臓器の売買はどこでも起こりうる。いや、至る所で起きているのではないか――。そう懸念せざるを得ない事件だ。
愛媛県の宇和島徳洲会病院で行われた生体腎移植は、患者がまったくの他人から、金銭などと引き換えに腎臓の提供を受けたものだった。
臓器の売買は、臓器移植法で禁止されている。愛媛県警がこの規定を初めて適用し、移植を受けた男性患者と仲介者の女性を逮捕した。
腎臓は二つあり、一つを提供しても生き続けることができる。このため、売買の対象となる恐れが指摘されていた。
日本移植学会は倫理指針で、生体間移植の臓器提供者は親族に限定する、としている。親族以外が提供者になる場合は手術をする病院の倫理委員会で審査し、学会にも意見を求めなければならないと定めている。
容疑者らは病院に、患者と仲介者は夫婦であり、腎臓提供者は仲介者の妹、と説明していた。実際には夫婦は内縁関係に過ぎず、妹というのも偽りだった。
臓器売買をしようとする者たちが、あえて他人同士だと申告するはずはなかろう。問題は、この病院がほとんど確認せずに手術に応じたことだ。
一病院のずさんな特異事例、と言い切れるだろうか。学会の倫理指針に強制力は無く、患者と提供者の関係確認をどこまで徹底するかも定めてはいない。
日本移植学会と厚生労働省は、当事者の関係確認の具体的な方法を示すなど、まず指針の不備を早急に改める必要がある。さらに、法規制を含む、実効性あるルールを検討すべきだろう。
事件の背景には、日本では亡くなった人からの腎臓提供が少ない、という事情もある。
脳死移植の条件が厳しく、これを緩和する臓器移植法改正案が国会に提出されたものの、審議の見通しすら立っていない。腎臓は心停止後の提供でも移植可能ではあるが、脳死移植が行いやすくなれば多くの腎移植待機者が救われる。
これまでに約200人が、中国やフィリピンなどに渡って、腎移植を受けている。それらの多くが臓器売買ではないかと指摘されている。こうした状況を無くすためにも、国内での移植医療の可能性を広げるべきだ。
臓器移植だけでなく、尊厳死、生殖医療など、生命倫理を問う出来事が相次いでいる。医療技術の進歩に法律が追いつかない状況が深刻化している。
死生観の絡む難しい問題だ。しかし、新しい技術が無秩序に広がる現状を放置するわけにはいかない。
読売社説は、臓器売買はどこでも起こりうるし実際に起こっているのでないかとの疑念から、実効性ある再発防止策が必要だと論じている。他の社説やブログをみても、ごく常識的な論調である。
しかし、どーも私は根本的なところの理解が足りないのか、臓器売買や臓器提供の禁止自体に目がいってしまった。
本件で問題となったのは、
① 臓器の売買は、臓器移植法で禁止されていること (法第1条、第11条)
② 生体間移植の臓器提供者は親族に限定されていること (日本移植学会倫理指針)
の違反である。
この問題も、つい先日話題となった向井亜紀さんの代理出産と同じく、非常に難しく、はっきり言ってよくわからない。
自分の勉強のためにわかる範囲で書いてみるが、たぶん事実誤認が出てくると思うので、気づいた人は指摘していただければありがたいです![]()
まず、疑問に思うのは、
① 臓器移植法第6条で臓器嫡出自体が死体(脳死含む)に非常に制限されているのに、生体間移植は認められていること
② 生体間移植は親族に限定されているのに、臓器移植法では親族を指名して提供することは禁じられていること
③ そもそも、臓器売買自体、なぜ法律で禁じているのか?
③まで書ききれないので、ここでは、臓器提供について考えてみようと思う。
臓器売買を禁止しているのは、
「人体を売買するなんて、ヒトの道に外れたことだ」、
「貧困者の人権にかかわる話だ」
というようなことからなのでしょうか?
しかし、一方で、臓器移植を必要とする患者の切実な想いを現在の臓器移植制度が満たしていると思っている人はだれもいないでしょう。
腎移植希望の登録者約11,500人のうち、約6割(約7,000人)は5年以上待ち続け、20年以上待ち続けている人も300人を超えるそうだ。
日本臓器移植ネットワークに登録した腎移植希望の患者の総数は11年間で約3万人いるが、そのうち実際に移植を受けられたのは3,127例にとどまっているからだ。
臓器移植のために海外で手術を受ける人もいます。
もちろん、私は、貧困国において行われていると聞いたことがありますが、例えば眼球売買のようなヒトとしての機能を損なうような臓器売買にはもちろん反対です。
しかし、腎臓は2つのうちひとつを提供してもヒトとしての機能を損なうことはない。
ただ、売買や提供の対象にすることが禁じられているという話だ。
売買が抵抗あるというのなら、生体間移植で親族に限るという規定の方を見直すという手はダメなのか?
腎臓提供について、死体に限定することなく、献血のように広く国民から腎臓の提供を募れば、腎移植を必要とする患者が今よりかなりの人たちが救済されることでしょう。
生命倫理を理由とする反対論に対しては、じゃあ、患者の今の現状には目をつぶるのかと言いたい。
患者の身体との適合性?(親和性というのでしょうか?)を考慮して親族に限定しているというのなら、理屈は理解できますが、それは医療技術の進歩で克服できないのかとも思う。
これこそ、安倍総理のいう「イノベーション」ではないかというと飛躍しすぎか???
※とりあえず生煮えのままアップします。今後、加筆訂正していきます。
《参考ブログ》
臓器移植と臓器売買について
http://d.hatena.ne.jp/bessj/20061002
臓器売買等に関する論文
http://k.lenz.name/lw/index.php?pagename=MasahiroYamada