初めに異変に気づいたのは俺の方だった。
ユウレイを切り伏せるため盛大に振るっていた剣を最小限に抑え、耳を澄ませる。
「マグナガルルモン、何か聞こえないか?」
鋭い口調で言うと、マグナガルルモンも耳を立てる。
彼らがいる階層よりも上から、誰かの走り回る音や、壁の崩れるような音が聞こえてくる。――戦っている。
誰と誰が戦っているのか。少なくとも片方は分かり切っている。
急いで助けに行ってやらないと。
こりずに襲ってくるユウレイ達をにらみ、剣の柄を握り直す。
「お前らにかまっている時間はないっ!」
床に剣を突き立て、《九頭竜陣》で一気に焼き払う。
階段への道が開けた。
が、その階段が揺れ始め、天井から細かな石が降ってくる。
「何だ!?」
「急げ、つぶされるぞ!」
マグナガルルモンの声で、やっと事態を飲みこむ。
龍魂剣をしまう暇もなく、マグナガルルモンの後を追う。
一分もしないうちに、城の三階は無残ながれきの山へと変わった。
「はあっ、つっ、危なかった……」
辛うじて二階の窓から脱出し、滞空して息を吐く。マグナガルルモンは空になった銃器を捨てて軽くしたらしく、俺ほど息は上がっていない。
ハイパースピリット二体は高い耐久力を持つが、それでも壁や本棚の下敷きはごめんだ。人間でいうベニヤ板が降ってきたくらいの衝撃だけど、それでも大量に食らったら痛い。
いや、今は自分のことよりも。表情を引き締めて、視線を上へと向ける。
城を見下ろす位置に、赤い鎧にオレンジの翼のデジモンが飛んでいた。アルダモンに似ているが、翼は二対あるし、手には一振りの剣を握っている。見たことのないデジモン。
だけど俺は、迷わず声を張り上げた。
―――
「信也!」
―――
兄貴!?
急に聞こえた声に、俺の注意がそれた。
しまった、と思った時には敵が跳躍。鋭い角が目前に迫っていた。
「《エーヴィッヒ・シュラーフ》!」
「っ!」
辛うじて体をひねる。それでも右脇腹を斜めに切り裂かれた。焼けつくような痛み。だけど、これくらいの傷はもう慣れた。
「このぉ!」
叫びながら敵の角をつかみ、地面に投げつける。
「うわっ」
俺の肩でノゾムが体勢を崩した。慌てて左手を添えて、ノゾムを支える。
ノゾムがほっと息を吐く。
「大丈夫か?」
「うん。でも僕の心配より」
ノゾムが言い終わる前に、風を切る音が聞こえた。敵が再び地面を蹴り、高速で迫ってくる。
「《炎竜撃》!」
横から飛んできた白炎が、敵を弾き飛ばした。ユピテルモンの分身は燃えながらがれきの中に叩きつけられた。
白炎の飛んできた方向を見て、俺の目はやっと二体のデジモンを捉えた。
一体は燃える赤の装甲に一振りの大剣を下げた、肩幅のある武者。
もう一体は明るい青の装甲に銃器を装備した、細身の狼。
「信也! 無事か!」
赤い鎧のデジモンが声を張り上げ、俺達の方に飛んでくる。
さっきの声は幻聴じゃなかった。あまりに長いこと聞いていなかった、力強い響き。
デジタルワールドを旅して、デジモンの姿で再会して、俺はどんな顔をすればいいのか。会えて嬉しい顔なのか、助けられて悔しい顔なのか。
自然と笑みがこぼれた。
俺は胸を張った。
「無事に決まってんだろ! 兄貴が見てない間に、俺は何十倍もたくましくなってるんだぜ!」
オレンジ色の面の下で、兄貴が青い目を細める。
「話に聞いてたよりは元気そうだな。良かった」
兄貴の視線が、俺の肩に乗るノゾムに向く。微笑んでいた目が、今度は不審がっている。
「はじめまして、ノゾムです……」
ノゾムがおずおずと頭を下げる。
兄貴も小さく頭を下げる。
「エンジェモンの城にいた頃までの話は、ボコモン達から聞いた。一人でいなくなった後、何があったんだ?」
俺は言葉に詰まった。話したいこと、話さなきゃならないことがたくさんある。
「話せば長くなる。まだ頭の整理が追いついてないこともあるし。俺だって、オリンポス十二神族に捕まってた兄貴達がどうしてここにいるのか聞きたいよ」
が、青い狼のデジモンが割って入った。
「話は後だ。まずはあの敵を仕留める」
青い狼が持ち上げた銃口の先、がれきの方を見る。
体の三倍はあるがれきを片手で押しのけ、ユピテルモンの分身が姿を現した。上空に集まる俺達に視線を巡らす。
「カイゼルグレイモンにマグナガルルモン、ハイパースピリットが二体か。ここまで追ってくるとは大したものだ」
相変わらずの余裕ぶった言い方。
青い狼――マグナガルルモンが素早く言い返す。
「ウルカヌスモンから俺達の記憶データをもらったのか。だが、それでハイパースピリットの力を知った気になるな」
兄貴――カイゼルグレイモンも剣を構える。
「スピリットの力は俺達と共に成長する。余裕も今のうちだぞ」
前なら反発していた兄貴の言葉が、今日は素直に受け止められた。
スピリットは共に成長する存在。本当にその通りだ。
俺とノゾムが培ってきた実力はこんなもんじゃない。
右手で剣を一周回し、その刃に炎をまとわせる。
「兄貴、俺も戦うぜ。今は俺も、スピリットで戦う闘士なんだからな」
「もちろんだ。行くぞ!」
剣を両手で握り、分身へと斬りかかる。
素早く避けようとする敵に、マグナガルルモンのミサイルが降りかかる。敵の体や周囲に着弾し、煙が立ち込める。
敵の移動・視界の封じられた今が好機!
「はああっ!」
「でやあっ!」
二振りの剣が上段から振り下ろされる。
しかし手ごたえがなく、勢いのまま切っ先が地面に当たる。
どこに行った!? 視線を周囲に巡らせる。
「さすがに三対一では押されるか。収集する戦闘データにノイズが入ることになるが……全力でいくとしよう」
すぐそばから不意に湧いた声。
ふところに、ゼロ距離に入られている。
気づいた直後、俺と兄貴は衝撃波に吹き飛ばされた。
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拓也と輝二が十闘士の世界に戻ってきて以来、会いそうで会えない状況の続いていた神原兄弟。
ようやく顔を合わせることができました。
4話の地下ホームから171話ぶり、執筆時期ですと4年3か月ぶりとなりました。
再会した二人がどんな言葉を交わすのか、考え込んでしまい更新が遅くなりました(汗)
ここのところ体調崩し気味でへろへろしていたのも理由の一つです……仕事で疲れてるのに、趣味の予定をねじ込んだ無理がたたったみたいで(泣)あと季節の変わり目で気候が目まぐるしい。
アプモン2話の感想は明日以降にします。楽しみにされてる方がいらしたらすみません。