「海賊! 戦いをやめて! 提案がある!」
ピヨモンの言葉に、マーメイモンはジオグレイモンを抑え込む手を緩めた。
とは言え、辛うじてジオグレイモンの鼻が水面に出るかどうかという程度。マーメイモンが少しでも力を込めれば、また呼吸のできない水中に引きずり込める。
一方、ガワッパモンは叫んだピヨモンの翼をつかみあげた。
「さっきまでおれ達をからかってた癖に、今さら命乞いか?」
「違う! 商売をやってるデジモンとして、あなた達にも、私達にも得になる提案があるの」
ピヨモンはまっすぐにマーメイモンを見つめてきた。その目つきは、先程までの海賊をあざ笑う目と違い、真剣だった。
マーメイモンは同じように真剣に見つめ返した。
「一応聞いてやるよ」
ピヨモンは、つかまれていない方の翼でマーメイモンを指した。
「その、毛先についている飾り。ルビーじゃない?」
マーメイモンは自分の三つ編みの毛先に目をやった。
そこには、大ぶりなガラス石のついた髪ゴムがついている。ガニモンが赤石谷で採ってきたガラス石で作ってくれたものだ。
「何だ、そのるびいってのは」
ガワッパモンの問いに、ピヨモンは「やっぱ知らないんだ」とつぶやいた。
「それ、この辺りではほとんど採れない鉱物なの。その上人気があるから、すごく高いお金で売れる」
マーメイモンの目が髪ゴムとピヨモンの間を忙しく動いた。
「そんなことあるもんか。あたしらが取引してるデジモンは、この石のことたった5ビットだって言ってたぞ」
マーメイモンの言葉に、ピヨモンは呆れたように目を細めた。
「うわ、最低。どうせ、他に誰もいないような場所で商売やってる密売屋でしょ? あなた達が何も知らないのをいいことに、買い叩いてたのね」
その言葉に、マーメイモンは考え込んだ。
錨で抑え込んでいたジオグレイモンを放す。
ジオグレイモンは残った体力でどうにか砂浜に上がると、その場に倒れこんだ。体力の限界なのか、その体にデジコードが浮かぶ。
マーメイモンはそれを無視して、ピヨモンに歩み寄った。
髪ゴムを毛先から外し、ピヨモンの顔面に突き出す。
「今の話が本当だとして、あんたはこれをいくらで買ってくれるんだい?」
ピヨモンは赤い鉱石をじっと見つめた。
見積もりを終えて、マーメイモンに視線を移す。
「最低でも2万ビット」
「に……まん?」
マーメイモンは瞬きした。聞いたことのない数字だ。きっと、千より大きいのだろう。
反応が鈍いのを察して、ピヨモンが言い直す。
「千が10個集まると万だよ。その石1個で、100ビット銅貨200枚になるって言った方が分かりやすいかな」
「銅貨200枚ももらえるのか!?」
マーメイモンもガワッパモンも開いた口が塞がらなくなった。
密売屋では、盗品を全部売っても銅貨40枚程度。
それが、近所で採れるこんな石1個で200枚もくれると言う。
ガワッパモンがピヨモンを揺すった。
「おい、命が惜しいから適当なこと言ってるんじゃないだろうな」
ピヨモンは顔をしかめた。
「さっきも言ったけど、私はいざという時の捨て駒なの。ここで死んでも仕方がないと思ってる。でも、隊商の得になる取引ができるのなら別。そのルビーを私達に売ってくれたら、あなた達は暮らしが楽になるし、海賊行為をしなくてもよくなる。私達はルビーを売って儲けられるし、海賊に襲われるリスクが減る。お互いにとって、すごいチャンスなの」
「命より金儲けか。ほんと、気に食わない奴」
マーメイモンは、そう言いながらにやりと笑った。
「でも、あんたの言うことは少しだけ信じる価値がある」
ガワッパモンに合図すると、ガワッパモンはピヨモンをそっと砂浜に放した。
マーメイモンが、ピヨモンに髪ゴムを手渡した。
「これと引き換えに銅貨200枚を持っておいで。そうしたら、あんたの言うことを信じてやる」
マーメイモンは横目でジオグレイモンを見る。ジオグレイモンの体からはデジコードが消えたが、激しく咳きこんでおり、すぐには動けそうにない。
「あのリュウ型デジモンは捕虜として預かる。3日以内にあんたが戻ってこなければ殺す」
「分かった」
ピヨモンは髪ゴムを握ってうなずいた。
それから、少し迷ってから言葉を続ける。
「ジオグレイモンを捕虜にするなら、手当てしてやって。その、3日以内に死んだら取引に支障が出るから」
「いいだろう」
「あと……あの図体だから結構大飯食らいなの。あなた達の食料も少ないだろうけど、死なない程度に食べさせてあげて」
マーメイモンは一瞬答えに詰まった。貴重な食料を消費するのは嫌だ。死なない程度と言っても、うちのイッカクモンくらいは食べるだろう。
食料の消費量を考えるのなら、ピヨモンを捕虜にした方がましだ。だが、取引を隊商に持ちかけられるのもピヨモンだけだ。
「……いいだろう。あいつに、死なない程度に食べさせる」
結局、絞り出すような声で了承した。
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1月以来10か月ぶりの更新……。本当に、遅々としていて申し訳ないです。
久しぶり過ぎて伏線なんて忘れ去られていそうなので、ここで供養。
①この地域において、ルビーは生産量が少なく、高額で取引されている(「風の章〔5〕卸しと仕入れ」より)
②マーメイモン達は近所の赤石谷でよく見つかる「赤いガラス石」を拾い、密売屋に安価で売っていた(「水の章〔2〕忘れられた村の隠された取引」より)
③マーメイモンは「赤いガラス石」のついた髪ゴムをつけて行動していた(「水の章〔2〕忘れられた村の隠された取引」より)
マーメイモン達はルビーの市場価値を知らないので、2万ビットもするルビーを5ビットのガラス石として売ってしまってたわけです。要するに、フェアトレードって大事だよね、って話です。