ガルルモンの居宅は、城の北にある兵士寮の一室であった。
ルーチェモンに好かれているとはいえ、ガルルモンの身分はあくまで一兵卒。石造りの壁に囲まれた部屋の中に、簡素なベッドと、机を兼ねた棚。南側と天井に明かり取りの跳ね上げ戸。それで全部だった。
朝、ガルルモンは寝ぐせのついた足の毛づくろいを済ませ、出入り口を開ける。
一歩踏み出す前に辺りを見回し、目の前に仕掛けてあったオレンジババナの皮を冷静に拾い、共同ゴミ捨て場に投げ捨てた。どこからか「ちえっ」という声が聞こえてきたが、ガルルモンは聞き流す。
訓練所に入ると、訓練生達が朝早くから訓練に励んでいた。ガルルモンに気づいた訓練生が振り向いたが、目を丸くしたり、急に顔をそむけたりする。
ガルルモンは怪訝な顔で声をかける。
「なんだ、俺の顔に何かついているのか」
「いえ、そういうわけでは」
近くにいたコテモンが笑顔で首を横に振る。
「それよりご伝言です。明日ケンタルモン様がいらっしゃるそうです。また最新の世の情勢を知りたいとおっしゃっているそうで」
ケンタルモンといえば少年王ルーチェモンの教育係だ。少年王に教える前に最新の情勢を知りたい言って、月に一度兵士長に聞きに来られる。
「では、持ち場の情勢を兵士長にお伝えしなければいけないな」
ガルルモンは、言いながら訓練生達を見回す。全員が手を休めてガルルモンを見ている。
「皆、休憩にはまだ早いぞ。鍛錬に励め!」
ガルルモンに言われて、訓練生達は慌てて素振りや手合わせに戻る。
ガルルモンはその間を歩いて回り、指導をしてやる。そうしながらも、頭の片隅で最近の情勢を思い返していた。
ヒューマンデジモンとビーストデジモンの対立、と見れば単純に見える世の中だが、実際にはもっと複雑だ。
それぞれ、現在はグレイドモンとガルダモンを指導者としてまとめられているが、それに従わず勝手に紛争を繰り広げている部族もいる。北の果てのヒューマン・エラプト族とビースト・メガテリウム族の対立が有名だ。
更に、デジモンはヒューマンとビーストだけに分けられるものではない。
インセクトデジモンの多くは傭兵として生計を立てている。平和な世の中では仕事に困るため、わざと混乱を煽る輩もいると聞く。もちろん、摂政ディノビーモンに代表されるように、平和に尽力する者もいるが。
インセクトデジモンほどではないが、ダイナソーデジモンもその屈強さから傭兵として雇われることがある。素直なのは良いことだが、ヒューマンやビーストに上手く言われると納得して従ってしまうところがある。
マリンデジモンは慢性的な食糧不足にあえいでいる。地上で長年繰り広げられた争いのせいで雑多なデータが海に流れ込み、水質の悪化を引き起こしているためだ。光の城では重点的に生活支援を行っているものの、それが行き届かず、犯罪に手を染める者もいる。
マシーンデジモンやプラントデジモンのように、皆が争わず、静かに生きられるようになれば良いのだが。
デジモンの型で分類するだけでもこうも難しい。本当に平和な世の中など作れるのかと、不安に眠れなくなる日もある。
それでも、少年王と摂政を頂点に、平和のために尽力するのが光の城で働く者の使命だ。
物思いにふけっていたガルルモンは、くすくすという笑い声で我に返った。
見れば、訓練生達がしきりに自分の顔を見て、笑いをこらえている。先程から感じていた違和感が確信に変わる。
早足に水浴び場に向かい、水面をのぞきこむ。
そこには、両耳の間の毛を三つ編みにされた自分が映っていた。三つ編みの先には、ピンク色のリボンまでつけられている。
ガルルモンは頭を掻きむしり、リボンを裂き、三つ編みを乱暴にほどく。
こんなことをするのはあの二人しかいない。
「殿下ーーっ! ララモン様ーーっ! またですかーっ!」
ガルルモンの絶叫が響き渡った。
―――
ガルルモンがいかり肩で少年王を探し歩いていると、摂政の執務室までたどり着いた。
開いたままの扉から、中を覗き込む。
室内では、少年王と摂政が向き合って、何か真剣な表情で話し合っていた。
これは、いたずらを叱る雰囲気ではない。ガルルモンは静かにその場を離れようとした。
が、その前にディノビーモンが気配に気づいて顔を上げた。
「おや、ガルルモンか。何か用か?」
「いえ、大した話ではございません」
「そうか、では後で……いやせっかくだ、君もそこで話を聞いてもらおう」
思いがけない流れに、ガルルモンは瞬きしながら廊下に座る。
「実は、ヒューマンデジモンの副官が急に面会の申し出をしてきた。明後日に私と会いたいと言っているのだ。だが、その日は殿下と私で草原の町の視察に行く予定の日だ」
少年王も口を挟んでくる。
「ディノビーモンは、副官との面会と僕の付き添いと、どっちを優先するかで悩んでるんだ。でも、ヒューマンデジモンからの接触はここ一か月なかったことだし、この申し出を断るのは良くないと思う」
「しかし殿下、おひとりで遠出なさるのは危険です。近衛兵が大仰で嫌なら、せめて兵士だけでもお連れください」
摂政の言葉で、ガルルモンはようやく合点がいった。つまりディノビーモンは、ガルルモンを視察の護衛としてつけたいのだ。
少年王が唇を尖らせる。
「ディノビーモンは心配し過ぎだよ。僕だってもう十一歳なんだ。最寄り駅までは専用列車のトレイルモンが連れて行ってくれるし、駅からは草原の町の町長が護衛してくれると言っている。心配いらないよ」
「それは、そうですが」
ディノビーモンは不安そうな表情を崩さない。意見を求めるように、ガルルモンに視線を送る。
恐れながら、と言い添えながら、ガルルモンが口を開く。
「俺達兵士は摂政殿に比べれば大いに力の劣るデジモンです。それに、殿下がお強いデジモンであることは誰もが知る事実。俺が護衛につくと、かえって殿下の地位が低く見えてしまいはしないでしょうか」
摂政はうむ、と考え込んだ。ガルルモンの言う通りだ。本当なら摂政に匹敵する力のあるデジモンを付き添わせたいところだが、こんな急な話では都合がつけられない。
「致し方ない。しかし、何かあったらご自分の身を守ることを最優先になさってください」
摂政がそう言って、草原の町へは少年王ひとりで行くことになった。
この時、護衛をつけるべきと進言しなかったことを、ガルルモンは一生後悔することになる。
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ギリギリ平成滑り込みっ!!
1か月以上も小説更新が滞ってすみませんでした。
令和はもう少し更新ペースを上げたいところ。
ところで、Twitterではお知らせしましたが、5月中旬に海外旅行に行ってきます。
コメ返しはできなくなりますが、できれば小説の予約投稿をしていきたいな、と思っています。