東急大井町線、自由が丘駅。
大輔は改札の柵越しに外をのぞきこんだ。
「拓也ー!」
「大輔!」
声を張り上げると、脇から拓也が駆けよってきた。表情は疲れていて、背中も丸い。拓也とは思えない落ち込みようだ。でも、大輔に会えてほっとしている。
「とりあえず、大井町までキップ買ってくれ」
チビモンに財布を持たせて投げる。
「たあーっ」
チビモンは財布ごと拓也に飛びついた。
拓也は券売機に走っていって、すぐにキップを買って入ってきた。
財布とパートナーを返してもらって、大輔はすぐに本題に入った。
「輝二達四人も、家を追い出されたらしいんだ。一体何があったんだ?」
「輝二達も!? そうか」
拓也はため息をついてから大輔を見た。
「悪い、整理するまで、話をするのは待ってくれ」
拓也が口を開いたのは、大井町で京浜東北線に乗り換えて、席に座ってからだった。
「昨日は普通だったんだ。いや、お台場では夏だったのに、帰ったら出発した日のまんま、信也の――弟の誕生日の準備してあって、変だなあとは思ってたんだけど」
整理するまで、と言った割に話の順序がまとまっていない。それでも、大輔は黙って話の続きを聞いた。昨日の姉の反応を思い出すと、他人事とは思えなかった。
「とにかく、昨日は父さんも母さんも信也も、俺のこと分かってくれてたんだ。……それが、今朝は父さんに『誰だお前は!? どうして信也のベッドで寝ているんだ!?』って起こされて」
拓也は辛そうに言葉を切った。深呼吸して、もう一度話し始める。
「俺、神原拓也だって、父さんと母さんの子どもだって言ったんだけど、分かってもらえなくて。なんとかデジヴァイスと財布だけ持って逃げてきたんだ」
どうなってるんだか俺も聞きたいよ、とつぶやいて、拓也は膝に頭をこすりつけた。
大輔だって聞きたい。でも、それに答えてくれそうな人がいるとすれば。
大輔のポケットでD-ターミナルが鳴った。
『拓也くんと会えましたか? 光子郎』
『会えました。今新橋に向かってます 大輔』
『お台場海浜公園に来てください。みんなで集まって状況を整理しましょう。 光子郎』
分かりました、と返事をしたところで、電車が新橋駅に滑り込んだ。
お台場海浜公園は今日も蒸し暑い。潮の匂いとセミの鳴き声で押しつぶされそうだ。
「大輔! 拓也!」
石垣のすぐ横、木陰の下で太一が手を振っていた。他に地面に座っているのは、友樹、ヒカリとテイルモン、泉、タケルとパタモン、輝二、京とポロモン、純平、光子郎。友樹と泉は泣いているし、輝二と純平もうつむいているしで、他よりも更に空気が重い。
「とりあえず、全員そろいましたね」
光子郎が遠慮がちに言う。この雰囲気の中で話すのは勇気がいる。
「敵もなんかしかけてくるとは思ってたけど、まさかこんなことになるなんて」
大輔が話の流れを作ると、太一もそれに続く。
「これも世界が混ざり合ってきたせいなのか?」
「ええ。今回の件で敵が何を狙っているのか見えてきました」
光子郎が一度言葉を切って、全員を見回す。
「選ばれし子ども達と十闘士の存在自体を消すことです」
全員がはっと顔を上げた。
「……どういうことですか」
ヒカリがか細い声で聞いた。
「まず、この世界に起こっている現象からおさらいします」
光子郎が木の枝を拾い、地面に重なった二つの円を描く。
「こっちの円が僕達の世界、こっちが拓也くん達の世界とします。本来は別の世界である二つが、外側からの力、つまりデーモンの力で一つになろうとしています」
光子郎が円の両側に矢印を描き足した。
「一つになると言っても、単純な話ではありません。例えば、拓也くん達の世界にも東京駅はありますね」
「あ、はい」
「僕達の世界にもあります。世界が一つになると、同じ場所に二つの東京駅が存在することになってしまう。ここまでは分かりますか」
光子郎の問いに、太一がうなずき、拓也があいまいにうなずき、大輔のこめかみにしわが一本寄る。
「しかし、物理的に同じ場所に二つの駅は存在できません。ですから二つは互いに打ち消し合い、片方は残り、もう片方は消滅してしまうと考えられます」
太一があいまいにうなずき、拓也のこめかみにしわが一本、大輔は二本寄る。
「同じことが拓也くん達にも起きているんです。同じ家に二つの家族は存在できない。世界が混じり合う影響で、拓也くん達が消えかけているんです」
ひっと、友樹ののどから悲鳴が漏れた。
「ここまでは以前から予測できたことです。問題は、拓也くん達五人全員に影響が出ていることです。確率的には二分の一で消えずに済んでもいいはずです。拓也くん達のいる世界といない世界、どちらが勝つかで決まるんですから。なのに全員が消えかけている。それに」
流ちょうにしゃべっていた光子郎が小さく息を吐いた。
「今朝、僕のお母さんが茶碗を二つしか出さなかったんです。ご飯を盛る途中で気づいて三つ目を出していました。ほんの小さなことなんですけど……多分、僕の家だけではないと思います」
大輔は思わずチビモンと顔を見合わせた。昨日の晩の、ジュンの反応がまさにそうだ。大輔達の家族も大輔達を忘れそうになっている。
「つまり、私達も消えかけてるってことですか」
京のポロモンを抱く手に力が入った。
「ええ。これだけの人数がもれなく消えかけているのなら間違いありません。デーモンは世界を混ぜる過程で、邪魔な存在が消えるように調整している。みんなの記憶から忘れられてしまった時、僕達の存在そのものが消滅してしまうでしょう」
光子郎の言葉を、全員が噛みしめる。
そんな中、大輔はそうっと手を挙げた。
「えっと、よーするに、早いとこデーモンをぶっ飛ばさないとヤバいってことですか?」
「よく分かんないけど、家に帰りたかったらボスをやっつけろって話だよな」
横で拓也も腕組みしている。
「まあ、間違っては、いませんけど……」
二人のざっくりすぎる要約に、光子郎は微妙な笑顔で答える。
「拓也と大輔には難しかったみたいだな」
輝二の呆れた視線が二人に突き刺さった。
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この話までは第二章公開前に間に合わせようと思っていたのですが、なんとか書きあがりました……。
いるけどしゃべってない人が何人もいますが、みんな落ち込んでるんだよ! ってことでひとつ。次話になったらしゃべります。
新宿では0時公開とかいうボジョレーヌーボーみたいな上映をやるらしいですね。一刻も早く見たくはあるけど、0時は星流にとって就寝時間ですよ(汗)いかにデジモンでも寝落ちしそうで怖いので普通の時間に見に行こうと思います。