第157話 寂しい大地にこだまする別れ 自分の意志で輝いて! | 星流の二番目のたな

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デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
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「――泉ちゃん! しっかりして!」

 私を呼ぶ声がして、重いまぶたを開けた。純平がうつぶせに倒れた私に毛布をかけている。右手でその端をたぐりよせた。姿勢を変えようとしたとたんに、左肩がかっと熱くなった。感覚は戻ってきたけど、肩を中心に左半身がちぎれそうなくらい痛い。

「泉ちゃん!」

 うめいた私を、純平が必死に起こしてくれた。傷に響かないように、右側から支えてくれる。

 顔をしかめながら、目だけ動かして周りを見た。さっきと同じ見渡す限りの氷原。気を失ってから、あまり時間は経っていないみたい。

「ディアナモンは……?」

 小さな声で聞くと、純平が黙った。私の姿勢を少し変えて、右側が見えるようにしてくれた。

 倒れるディアナモンの体には、デジコードが浮かび上がっていた。フロストモンが助け起こそうとするけど、すぐにまた崩れるように倒れた。もう、自分の体を支える力も残っていないんだ。

 バクモンやゴブリモン、純平達と一緒に来たデジモン達が、そのそばにしゃがみこんでいる。

 私は傷に響かないように、浅く息を吸った。それから純平に頼みごとをする。

「ディアナモンのそばまで、連れていって」

「今動いたらケガに良くないよ」

「お願い」

 もう一度言うと、純平は何も言わずに行動してくれた。私を、毛布の上から横向きに抱きかかえて持ち上げる。そのまま歩いて、ディアナモンのそばまで連れていってくれた。横にゆっくりと下ろしてもらう。

 ゴブリモンがディアナモンの口元の防具を外した。その下から小さな口が現れる。バクモンが布袋から出した焼き菓子――確かアンブロシアという薬――をディアナモンの口元に運んだ。

 けれどディアナモンは口を引き結んで、首を横に振った。
「それは風の闘士や、これからの戦いのために使うべきもの。助からぬ者のために使っても、むなしいだけだ」
 ディアナモンの視線がふと遠くを見た。私には分かる。アポロモンとの別れを思い出しているんだ。
 バクモンが体を震わせて叫んだ。

「しかし! ようやく逃げのびてきたここで、あなたを失うわけにはいきません!」

「ユピテルモン様が心変わりしちまった今、頼れるのはディアナモン様しかいねえんだ!」

 ゴブリモンもこぶしで地面を叩き、必死に呼びかける。
 泣き出しそうなデジモン達に、私はそっと右手を伸ばした。

「ディアナモンを困らせないで。ディアナモンは、自分にできる精一杯で、みんなを守ってくれたんだから」

 みんなが私を見て、それからディアナモンに目を戻した。

 フロストモンが広い両手でディアナモンの背を支える。ディアナモンの呼吸が少し落ち着いた。

 ディアナモンの焦点の合わない目が、バクモン達に向いた。

「あなた達を、長きにわたり導いてきた神は、私を最後に滅びる。これからは、自分達の足で立ち、この地で生きていきなさい。この、新しい世界で」

 切れ切れの言葉に、ゴブリモンが歯を食いしばってうつむいた。バクモンは涙をぼろぼろ流して、何度も何度もうなずいた。


「泉」

 ディアナモンの視線が、私に向いた。

「アポロモンは自らスキャンされ、十闘士に力を託したと聞いた。私もそうしたい」

 ディアナモン。

 私は口の動きだけでつぶやいた。もうすぐ消えようとしているのに、残される民のこと、戦っていく私達のことを心配してくれている。最後まで自分にできる精一杯をやろうとしている。

 月は他の光を受けてしか輝けない。でも今の彼女は、初めて自分の力で輝いているように見えた。

 私は痛みに顔をしかめながら、ポケットのデジヴァイスに手を伸ばした。

「泉さん、僕がやるよ」

 フロストモンの言葉に、私はちょっと無理をして微笑んだ。

「いいの。ディアナモンの気持ちを受け止められるのは、三人の中で私だけだもの」

 スキャンはただデータを回収するだけの行為じゃない。デジモンにとってのデータは、記憶や思いそのもの。ディアナモンとは短いつきあいだったけど、感情を語り合い、一緒に戦った。その心を受け取るのは私でありたい。

 ディアナモンが私を見つめて、はかない笑顔を見せた。そのまま目を閉じる。体に浮かんだデジコードに、私はスキャナを当てた。


「爽やかな風に乗せ、このデジヴァイスが、美しくピュアな心に浄化する。 デジコード……スキャン」


 銀色のデジコードがデジヴァイスに吸い込まれていく。それと同時に、ディアナモンの姿も薄れて消えていく。

 ディアナモンの目から、涙が一粒流れた。消え入るような声が唇から漏れる。

「コロナモン……わたし、頑張ったよ……みんなを、守れ、た――」

 そして、最後の女神はデジタマに返った。

 フロストモンがタマゴをそっと手に取り、バクモンに渡す。ゴブリモンの目から涙がこぼれ落ちる。バクモンはデジタマを抱え、ますます声を上げて泣きじゃくった。

 寂しい大地に響くそれを聞きながら、私は今度こそ意識を手放した。




―――




 俺がゲートを使って輝二と輝一に合流してから二日後。静かだったトゥルイエモンの城は、やってきた避難民で慌ただしくなった。客室や食堂がデジモンであふれかえる。友樹や純平、泉も同じトレイルモンで来たと聞いているけど、混乱のせいでまだ会えていない。

「拓也」

 呼ばれて振り向くと、輝一が廊下を走ってくるところだった。

「トゥルイエモンが、自分の書斎を使っていいって。作戦会議をする場所に」

「いいのか? 避難民の世話でみんな大忙しなのに」

「こんな時だからこそだ」

 迷う俺に、輝一が真剣な声で返してきた。

「避難民のことはトゥルイエモンと城のデジモン達がみてくれる。俺達は大元を、ユピテルモンを一刻も早く叩くんだ」

「分かった。行こう」

 俺達は足早に書斎に向かった。

 柱ばかりが並ぶ殺風景な書斎。俺達が入ると、輝二と友樹、純平が先に床に座って待っていた。

「泉は?」

 俺が聞くと、純平が少し心配そうに「まだ寝てる」と答えた。

「分けてもらったアンブロシアで傷は治ったけど、体力的にも精神的にも疲れてるんだ」

「仕方ない。俺達だけで話し合おう。と言っても」

 輝二が一度言葉を切って、俺に視線を向けた。

「拓也は、もう答えが出てるんだろ?」

「さっすが輝二」

 俺は苦笑して肩をすくめた。昨日トゥルイエモンに話を聞いてから、俺がどうしたいかは決まっていた。

「友樹も純平も、世界を崩壊させるウイルスの話は聞いてるよな」

「うん、待ってる間に輝二さんが話してくれた。上手くいかないその作戦の代わりに、信也が利用されるかもしれないってことも」

 友樹が不安そうな顔をして言う。友樹は信也の親友だし、俺が一緒にいられない間、信也のとなりで戦ってくれた。たくましく、頼れる仲間に成長してくれた。

 友樹だけじゃない。純平も泉も輝二も輝一も。みんなの力があれば、きっと今の信也も支えてやれる。

 俺は全員を見回して、こぶしを握った。

「風のエリアに信也はもういなかった。他に目撃情報もない。残りのエリアで解放されていないのは闇のエリアだけだ。だから俺は、闇のエリアに信也を探しに行く。みんな、ついてきてくれ」




☆★☆★☆★




スキャンが人間のままでもできるのか迷いましたが、泉としてスキャンしてもらうことにしました。ここは風の闘士ではなく、織本泉としてディアナモンのデータを受け取ってほしかったので。


そして何気なくさりげなく、まさかの純平による泉のお姫様抱っこ。左半身に差し支えのないけが人の運び方を調査検討した結果これになりました。そして状況がシリアスすぎて誰も突っ込まない。


次回は久々の主人公視点です!