説されていました。
【理由1】高校生の立場~受験が大変だから~
・高校の学習指導要領では、世界史を必修とし、さらに日本史か地理のどちらかを履修するよう定めています。
つまり、高校3年間で、
①「世界史+日本史」か、
②「世界史+地理」か、
のどちらかの組み合わせで学ばなければならない。
・一方、大学入試では、
①の「世界史+日本史」 では受験できない仕組みになっている!
このため、範囲や量の多い世界史が敬遠された。
しかし、いくら高校生がイヤと言おうが、学校側が履修しないと卒業させないといえば、履修漏れのような問題は起きないハズ。
本当の原因はコチラ ですよね。
【理由2】学校の立場~授業時間確保のため~
・ゆとり教育で、高校にも総合的な学習の時間や学校週5日制が導入された。
→これで授業時間が足りなくなり、「苦肉の策」として、世界史を必修から外したというのだ。
All Aboutでは、
『勉強は決して「受験のためだけ」にあるわけではありません。広くたくさんのことを学び、教養をつけることも勉強の目的の一つ。しかし、今、学校現場にはそのゆとりがないのです。』
とも書いている。
ゆとり教育は、受験勉強一辺倒から解き放つことを目的とし、総合学習などの試みは成果も一部出ているが、
一方で、受験中心のカリキュラムを作らざるを得ないという結果を招いたのは皮肉な現実ですね。
今回の問題は、ルールを守らなかった~つまり、学習指導要領で決められたとおりのカリキュラムを作らなかった~高校に一番の責任がある。
しかし、現実にはルールを容易に守れないような学習指導要領を作った文科省にも責任の一端がある。
確かに、高校の世界史は紀元前のイスラムの時代から、アジア史、ヨーロッパ史と時間軸、地域軸とも相当のボリュームがあって、社会科に興味のあった自分でさえ、相当の負担があった。学生が敬遠するのも無理はない。
また、学校側としても、限られた時間であれもこれも詰め込むのには限りがあることに一定の理解はできる。
したがって、当面の措置としては補修で補うことでいいのですが、今後については見直しが必要です。
私は、見直しの視点として次のように考えます。
《見直しの視点》
・世の中がどんどんグローバル化していく中で、世界史はやはり必修とすべき。
・しかし、世界史のボリュームは見直すのが適当。
《具体的な提案》
1 世界史を『世界史概論』と『世界史各論』に分ける。
2 各論では、例えば、アジア史、ヨーロッパ史といった地域別の歴史として選択履修させる
こうすれば、世界史必修の理念は変えずに、かつ、ボリュームを減らせるので、現場の対応も容易になるでしょう。
むろん、ヘレニズム文化のように、地域ごとに区切りにくい部分はあります。
ただ、そのへんは教科書の作り方ひとつでどうにかなると思います。
社会科の先生の意見をお待ちしています。
http://kanou.jp/archives/000567.php
