「こいつは俺に任せろ!」
アグニモンが叫ぶと同時に地面を蹴った。一人でレディーデビモンに接近する。
「アグニモン! 無茶です!」
伊織が突然のことに立ちすくみ、かすれた声で悲鳴を上げる。
アグニモンの足が炎を上げ、回し蹴りをしかける。レディーデビモンはマスクの下で微笑みを浮かべたまま、一歩後ろに飛んだ。その体勢で右手を振ると、黒い羽から無数のコウモリが現れる。
「《ダークネスウェーブ》!」
コウモリの群れがアグニモンに飛びかかる。アグニモンは舌打ちしてコウモリを蹴散らす。何匹かが炎の蹴りを逃れ、あざ笑うようにアグニモンの周りを飛び交う。
「伊織、オレ達は紋章を」
戦いから目を離せない伊織を、ディグモンが抱きかかえる。
右の壁づたいに走り、奥の壁画に埋め込まれた紋章を目指す。
「私が見えてないとでも思ったのかい? 《プワゾン》!」
レディーデビモンが口から赤黒い霧を吐いた。
「危ない!」
ディグモンが反射的に背を向け、伊織をかばう。その黄色の体が見る間に黒く腐食していく。
「ぐうっ」
「ディグモン!」
伊織が地面に足を着くと同時に、パートナーはアルマジモンに退化した。今度は伊織がぐったりとしたアルマジモンを抱きかかえる。
「ふうん、私の《プワゾン》を食らってもまだ生きてるとはね。相手が強いほど威力を発揮する技なんだけど。つまりあんた達が弱いってことかしら、アハハッ」
「お前っ!」
アグニモンが怒りに駆られてレディーデビモンに殴りかかる。レディーデビモンはケタケタと笑いながらその攻撃をいなしていく。
「どうした? 炎の勢いが弱ってきてるよ!」
「くっ」
図星を指されて、アグニモンが顔をしかめた。
伊織がせき込む。酸素の少ない洞窟の中では、アグニモンの炎は十分に効果を発揮できない。
「い……おり……」
伊織の腕の中で、アルマジモンが身動きした。伊織がほっと息を吐く。
「良かった、気がついて」
「すまんだぎゃ。オレ、全然力になれなくて」
「気にすることないよ。戦いもまだ終わってない」
アグニモンの戦いに目を戻す。レディーデビモンが手の爪を構え、攻撃に転じた。アグニモンは必死に避けるが、爪が振るわれるたびに鎧の欠片が飛ぶ。
アルマジモンが動けない今、頼みの綱はアグニモンだ。アグニモンの炎さえ敵に当てられれば。
伊織がはっと目を見開いた。
「アルマジモン、もう一度アーマー進化できるかい?」
「少しの間ならな。でもほとんど動けんと思うがや」
「それでもいい。僕を信じて、言う通りにやってほしいんだ」
早口に作戦を伝える。アルマジモンがうなずいたのを見て、地面に下ろした。自分はデジヴァイスを握る。
「デジメンタル・アップ!」
「アルマジモン、アーマー進化!」
アルマジモンの体が白い泡に包まれ、のこぎりのような口とひれを持つ潜水艇に変わる。
「渦巻く誠実、サブマリモン!」
「っておい、ここ地上だぞ!?」
アグニモンが腕にまとった炎を放つのも忘れ、呆然とする。
レディーデビモンも一瞬きょとんとした後、たがが外れたように高笑いした。
「信じられない! 海のデジモンに進化するなんて、苦し紛れもいいところだわ!」
笑い転げる敵のあごが、突然跳ね上がった。まるで見えない腕にアッパーを食らったかのように。
「な……何!?」
見えない攻撃は、サブマリモンの方向から飛んできた。だが、サブマリモンは全く身動きしていない、はず。
サブマリモンの頬の部分が一瞬開いた。直後、レディーデビモンの腹部に一撃。その体がくの字に折れ曲がった。
そこでようやく、レディーデビモンが息をのんだ。
「! 空気弾か!」
サブマリモンの必殺技、《オキシジェンホーミング》。超高圧度の酸素を発射する攻撃だ。水中では円筒状の空気の塊として見ることができる。
しかしそれは、地上では目に見えないステルス弾と化す。
トリックが見破られ、伊織はぐっと奥歯を噛んだ。
「サブマリモン、連射だ!」
「こしゃくな真似を!」
見えない弾丸の中を、レディーデビモンは避けることもなく突き進んでいく。身動きできないサブマリモン達に向かって。
「アーマー体ごときの攻撃で、私が倒せると思ったの!?」
爪を振り上げ、不気味な笑みを浮かべるレディーデビモン。
「《バーニングサラマンダー》!」
「!?」
背後からの声に、反射的に振り返る。
その顔を、灼熱の炎が焼いた。
「ぎゃあああああああっ!」
顔面を押さえ、レディーデビモンは絶叫する。
「もう一発!」
アグニモンは左手をつきだした。明々と燃える炎は、レディーデビモンの羽に引火した。先程までと比べ物にならない炎が、黒い羽と青白い肌をなめ、洞窟をくまなく照らし出す。
《オキシジェンホーミング》――すなわち高圧酸素の追尾弾。レディーデビモンへの連射の中で、一部をアグニモンに向けて放っていた。アグニモンの攻撃力を高めるために。
「伊織、今のうちに!」
「はい!」
アグニモンの言葉に、伊織が壁画へと走る。壁に埋め込まれた二つの紋章をもぎとった。
壁画の横にひびが入り、風と共に砕け散った。新鮮な空気が洞窟に流れ込む。
円形の穴の向こうに、ホルスモンと京、フェアリモンが飛んでいた。
京が声を張り上げる。
「こっちにも紋章の反応が出て、ここを突き止めたの!」
「送られてきたメールの内容からして、きっとみなさん紋章の近くにいるだろうと思ったのですが」
「崩しても大丈夫そうな場所を風で探ってたら遅くなったの」
ホルスモン、フェアリモンが続けて声を張る。
子ども達の側は戦力が増えた。焼けただれた顔を押さえて、レディーデビモンが歯ぎしりする。
「覚えておいで……この顔の恨み、必ず晴らしてやる!」
きびすを返し、洞窟の闇に消えていった。
敵の姿が見えなくなって、サブマリモンの進化が解けた。アルマジモンが地面にうつぶせになる。
その背を、伊織が微笑んでそっと撫でる。
「ありがとう、アルマジモン」
「ああ、さっきの援護射撃助かったぜ」
伊織と拓也に褒められて、アルマジモンは疲労しながらもへへ、と笑った。
京達が洞窟の中に入ってきた。京が辺りを見回す。
「そういえば、紋章は?」
「ここにありますよ」
伊織が両手を開く。
左手には白地に輪を描いたリボンのような紋章、右手にはマゼンタ色に三つの点とクロスした曲線の紋章が載っている。
京が取り出したタグは、マゼンタ色に光っていた。京が迷わず右手の紋章を取る。
二人が紋章を手に取ると、タグと紋章の光は収まった。
全員が、いつの間にか詰めていた息を吐いた。
「ビンゴ! これで私達も紋章ゲットね」
「良かった、すぐに見つかって」
はしゃぐ京に、泉も嬉しそうに笑う。
ホルスモンが穴の方へ体の向きを変える。
「それでは、私達の目的も果たしたことですし、帰りましょう……どうかしたんですか?」
ホルスモンの視線の先には伊織がいた。全員の顔をしきりに見て、顔をしかめている。
「いえ、何か違和感があるというか……僕の感覚が変なだけかもしれないんですけど」
「どうしたんだよ、はっきり言ってみろ」
拓也に肩を叩かれて、伊織は自信なさそうに問いかける。
「僕達、本当に6人でしたっけ」
京が、え?、と不思議そうに言って、その場の人数を数える。
「伊織、アルマジモン、拓也くん、泉ちゃん、私、ホークモン。これで全員でしょ? このメンバーでデジタルワールドに来て、女子チームと男子チームに分かれて探すってことになったんじゃない」
改めて聞かれると不安になる。最初から6人だったんだろうか? まだ仲間がいたんじゃないか。
だが、全員がどれだけ考えても覚えがない。
「……すみません、僕の勘違いだと思います。帰りましょう。紋章のこと、大輔さん達にも報告しないといけませんし」
伊織が納得できない表情のまま言った。
それで、この話はおしまいになった。
◇◆◇◆◇◆
反感を買うのが怖いので先に言っておきます。
今後ユナイトは、いつの間にか子どもが減ります。
はい。
さて、この話を書くにあたりレディーデビモンが《プワゾン》を使ってるアニメーションを探したのですが、見つけられませんでした(汗)無印でも02でも(サイスルもチェックしたんですが)《プワゾン》使ってない!
結局、テイマーズで樹里がカード使って《プワゾン》発動するシーンがあるので、それを参考にしました。
食らったらまずい攻撃ですし、《ダークネスウェーブ》の方が見た目派手ですもんね……。