「肉リンゴにスープキャベツ、ジャガモンイモか。よし、鍋をフライパン代わりにして野菜炒めでも作るか」
「コンソメスープ」
「え?」
「コンソメスープ」
「あー、この材料があれば作れなくはないな。でも、おっさんにうまいもの食わせるってタンカ切ってきたから。ここは気合い入れたもん作らないと」
「コンソメスープ」
「お前、どんだけコンソメスープ気に入ってるんだ」
「スープ。コンソメスープ」
「俺は……今日は野菜炒めの気分、なんだけど」
「コンソメスープがいい。コンソメスープ食べたい」
「わーった! その代わりちゃんと手伝えよ」
「うん!」
ノゾムは声を弾ませてうなずいた。
頑固というかワガママっていうか……ったく誰に似たんだ。
中庭には枯れて倒れた木が何本もあった。落ちていた枝を拾って、敷石の上でたき火をおこす。
その間に、ノゾムは鍋で川の水をくんできて、コンソメ味のスープキャベツをちぎった。
俺はナイフでジャガモンイモを薄く切って、スープキャベツと一緒に火にかける。塩味の肉リンゴも少し入れた。
それが煮立つ頃に、おっさんが酒瓶とどんぶりを手に下げてやってきた。匂いをかいでるとも鼻を鳴らしてるとも取れる音を立てる。たき火のそばにどっかと座って、「よそえ」と言わんばかりにどんぶりを突きだしてきた。
俺はおっさんに見えない角度でこっそり笑った。どんぶりは三つあった。
おたまもスプーンもないから、直接鍋を傾けてよそう。鍋の底に残った具は残っていたキャベツの葉でかき出した。
「あちっ」
さっそく口をつけたノゾムがやけどした。舌を出して顔をしかめている。
「冷ましてから飲めよ。スープは逃げたりしないから」
自分のに息を吹きかけながら、言ってやった。ノゾムは俺の真似をしてふぅふぅとスープを冷ます。
おっさんがズズッと音を立ててすすった。味をみるように止まってから、また口をつける。
「おいしいでしょ。信也は料理上手なんだよ」
ノゾムが嬉しそうに話しかけたけど、おっさんは返事をしなかった。黙ってコンソメスープをすすっている。
でも俺は知ってる。人間もデジモンも、本当にうまいものを食べてる時は無言になるんだって。二口三口と飲んでるのは気に入った証拠だ。
暗い真昼の空の下、しばらく無言で食事をかきこんだ。
どんぶりが空になった後、おっさんは酒瓶に口をつけ始めた。俺とノゾムは川で鍋とどんぶりを洗って、鍋の中にどんぶりを伏せておいた。それを抱えて戻り、残り火に当たる。
「お前ら、遺跡荒らしでもないのに何でここらをうろついてる」
おっさんがぽつりと聞いてきた。何で、と言われても簡単には説明できないんだけど。
「僕の過去の記憶を探してるんだ」
どう話そうか迷っている間に、ノゾムが答えた。おっさんの目がサングラス越しにノゾムを見やる。
「覚えてねえってか」
「うん。信也に会うまでの事、ほとんど」
ノゾムは顔をしかめた。
「で、思い出したいってわけか」
おっさんはくつくつと笑って酒をあおった。その言い方に腹が立った。
「当たり前だろ。自分の家も名前も知らないとか落ち着かないし。それに、俺達が追われてる理由だって、過去に関係してるかもしれないんだ」
「知らない方が幸せだったりしてな?」
俺の怒った声にもにやついたまま、おっさんは俺達を見た。気味が悪くなって、俺達は体を引く。
「僕のこと、何か知ってるの」
ノゾムが小さな声で聞く。たき火が崩れて暗くなった。おっさんの声だけが前と変わらずに響く。
「さぁなぁ。だが何者でもないってのは気楽だぞ。自分が誰か知れば、そこから逃れられなくなる」
言って、一人楽しそうに笑う。
それで頭に浮かんだのは、ノゾムより自分のこと。
拓也の弟。
二人目のアグニモンでヴリトラモン。
スピリットの全てを力に変えられる人間。
同時にスピリットを崩壊させる人間。
ユピテルモンに追われる一人。
そしてスーリヤモン。
色んな自分が、記憶が俺にまとわりついている。友樹達のそばを離れても、事実からは逃げられない。
もしこんな思いをするなら、ノゾムは思い出さない方がいいのか?
……でも、それを決めるのは俺じゃない。
俺はノゾムに目を向けた。
おき火に照らされて、ノゾムの顔は赤黒く見えた。表情はこわばっているけど、その目はまっすぐにおっさんを見ている。
「それでも僕は知りたい。自分が誰なのか」
「くあっはっははは!」
おっさんはとうとう大声を上げて笑い転げた。日の差さない空を見上げて、思うぞんぶん感情を吐き出していく。
「お前なっ……!」
俺はたき火を飛び越えておっさんの腕をつかんだ。こいつにうまいもの食わせようと思った俺がバカだった。人が真剣に悩んでることあざ笑いやがって。
間近にすると、おっさんは俺より頭二つ低かった。腕を振り払いもせず、俺を見上げてくる。笑い声は止まっても、その口にはまだ笑みが張りついていた。
「気に入った。記憶を探すためにこんな廃墟にまで来たんだ。手がかりの一つや二つあるんだろ? 言ってみな。オレから教えてやれることがあるかもしれんぞ」
ユピテルモンを頼る方がまだましだぜ。
言いたくなったのを、俺はどうにか飲み込んだ。
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リアルがどたばたしてて、執筆遅れました。キリのいいところまでということで短めです。
この話を書き出した当初はもう少し素直な人格の予定だったのに、書けば書くほどひねくれていくおっさん……。こいつを頼っていいのか、作者まで迷いだしそうです(苦笑)
次話で続いての目的地が決まる予定。
さて、座談会の質問受け付けは次回150話の更新までです。送りそびれているという方はお忘れなく。