「甘い考えだ」
私の言葉は、ディアナモンにあっけなく否定された。
「他の仲間は強い。自分はサポートに回っていればいい。そんな気持ちの見える戦い方だった」
私の戦いを見て、ディアナモンは気づいてたんだ。私が、いざとなったら仲間が助けてくれるって思っていたことに。
「でも私、手を抜いてるつもりなんてなかった。さっきだって、船に乗ってるデジモン達を助けるために必死で」
「だがあなたはビーストスピリットを使わなかった」
「それは」
一瞬言葉に詰まってから、言い返す。
「スライドエボリューションする時間がもったいなかったからよ。船がいつ壊れるか分からなかったじゃない」
「最初からビーストスピリットを選んで進化することもできたはずだ」
確かに、進化する時にシューツモンを選ぶこともできた。でも私はそうしなかった。
なぜ? ……無意識のうちに、全力を出さなくてもいいって思っていたから?
「そんな。デジモンの命がかかっていたのに、手を抜いてたなんて」
ショックで、認めたくなくて、私は毛布に顔をうずめた。でも否定できない。純平達に甘えていた自覚がないとは言えない。
ディアナモンが淡々と言葉を続ける。
「自分が手を出すまでもない戦いなら、そんな甘い心構えでもいい。だがもし、あなた以外の仲間が全て倒れてしまったら? デジモン達が頼れるのがあなただけになってしまったら? その時には、自分が弱くてもいいなんて考えは通用しない」
純平や友樹や、みんながいなくなる?
「やめてよ、私一人になるだなんて。あるわけ」
言いかけてから、やっと気づいた。初対面のディアナモンが、どうして私を呼び出してまで話をしたがったのか。
「あなた自身がそうなのね。頼っていた仲間がみんないなくなってしまった。デジモン達を助けるためにはディアナモンが動くしかなかった。弱気になんて、なってる場合じゃなかった」
オリンポス十二神族のうち、九人が消え、一人は行方不明。一人は世界を崩壊させた元凶。残ったのはたった一人。
ディアナモンが小さくうなずいた。左側、トレイルモンの進行方向とは逆に顔を向ける。
「私は昔から引っ込み思案で、コロナモンの――アポロモンの後ろに隠れてばかりだった。反対にアポロモンは一度決めたら絶対に曲げない性格で。私は彼に置いていかれたくない一心で戦場に飛び込んだ。十二神族の末席に加われたのも、アポロモンの推薦があったおかげだ。
神の座についてからも、私はアポロモンに頼りきりで、自分から動くことはなかった。雲上の種族はユピテルモン、ユノモン、メルクリモンと有能な方が揃っていた。私は彼らを手伝っていれば良かった」
「でも、みんないなくなってしまった」
私のつぶやきに、ディアナモンは膝の上に目を落とした。
「十闘士との戦いが始まって、神が次々と倒れていっても、私は自分で考えようとしなかった。ユピテルモンが指導していることだから、間違いはない。いずれ終わる。そう信じていた。胸に致命傷を負ったアポロモンを見つけるまで」
ディアナモンが目を細め、両手を握りしめる。私の胸もつられて苦しくなった。
「私は必死にアンブロシアを傷にすりこんだ。しかし、数時間命を長らえさせるのが精いっぱいだった」
一度泣きそうになったのを飲みこんで、ディアナモンが続ける。
「その時に、致命傷を与えたのはユピテルモンであると教えられた。アポロモンは私が止めるのも聞かず、最後の命を十闘士のために捧げた」
冷静に話そうとしているけど、その目が潤んでいる。
「悔やんでも遅かった。私が持てる全てを尽くして行動していれば、アポロモンを失わずにすんだかもしれない。民に呼びかけた時もそうだ。以前から他に甘えず、十二神族としてもっと民と関わっていれば、離反者も出ずにすんだかもしれない」
「もしもの話をしても、仕方ないわ」
辛そうなのを見ていられなくて、私はゆっくりと言葉をかけた。過去を悔やんだって、どうしようもない。
私の慰めに、ディアナモンがうなずく。その動作がディアナモンの癖らしかった。
「そんな私だから、あなたが心配になった。このまま仲間に甘えたままで、私みたいになってほしくない。仲間を失ってから気づいても、遅い」
私は毛布の中で指を伸ばし、デジヴァイスに触れた。風のスピリット、水のスピリット、ダブルスピリットのプログラム。新しい進化に必要なものはそろってる。あとは、私がそれを発動させられるか。全力で戦う姿を見せられれば、ラーナモンも力を貸してくれるかしら。
急にディアナモンが立ち上がった。どうしたの、と聞くまでもない。武器を握り、空の一点を見すえている。私も視線をやると、上空にデジモンの影が見えた。遠くの点だったのが、近づいて大きくなってくる。
「さすがはユピテルモン様だ。もう次の手を打ってこられた」
ディアナモンの声には虚ろな響きがあった。
でも、私に向けた目は力強かった。
「いけるな」
「もちろんよ」
私は毛布をはねのけて屋根の上に立った。冷たい風が髪を揺らす。ダブルスピリットができてもできなくても、自分が真正面に立って戦おう。
左手に何輪も重なるデジコードを呼び出す。
「スピリット・エボリューション!」
「シューツモン!」
体を包んでいたデジコードが消える。その頃には、敵の外見も分かるほどに近づいてきていた。
以前見たことのあるデジモンだった。純白の獣型デジモンで、背中には体と同じ色の翼が一対。青い目と黄色いくちばしのその顔には、いい思い出がない。
「ヒポグリフォモンね……。背中にいるのは?」
背中にはもう一体デジモンが乗っていた。こちらは人型デジモンで、上半身と顔の左半分が赤黒い繊維状の鎧に覆われている。銀色の長髪が風になびいていて、頭にはりっぱな角が三本生えている。
私がデジヴァイスを取り出す前に、ディアナモンが答えをくれた。
「あれは赤きアイギオテュースモン。ユピテルモンが進化する前の姿だ」
「じゃあ、あれがユピテルモン本人?」
「いや、分身だろう。彼のデータとウルカヌスモンの研究成果があれば不可能ではない」
車内でも敵襲に気づいたらしい。窓を開けて、純平が身を乗り出した。
「フランケン! 止めてくれ! 俺と友樹も降りる!」
「待って!」
純平が大声を出すのを、呼び止めた。
「トレイルモンを止めたら、客車のみんなが狙い撃ちにされるわ。一度、私とディアナモンで食い止める」
純平は私を見上げて、心配そうに眉尻を下げた。でも表情を引き締めて、私を信じてうなずいてくれた。
「分かった、でも気をつけて! 安全な場所まで移動したら、俺達も戻ってくるから!」
フランケンが汽笛を鳴らし、速度を上げる。
私とディアナモンは屋根を蹴り、敵を迎え撃つため飛びたった。
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次回は空中戦第二弾です。さんざん登場していたアイギオテュースモンですが、やっと本編で名前が出ました。
そうそう、セリフ付きPV公開になりましたね。私的にはそんなに違和感ないし、テンション上がってきた感じです。あと、やっぱり大吾先生はただの非常勤講師じゃない模様。
今回初登場のデジモン