○まちとはなにか。
○コミュニティの維持を図るための施策の必要性
○経済市場主義、規制緩和の流れ(過去の大店法の歴史)
○地域振興策(雇用・税収)と郊外大型店の誘致
○自治体間競争、福島の現状
○郊外大型店と従来型店舗の調和を図ることはできないのか
○地元女子高生の弁をどう受け止めるのか
この中からチョイスするのだ。。。
前回、こんな覚え書きを書いておいたのですが、多忙にかまけて1カ月も更新しないでいるうちに、当時何を考えていたのかさっぱり忘れてしまいました…。
一応のケリをつけておかないとすっきりしないので、とりあえず書こうー。
ごく当たり前のことだが、まちは人が生活する場です。
生活するうえで必要な、経済的欲求(物品・サービス等の購入・販売)や生理的欲求(楽しい生活をしたい、落ち着きたい、安全な生活をしたい等々)を満たす場です。
だから、まちの在り方というものは、そうした欲求をそこに住む人が満たすために、自然と形成され、変化していくものと思います。
しかし、今回のまちづくり三法改正は、「現にそこに住んでいる人」への配慮に欠けていると思います。
田舎の人だって、都会並みに様々な商品の中から、好きなときに、安く、必要な量を買いたいという欲求は持っているハズ。
そうした欲求を今まで地元商店街は満たしてきたのか?
私は満たしてきていないと思っています。
だから、住民は、イオンなどの大型店舗に流れるのです。
やや辛らつですが、市場経済主義に忠実に従えば、消費者の要求を満たせない供給者は淘汰されても致し方ないのではとすら思います。
そこに国が規制をかけて駅前商店街を守ろうとしても、住民(消費者)がその環境に甘んじて、
「しかたないなあ、商品に不満はあるけど、駅前商店街で買い物するかあ。」
とはならないのでないか?
そう思うのは、以前に、福島県の週末の様子をテレビでみたからです。
県民が老若男女問わず駅前に集まってくる。地元の駅前商店街で買い物するためか?
否!
仙台行きの高速バスに乗るためです。
わざわざ、仙台まで買い物に行くそうです。
バスに乗り込む人に質問したら、福島には買いたいものがないからとのこと。
(福島の方々へ、他意はありません、ごめんなさい。おわびに名所をPRします)
(福島県五色沼 「福島バス旅行」HPより)
まちづくり三法が改正されて、大型店舗が出店できなくなると、
こうした動きが全国的に拡がるのではないか?
今の世の中、自治体間競争の時代です。
介護保険制度が充実している自治体、育児支援に積極的な自治体。
そうした自治体に住民が移動する時代です。
まちの利便性が失われると、どうしてもその場を動けない、動きたくないという住民以外は、
外部に流出していくでしょう。
もう、ひとつの自治体の中だけでまちづくりを考える時代ではない。
また、大型店舗は、地元の雇用や税収確保にも一定の役割を果たしてきたことを忘れてはならない。
これまで、大店法が規制緩和されるなかで、積極的に大型店舗を誘致してきた自治体も少なくない。
大型店舗が出店できなくなった場合、自治体は、住民福祉の観点から、大型店舗に代わる雇用先を確保する務めを果たすことができるのか。
医療・介護などの高齢化問題に対処しうる税収を確保できるのか?
こうしたことを総合的に考える必要がある。
なんか、経済のことばかり書いてしまったが、それと匹敵するくらい、考えなければならないことがある。
前回も紹介したよみうりウィークリーの記事の中で、倉敷の女子高生のはなしが気になったので紹介します。
『平日午後から次々と客が入るイオン倉敷ショッピングセンター。
…片道160円のバスで訪れた地元の女子高生は、「まちなかは学校帰りに暇つぶしするところがないから」と話した。』
学校帰りに暇つぶしするところ…。
自分の学生時代を振り返っても、非常に重要な時間、空間と思う。
3時半に学校が終わって、今日はクラブ活動もないし、かといってこんな明るいうちに帰宅したくもないし。
暇つぶしするところとは、言い換えれば、憩い・安らぎを得る場ということ。
憩い・安らぎの場というと、「顔」が見える地元商店街での交流を連想しそうだが、
現状はそうした憩い・安らぎの場すら、一部は大型店舗が担っているという現実を示している。
(もちろん、地元商店街の方が落ち着くという人もたくさんいるでしょうが、さまざまな住民のさまざまな欲求を地元商店街が受け止められていないということが問題なのです。)
今回の法改正は、こうした女子高生のささやかな欲求も奪いかねない。
そうした居場所がなくなったら、まちとしての魅力を維持できるのだろうか?
この女子高生は、将来親元から自立しても引き続き地元に残るだろうか?さんざん、まちづくり三法改正をこきおろし、イオンなどの大型店舗の賛美論を書いたが、
じゃあ、現在のような「日本のあちこちに誕生しているイオンしかない田舎」(=よみうりウィークリー)のままでよいのだろうかといえば、それもどうかと思います。
いまは故郷を離れて都会で生活している人たちも、故郷の良さは失ってほしくないだろうし、
自治体間競争に勝ち抜いていくには、地元ならではという独自性、特殊性も必要でしょう。そうしたものも大事に育てていかないといけない。
とすると、 イオンのような大型店舗と、地元商店との共存共栄を図っていくのが、合理的な考え方と思います。
発想が貧困かもしれませんが、思いつくまま、具体策を考えてみます。
(具体策その1)
大型店舗が出店するときは、必ずその中に地元店舗を入店させる。
あるいは、地元商品を販売してもらう。
出店自体を規制するのでなく、条件をつけるのです。
地元商店・商品の競争力が劣る場合は、自治体がテナント料を補助するなどして支援します。
(具体策その2)
地元商店街は、大型店舗にない商品・サービスを提供する。
つまり、徹底的な差別化を図る。
大型店舗と同じものを提供しても、価格競争力で太刀打ちできません。
むしろ、大型店舗ではできない、少品種・希少商品で対抗するのです。
できれば、自治体を超えて消費者を引きつけるだけの商品力がほしいところですが、
そうでなくても、「そこしか売ってない」魅力的な商品があれば、当然人は集まります。
「そんな商品が出せるのなら、とうの昔にやってるよ。」という人がいるかもしれません。
でも、私はそうした見方に懐疑的です。
ほんとに、死にものぐるいでやっているのか??
何かというと、駅前商店街はシャッター通りと化していてタイヘン、タイヘンと聞くが、
シャッターを閉めてるところのすべてが空き店舗となっているのでなく、
単に営業していないだけ、というところもあるようだ。
砂漠化がさらに砂漠を生むように、シャッター店舗は更なるシャッター店舗を生んでしまう。
駅前商店街を活性化させるのなら、そういう人には店を渡してもらって、とにもかくにも、全部の店が開店していることが必要である。
だから、学生でもフリーターでもいいから、やる気のある人にどんどん店をやってもらったらどうか。
そして何ヶ月かやってもらって、成果が出なければどんどん他の人に交代してもらう。
ヒット商品は、そうした混沌とした中から生まれていくもの。
若者ギャルの総本山、東京・渋谷の109は、頻繁にテナントが入れ替わっているのをご存知だろうか。
強力な定番ブランドに加えて、新規出店による新商品見たさが若者を109に惹きつけるのだろう。
109のようなブランド力がない状況では最初はうまくいかないかもしれないが、
軌道に乗り始めて、商店街の特色が出てくれば、県外からも出店希望者がやってくるだろう。
ここでも、自治体はテナント料補助や未経験者等への基本的な経営ノウハウ提供などで支援する。
最初の「餌付け」(強力な核店舗の誘致)を自治体がやってもよい。
駅前商店街が大事なら、いっそ、商店街自体を自治体が買い取ってテナント料をタダにするくらいのことをしてもよいのでないか。
出店店舗に客が来て利益が出れば税収として跳ね返ってくる。
と、まあ、異論反論覚悟で徒然なるままに書いてみたが、今回の法改正はやはり疑問に思うところ大です。
さらに言えば、まちづくりのようなことを国が法律で規制すること自体どうかと思いいます。
国はガイドライン(考え方)を提供するくらいにして、必要と思う自治体が条例で個々に定めるようにすべきでしょう。
※追記
イオンは今回の法改正に反対しているが、今回の法改正でライバル店は出店できなくなるため、すでに郊外への大量出店を果たしているイオンにとっては既得権益を擁護することになるのだろう。
また、今年1月、イオンは都市部にコンビニ並みの小型食品スーパーを実験店として出店している。
都市部の人口回帰や今回法改正を考えてのこと。
中心市街地の活性化を図るための今回改正は、こうした大型店の対応により、中心市街地に直接的な競争激化をもたらし、むしろ逆効果となる可能性もある。
