「娘の命を救う手術の費用を払うために自分の腎臓を売る父親」は許されないのか?
ブログをいろいろ読んでいたら、興味深い論文を見つけましたので、貼り付けます。↓
紹介してくれたブログ→三余亭
「再開された臓器売買をめぐる論争」の4ページに出てくるラドクリフという学者の主張は、私の主張そのものだった。
【以下引用】
「…ラドクリフ‐リチャーズたちの論文で興味深かったのは、無償の臓器提供が善で、臓器売買を悪とする考えを批判しているところである。
現在、近親者であれば生体腎移植が認められている。それが認められるのなら、臓器売買も認められるべきだと、ラドクリフ‐リチャーズたちは、
「娘に自分の腎臓を提供して命を救う父親」と
「娘の命を救う手術の費用を払うために自分の腎臓を売る父親」
の例を出して主張する。
この二つの父親のケースは、子どもの命を救うために自分の腎臓を提供するという点では全く同じである。
前者が許されるのなら、なぜ後者が許されないのか。…」
さらに、このラドクリフの臓器売買正当化論を踏まえて、ヴルフ・ゲルトナーたちが『監視された公的な臓器売買市場』を提案している。
【以下引用】「…売買によらない理想的な方法で臓器不足を解決するのが困難ならば、ベストではないが、売買を容認するセカンドベストな解決を模索すべきである。
臓器売買を実行する「監視された市場(ein überwachter Markt)」は、闇市場の弊害をなくし、臓器不足という現状に対する適切な代替案となりうる。
この提案は社会の要求に適合している。…」
「監視された公的な臓器売買市場」により、
①闇市場に暗躍するブローカーの排除
②お金ほしさでなく、純粋に利他的動機から臓器を提供しようとする人の意思を生かす
③提供される臓器の水準確保
が図られるとする。
一方、臓器売買は売り手の幸福につながっているのかについて
①売り手の経済状態が臓器売買により改善されていない
②売り手の8割以上で健康の悪化がみられる
との調査結果が示されている。
この論文の著者:黒瀬勉講師は、この調査結果を踏まえるとともに、搾取や女性・こどもへの強制への疑問がぬぐえないこと、臓器売買を認めても臓器不足が解消されないであろうことを理由に反対の立場をとっている。
この論文で気にかかったのが、調査で売り手の8割以上で健康悪化が出ていることです。
私は以前のブログで、腎臓移植については売り手の健康に問題が生じないかのようなことを書きましたが、そうではないのか??
買い手の健康状態が改善されても、売り手が健康を悪化させては何にもならない。
私は、基本的に売り手の経済にかかわる弊害よりも買い手の幸福を重視したいです。
したがって、冒頭の「娘のために腎臓を売る父親」にはそれ自体は反対しない立場ですが、その父親自体の腎臓が悪くなってしまうようでは、躊躇せざるを得ません。
何とか医学の力により解決できないのでしょうか?