光の章〔5〕最も怖れる者 | 星流の二番目のたな

星流の二番目のたな

デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
続き物、二次創作の苦手な方はご注意くださいませ。

 ガルルモンは、少年王の姿を探して城内を歩き回った。

 自室、ディノビーモンの執務室、謁見室――。

 ふと思いついて、先程ガラスの破片が撒かれていた場所に足を向ける。引っかかったデジモンがいないか、見に戻るかもしれない。

 ガルルモンの肉球が床を踏みしめる。元から足音のする種族ではなく、静かに廊下を進む。

「ちえっ」

 舌打ちが聞こえた。

 ガラスがあった場所に、少年王が立っていた。きれいに片付けられた床を見て、残念そうに唇を尖らせている。

 ガルルモンはもう数歩近づいてから、声をかけた。

「いたずらの度が過ぎます、殿下」

 少年王の肩が驚きで跳ね上がった。ガルルモンを視認してすぐ、駆け出そうとする。

 ガルルモンの足が床を蹴る。素早く少年王の進路に回り込んだ。

 少年王は眉をしかめながら立ち止まった。逃げられないと観念したらしい。

「何しに来たの」

 少年王がつっけんどんに聞く。

 ガルルモンは淡々と答える。

「捕まえて叱りに来ました。いつもと同じです」

 その答えに、少年王が更に眉をしかめる。

「廊下にガラスの破片を撒けば、俺だけでなく他のデジモンも怪我をする危険があります。城の者を傷つけるようないたずらは」

「そうやって前と変わらない風にしてれば大丈夫とでも思ってるの」

 ガルルモンの説教は、少年王の鋭い早口に遮られた。

 少年王がガルルモンを睨んでいる。

「みんな、あの日から僕のこと怖がってる。ガルルモンも同じだろう」

 少年王の言葉には一理ある。

 ララモンは少年王の過激ないたずらを制止できなくなった。

 ケンタルモンは、自分で少年王を探そうとせず、ガルルモンに体よく押しつけた。

 だが、ガルルモンは少年王の目をまっすぐに見据えて、答える。

「毎日のように仕様もないいたずらを仕掛けてくるワルガキなど、怖くはありません」

 思いがけない答えだったのだろう。少年王が目を丸くしてひるんだ。戸惑って、ガルルモンから視線を逸らす。

 その反応を見て、ガルルモンは一つの確信を得た。

 一瞬迷った後に、「殿下」と声をかける。

 

「無礼を承知で申しあげます。最も殿下のことを怖れているのは、殿下自身ではございませんか」

 

「っ!」

 少年王ははっと息を飲んだ。ガルルモンから目を逸らしたまま、こぶしを握りしめる。

 図星だったらしい。

 ガルルモンは少年王の顔を見ながら、ゆっくりと語りかける。

「殿下は、類まれなる力を持ってお生まれになった。この世界で貴方に比肩する力を持つ者はいないと言っていい。――だからこそ、誰も貴方に戦い方を教えようとはしてこなかった」

 少年王は膨大な力と、赤ん坊のような無知を併せ持って生まれてきたという。

 政治のことはディノビーモンが、学問はケンタルモンが教えている。

 だが、兵士が学ぶ戦いの初歩すら学んでいない。学ぶ必要がないと誰もが思っていた。

「しかし今、殿下は自分の中にある膨大な力の使い方が分からずにいる。また暴走することを怖れておられる」

 いたずらが過激になったのも、不安の表れだろう。

 少年王が、ガルルモンに視線を戻した。先程のような強気の表情ではなく、その目は途方に暮れたように揺れていた。

「僕は、どうしたらいい」

「戦い方を学ぶべきです」

 ガルルモンははっきりと答えた。

「学べば、力を制御する術も身に付きます。そうすれば、怖れは自然と消えるでしょう」

 少年王はガルルモンの言葉を飲み込むように、何度か頷いた。

 さて、誰が指南役になるか。ガルルモンは数体のデジモンを思い浮かべた。

 ディノビーモンは実力があるが政務に忙しい。ここは近衛兵の誰かが受け持つことになるだろうか。

「ガルルモン、教えてくれる?」

 少年王の言葉が、一瞬理解できなかった。

「俺が、ですか?」

 ガルルモンの上ずった声に、少年王が深く頷く。

「ガルルモンに教えてほしい」

 今度はガルルモンが戸惑う番だった。

「信頼くださるのは嬉しいですが、俺は一介の兵士です。それに、殿下とは種族が異なりますので、戦い方も違います。ここは、似た種族に教わった方が」

 少年王の表情を見て、ガルルモンの言葉が止まった。

 少年王は、寂しそうな顔をしていた。

 草原の町を滅ぼしてから、少年王は複数のデジモンに怖れられている。少年王に本心でぶつかってくるデジモンはまれだ。

 ガルルモンは、今の少年王が信頼できる数少ないデジモンなのだ。

 ここで断れば、少年王はガルルモンに裏切られたと思うだろう。

 ガルルモンは決意を固めた。

 少年王の前で前脚を折り、臣下の礼をとる。

「かしこまりました。殿下の仰せとあらば、身に余る栄誉を賜りましょう」

 ガルルモンが顔を上げると、少年王と目が合った。

「ありがとう、ガルルモン」

 そう言って、少年王は小さく微笑んだ。

 久しぶりに見る笑顔だった。

 

 

 

☆★☆★☆★

 

 

 

少年王とガルルモンの関係は、ここから更にずぶずぶになっていきます。

ガルルモンが、ここで見切りをつけられるほど冷淡な性格だったら、この先苦しまずに済んだでしょうに、ね。