息子が退院した夜に | 星流の二番目のたな

星流の二番目のたな

デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
続き物、二次創作の苦手な方はご注意くださいませ。

 桜もすっかり散った四月の中頃。
 私は病室の一角で、息子と一緒に荷物をまとめていた。同室の患者が検査に出かけていて、病室は静かだ。
 お医者さんに「奇跡だ」と言われた蘇生から一週間。息子は普段と変わらないまでに回復していた。無理はしなくていい、と言われたのに、担任の先生が持ってきてくれた宿題も全部済ませている。
 病院から電話がかかってきた時のことは、あまり覚えていない。職場を飛び出したこと、一人で渋谷まで行かせた後悔、母に続いて息子まで失うんじゃないかという焦り。
 息子に顔を向けると、ちょうど目が合った。自然と表情がほころぶ。たった一人のかけがえのない家族。生きていてくれて、本当に良かった。
 息子が私の顔を見つめた後、気持ちを引き締めるようにあごを引いた。
「あのさ、母さん。俺、母さんに一つ嘘をついてたんだ」
「え?」
 洋服を畳む手を止める。息子の顔は、いつになく真剣だ。
 息子は胸に抱えたランドセルを強く握り、言葉を続ける。
「渋谷に出かけるって言った理由。好きなサッカー選手のイベントだって言ってたけど、本当は……輝二に会いに行ってた」
 私の手から、洋服が落ちる。その名前が、ここで出るはずがない。
「……輝一、なんで輝二のこと知ってるの」
「母さん、どうして俺に兄弟がいること隠してたの」
 お互いの疑問が、同時に出た。
 
 
 
 輝一は全部答えてくれた。
 おばあちゃん――私のお母さんが、亡くなる前に輝二のことを教えてくれたこと。
 私に秘密で、輝二に会いに行ったこと。
 その途中、渋谷駅で事故にあったこと。
 
 でも私は、輝一の疑問にすぐに答えてあげられなかった。
 輝一がやっと退院して安心したところに、重大な告白をされて、考えが全くまとまらない。
「落ち着いて考えるのに、少し時間をもらっていい?」
 私の情けない言葉に、輝一は頷いてくれた。
 
 
 
 夜。
 輝一が寝た後も、私は眠れずにダイニングのイスに座っていた。
 落ち着こうと温かいココアを入れてみた。でも、両手でマグカップを包んでいるだけで飲む気になれない。
『なんで輝成さんと離婚するなんて言うの。子ども達もまだ小さいのに』
 十年前、お母さんにずいぶん叱られた。どんな深い訳があるのかと聞かれた。
 私は、はっきりした答えを言えなかった。
 これという決定的な理由はなかった。
 日常のささいなこと――脱いだ靴下をひっくり返ったまま洗濯機に入れるとか、子ども達のミルクの温度とか、小さな食い違いの積み重ねだった。
 今思うと、赤ん坊二人を育てるストレスも溜まっていたのだと思う。子どもが愛らしいとはいえ、世話が辛いと感じたことも何度かあった。
 輝成さんともケンカすることが増えるようになり、このままの生活は、夫婦にとっても子ども達にとっても良くないと思った。
 それで、二人で話し合って離婚することにした。
 問題になったのが、子ども達の親権だった。私も輝成さんも子ども達を手放したくなかった。でも、子ども達を生き別れにさせたら、将来兄弟の話が出た時に辛い思いをさせることになる。いや、兄弟だけじゃない。私達が離婚したという事実も、きっと子ども達を傷つける。
 私達は悩んだ末に、お互い片親は亡くなったことにして、兄弟がいることを伏せた。それがわがままな私達にできる、子ども達への一番の気遣いだと思っていた。
 
 私は席を立って、戸棚の引き出しを開けた。お菓子の箱を入れていて、箱の中に通帳や保険証が入っている。私が使うものばかりだから、輝一はまず開けない段だ。
 お菓子の箱をどかす。その下のA4の茶封筒が姿を現す。さりげなく隠してあったそれを、持ってイスに戻る。
 封筒を開けると、「木村朋子様」と几帳面な字で書かれた手紙が十数通出てくる。差出人はない。けれど私は、この字が輝成さんの字だということを知っている。
 離婚した後も、一年に一、二度、差出人のない手紙を送りあっている。お互いに知りたい、子どもの写真や近況が詰まっている。
 三年前の消印が押された封筒を開ける。手紙に同封されている写真には、輝成さんと輝二、再婚相手の里美さんが写っている。
 この手紙で再婚を知った時には、素直に祝福の返事を書いた。私達は上手くいかなかったけど、連れ添える相手を見つけられたのは、輝成さんにも輝二にとってもいいことだ。
 輝成さんが再婚した後、輝二が私の写真ばかり見て新しい母親と馴染めていない、ということも手紙で知った。覚えていないはずの私のことを思ってくれるのは嬉しいけど、輝二は私を忘れて、親子三人で幸せになってほしいと思った。
 もちろん私だって、輝二に会いたいと思ったことはある。何度もある。
 輝二の写真は見ていたけど、声や仕草、性格は分からない。知りたいと思う。
 でも、会いに行くことはできない。だから、きっと輝一によく似ているのだろうと思って気を紛らわせていた。
 
 けれど、お母さんが輝一に話して、十年守り続けていた嘘は崩れた。
 思い返せば、お母さんが亡くなる前後の輝一は辛そうな顔をしていることが多かった。大好きなおばあちゃんの死を目の前にして落ち込んでいるのだろうと考えていたけれど、それだけじゃなかった。
 おばあちゃんに言われたことを、私にも言えず一人で悩んでいたんだ。
 お母さんも、可愛い孫に秘密を抱えたままでいるのは辛かったんだろう。自分の死期が迫った中で、話せるうちに話しておきたかったんだろう。その気持ちはなんとなく分かる。
 けれど、輝一には酷なことだったと思う。
 私もそれに気づいてあげられなかった。
 輝一が死にかけて、元気を取り戻して、今日、私に真実をぶつけるまで、気づいてあげられなかった。
 結局、私達の嘘は子ども達をひどく苦しめることになった。
 輝二の名前を出した時の輝一の目は悲しそうだった。
 親が離婚していた事実よりも、輝二の存在を知らずにいたことの方が辛そうだった。
 私達が嘘をつき続けていたのは、間違っていたんだろうか。
 思いつめた気持ちを、ため息と一緒に吐き出す。ココアの水面にさざ波が立った。
 冷めたココアを口に含む。
 私達が間違っていたかどうかを決めるのは、きっと私達じゃない。輝一と輝二だ。
 私がすべきなのは、輝一が知りたいことを話してあげること。
 今度こそ、本当のことを。何一つ隠さずに。
 
 
 
 次の日の朝。
 私は輝一の座る前で、机の上に写真を並べた。
 輝一は目を丸くして、少し嬉し泣きしそうな顔で写真を眺めた。
「ちゃんと、撮ってあったんだ」
 生まれたばかりの輝一と輝二が、同じベビーベッドで眠っている写真。
 輝成さんと私で、二人をお風呂に入れている写真。
 今までアルバムから抜いていた、輝二も一緒に写っている写真だ。
 一枚一枚大切そうに手に取る輝一に、私はそっと話しかける。
「輝二やお父さんのこと、今まで嘘をついていてごめんね」
 私の言葉に輝一は数秒動きを止めた。
 その後、小さく微笑んで私の顔を見た。
「うん。でも今度こそ教えてくれるんだよね。輝二のことも父さんのことも」
 私は背筋を伸ばして、息子とまっすぐに向き合う。胸を張って声を出す。
「ええ。まず何を聞きたい?」
「俺と輝二が生まれた時。そこから、全部」
 輝一が目を輝かせて身を乗り出す。その仕草が可愛くて、私は思わず笑顔になった。
 十年間黙っていたことを全て話す。
 今日は長い一日になりそうだ。
 
 
 
☆★☆★☆★
 
 
 
フロ短編2作目として、双子の母視点の話を書いてみました。
序盤で輝一が「イベントに行くと言ったけど、本当は輝二に会いに行ってた」という発言をしていましたが、真実は「イベントに行くはずが輝二を見つけて後を追った」(前半想像)ですね。
双子の出会いについては母親に説明できない部分が多いので、前から輝二に連絡してた、という体にした方が丸く収まるかな、と思ってこういうセリフにしました。
あと、言うまでもないとは思いますが、離婚の原因や嘘をついた理由、手紙のやりとり等はぜーんぶ星流の妄想設定です(笑)重い話題を、極力優しさのオブラートで包んでみました。
離婚の原因についても、誰も悪者にしたくなかったので、統計上離婚の原因の上位として挙げられている中から、「性格の不一致」を選んで書いてみました。
(参考)離婚に関する調査2016(ブライダル総研)

ということで、フロンティアで書きたかった短編は書ききることができましたっ。
後はアプモンで1作書きたいのでそれを書いて……そうしたら古代十闘士の長編に取り掛かりたいなと思っています。
(その前に、お正月小説もね!)
ではっ。