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- 哀しみは
石畳のうえで鍛えあげられた
心魂の苦い果実

黄色い記憶の嬰児は埋葬され
慰められることなくドクドクと噴きあげる動脈血がうめきをあげる

そして
永訣の惑星が深く息を吸うほんの半刻手前
一匹の黒猫が無表情にそれを眺めた

まだ幼かった地球のように鉄は煮えたぎり
四十日四十夜の渇きを死海のほとりにどさりと降ろす

恥じらいは
鉄床のうえで叩きあげられた
劣情の渋い一個の果実

もはやわかりあえぬ孤独
とろとろと手のひらをこぼれ落ちてゆく果汁

わたしよ
いまこそこの耐えきれぬ重荷を
四十日四十夜の徒労と忘却の闇に
そっと沈めるがいい
深く…
さらに深く…

そしてここから始める
新たな第一歩をおまえは
冷たい石板に
自らの紅い鮮血をもって書き記すがいい
- いえす『四十日四十夜の別れ - 途上にて』
9月5日 闘病の床にて。
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- ぶらぶらした手でブラインドをあける
ぼんやりした頭でパジャマを着替える
どろどろとした手どり足どりで顔を洗い
そして歯をみがく

聖書の表紙をおもむろにひらく間に
朝食のアナウンスが遠くに聞こえる
廊下に響く。まるでわたしに関係のないことばのように

すれ違う人すれ違う人『おはようございます』『眠れましたか?』
そうして黙って食卓につく。それがここでは朝の作法
誰も彼も、失語におちいったように
黙々と箸を進める

たぶんわたしとおんなじなんだろう
彼らも彼女らも
語るべきことばをもたないままに
いつ射し込んでくるかも知れない光を
明るい失望とともに待ち望んでいるのだ
- いえす『あさの作法』
7月28日 閉鎖病棟にて。
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- わたしであることでしか
感受しえない世界というものがある
わたしへかぶさるあらゆる重力を
わたしのかたちのまま
おしかえす
そのときわたしであることは
もはやひとつの証しである
たったひとりのわたしでしか
ありえない日々をこえて
わたしでしかついにありえないために
わたしをささえる空気はきびしく目醒め
わたしのかたちは
かの十字架の影のようでなければならない
- いえす『- 覚醒 - 石原吉郎氏に捧ぐオマージュ3』
8月25日 闘病の床にて。