坂道を足早に登っていく。無言で、二人とも速度を緩めなかった。歩いて、さっきのことを頭から追いやろうとしていた。
でも、考えないようにと思えば思うほど、頭の中で膨れ上がってくる。
ノゾムはデジモンの文字が読める。しかもかすかに残っている記憶にはデジモンがいたという。ノゾムが以前デジタルワールドにいたという証拠だ。
逆に、ノゾムは日本語の読み書きができない。それに初めて話した時、ノゾムはコンソメスープを知らなかった。11年も生きてきて、日本語はしゃべれるのに読み書きもコンソメスープも知らないなんて。
いや、万が一ノゾムがそういうレアな子だったとしてもだ。その万が一がデジタルワールドに来た?
そんな偶然に偶然が重なるなんてあるか?
あり得ない。脳みそが当然の答えを出した。宝くじの一等賞を当てる確率の方がよっぽど高い。
じゃあ、どんなストーリーなら納得できる?
ノゾムはデジタルワールドのことを知っている。現実世界のことを知らない。
ノゾムはデジタルワールドに住んでいた。現実世界に……行ったことがない?
おいおい、デジタルワールド生まれのデジタルワールド育ちだってか? ノゾムは人間だぞ?
でも、そう考えると納得できる。
問題はどうしてノゾムがデジタルワールドで育ったかだけど。こうなったらノゾムがいたっていう建物を見つけて、そこにいるデジモンから聞き出すっきゃないな。
「信也」
「ひぇっ!?」
急に話しかけられて、変な声が出た。
声をかけたノゾムの方も驚いて、立ち止まってまばたきしている。
「あ、ごめん。何?」
「お城、見えたよ」
言われて目をこらすと、もう50メートルくらい行ったところで森が途切れ、くすんだ城が顔を出していた。
考え事をいったんやめて、足を進める。森を出ると城の全景が見えた。
間近にすると奇妙な建物だった。ヴリトラモンでもかがまずに入れそうな城門に、そびえる細い塔。横長で窓のたくさんある廊下。パーツを見れば立派な城だ。
でもこの建物はそれが乱雑に積み重なっていた。塔は何の規則性もなく、あっちに三本こっちに一本と生えている。その数もやけに多い。最初三階建てに見えた部分は、一階の赤い屋根の上に二階が乗って、その屋根の上にまた同じ形の三階が乗っている。
幼稚園児が鉛筆とゴキブリホイホイを積んで作ったお城。俺にはそんな風に見えた。古く崩れかかっているのが余計に不気味だ。
一応「白くて横に長い建物」ではあるけど。
ノゾムに問いかける視線をやると、ノゾムは首を横に振った。
「ここじゃない。でも、ここも前に見たような……ううん、やっぱり分からない」
「そっか」
確かにここは、デジモンが住まなくなってからずいぶん経つみたいだ。ノゾムがいた場所とは別だろう。
「とにかく、中で一休みしようぜ。ここがどこか分かるものも残ってるかもしれないし」
城門の取っ手を握り、押す。
「あれ? 開かない」
揺すってみたり、体重をかけてみたりする。でもやっぱり動かない。
さては引くタイプか。
取っ手を両手で握り、足を壁に踏ん張り引く!
「のわっ!」
急に手ごたえがなくなって、俺は後ろ向きにひっくり返った。打った尻をさすりながら手元を見ると、そこにはきれいに外れた取っ手が。
「……壊した」
「俺のせいじゃねえ! ドアがさびてたせいだ!」
ノゾムの呆れた目線に、俺は取っ手を投げすてて抗議する。第一、もう誰もいない建物なんだから、壊そうがどうしようが――。
「てめえら、そこに押し入っても金目の
「!?」
背後から湧いた声に、俺とノゾムは凍りついた。跳ね起きて振り向く。
サングラスをかけたひげ面のおっさんが、俺達にガンを飛ばしていた。
いや、正確にはおっさんの頭だ。丸い禿げ頭から、手と足が生えている。手袋とブーツはぼろぼろで元の色も分からない。
「お金が欲しかったわけじゃない」
「何者だ、おっさん?」
ノゾムと俺が同時に言った。おっさんの口がへの字にひん曲がる。
「遺跡荒らしじゃないなら静かについてきな。使える出入り口を教えてやる。遺跡荒らしは駄目だ。あいつら騒ぐわ壊すわでたまったもんじゃねえ」
そう言って背を向けて歩き出す。俺達は顔を見合わせて、後について歩くことにした。とりあえず、出入り口まで案内してくれるらしい。
「あと、オレが
振り向かないまま、吐き捨てるように言われた。言い方が少しむかついたけど、案内してもらってる手前黙っておく。
建物の端まで行くと、さっきより小さいドアがあった。人間世界の普通のドアと同じくらいだ。ただ、壁と同じ色で塗ってあってパッと見はドアに見えないようになっている。
おっさんの後について、俺達も中に入る。
窓のない細い廊下だ。俺が手を広げれば、左右の壁に簡単に手が届く。突き当たりのドアが開いているから薄明るいけど、そうじゃなかったら真っ暗だろう。
「ここ、昔の非常用の脱出通路?」
ノゾムが聞くと、おっさんが振り向いてぎろりとにらんだ。ノゾムが小さくなって俺の後ろに隠れる。このおっさん、色々聞かれるのが嫌いみたいだ。
突き当たりのドアを抜けると、広い廊下に出た。右側に窓が、左側にドアが並んでいる。
「左は全部寝室だ。この辺は使ってないから好きにしろ。食糧庫はこの奥を右行って二階に上がって二つ目の階段を地下まで降りたところだ。それ以外は勝手に探して使え」
それだけ言って、さっさと歩いていった。呼び止める暇もない。ここに長く住んでいるみたいだし、詳しい地理とか聞きたかったんだけど。まあ、次に見つけた時に機嫌をみてにしよう。
手近なドアを開けると、確かに寝室だった。ここは一人用らしく、ベッドも机も一つしかない。
いくつかドアを開けて、二人部屋を見つけて入った。木のいすに座ると嫌な音を立ててきしんだ。
「これからどうするの?」
ノゾムに聞かれて、俺は腕を組む。
「とりあえず、ここがどこか知らないと動きようがない。おっさんなら知ってるかもだけど、そうそう教えてくれそうにないよな」
言いながら、一つ思いついた。
「そうだ、こんな大きい城ならどこかに地図とか本とかあるんじゃないか? ノゾムならそれで調べられるかも」
「うん、分かった」
ノゾムが頷いた。お互いに表情が少し緩む。文字の謎はまだ残っているけど、その知識が役に立つのは大歓迎だ。
荷物だけ部屋に置いて、俺達は城の探検にくりだした。
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明らかにギャグのネーミングを哲学的に(?)とらえた結果今回のキャラができました。アイデンティティーの喪失、みたいな。作中で種族名を呼ぶことはないと思います。
今回初登場のデジモン