大輔が一通り話し終わる頃には、夏の日がだいぶ傾いていた。足音が近づいてきて慌ててデジモンを隠す。廊下から顔を出したのは、パソコン部顧問の藤山先生だった。
「なんだお前達、まだ帰ってなかったのか? もう下校時刻だぞ」
「あ、い、今帰ろうとしてたところですっ!」
京が笑っていいつくろって、みんなも手早く荷物を片付ける。
先生に追い立てられるように、四人は校舎を出た。校門の前で改めて足を止める。
「一応、大輔がどうして妙な行動を取ったのかは分かった。でも情報がまだ頭の中でまとまらないなー」
京が難しい顔をして言う。タケルも似たような表情だったが不意にそれを引き締めた。
「僕の中には仮説らしいものは立ってる」
「どんな仮説ですか?」
素早く、勢い込んで伊織が聞く。タケルはそれに慎重に答えた。
「でも、ぼんやりとしか固まってないし確証もない。だから、まず光子郎さんに相談してみるよ」
「そっか。じゃあ、固まったら俺達にも話してくれ」
仮説が立っていて、光子郎まで出張ってきてくれるなら心配いらないだろう。大輔の心は既に夕飯のおかずへと揺れ動いていた。こっちでは二十分の出来事でも、大輔にしてみれば一か月も母親の作るご飯を食べていない。
大輔とチビモンのおなかがそろってグゥゥ~と鳴った。シリアスな空気が一瞬で崩れ去る。
「もう! あんた達って緊張感ないの!?」
「ははっ、わりいわりい」
京に呆れて叫ばれて、大輔は苦笑した。六時を告げるチャイムが静かに聞こえてくる。
「では、またあした」
「うん、じゃあねー」
ポロモンとパタモンがそう言って、みんなはそれぞれの家へと歩き出した。
『明日の放課後、パソコン室に全員集まって。光子郎さんも来てくれるって。
こんな文面のメールが来たのは、大輔がたらふく肉じゃがを食べ、久しぶりに自分のベッドにもぐりこんだ時だった。
翌日の放課後。大輔、ヒカリ、タケルがそろってパソコン室に行くと、既に他のメンバーは座って待っていた。
唯一制服を着た一人、中学1年でパソコン部OBの泉光子郎は、いつものパソコンの前に座り、キーボード上で指を忙しく動かしていた。この春までは大輔とろくな面識もなかったが、今では見慣れた姿になりつつある。
「光子郎さん、早かったんですね」
ヒカリが声をかけて、光子郎はようやく顔を上げた。
「やあ。今日は先生達が会議だそうで、いつもより下校が早かったんです。たまたまこういう日に重なってよかった」
大輔達がイスに座ったところで、光子郎は体の向きを後輩達に向けた。さて、と話を切り出す。
「まず確認したいんですが、大輔君」
「はい」
「君の『タグ』を見せてもらえますか?」
先輩に言われて、大輔は首からタグを外した。受け取った光子郎は、じっくり裏表眺めた後、空いた方の手を自分のカバンに入れた。
その手を開くと、大輔のものとそっくり同じペンダントが現れた。予想していたとはいえ、大輔、京、伊織の目が丸くなる。
「それが泉先輩の、タグ、ですか?」
「ええ。家から持ってきたんです」
京の問いに答えながら、光子郎は改めて二つのタグを見比べる。最後に小さく息を吐いて、大輔にタグを返した。
「ありがとうございます。コピーされたタグ、という可能性も考えられますが、恐らく本物でしょう」
「どうしてコピーではないと判断できるんですか?」
伊織の問いに光子郎は少し考える。
「そうですね……。答えるには、まずタケル君の感じていた疑問から話してもらった方がいいと思います」
話を振られて、タケルはイスに座り直した。
「実は、前からちょっと気になってたことがあるんだ。ブイモンがマグナモンに進化した時のことで」
「おれ?」
急に話題にでてきて、チビモンが反応する。
「うん。あの動力室にあったのは一乗寺賢の優しさの紋章だった。それがデジメンタルに変化してマグナモンに進化させてくれた。そうだったよね?」
大輔が話を呑み込めないながら、頷く。ヒカリがあ、と声を上げた。
「もしかして。ねえチビモン、マグナモンになった時の言葉、何だっけ?」
全員の視線が向いて、チビモンは恥ずかしそうに赤くなった。小さな声で答える。
「『奇跡の輝き、マグナモン』……」
それを聞いて、京と伊織も気づいたらしかった。
「そっか、『優しさの紋章』からできたデジメンタルなのに『奇跡』って」
「あの時はカイザーと戦うのに気を取られていましたが、言われてみると変です!」
二人の反応にタケルが頷く。
「そうなんだ。『優しさ』のデジメンタルが生まれるのならともかく、『奇跡』っていうのが不思議だったんだ。それに、紋章が受け継がれた力がデジメンタルなら、奇跡のデジメンタルがあって奇跡の紋章がないのもおかしい」
ようやく大輔にも話の流れがつかめた。自分のタグをぶら下げて見せる。
「それでこのタグが本物だって思ったんだな。このタグとセットになる、『奇跡の紋章』があるんじゃないかって」
「うん。大輔君がもう一つのデジタルワールドでタグを手に入れたのも、そっちの世界に紋章があるからじゃないかなって。僕が推測できたのはそこまでなんだけど」
タケルが光子郎に目を向けた。光子郎が片手をマウスに置き、話を引き取る。
「ここからは僕が説明します。
恐らく、デジタルワールドには僕達の8つの紋章の他に、優しさの紋章、奇跡の紋章、奇跡のデジメンタルが存在したのでしょう。それが、奇跡の紋章とデジメンタルだけが異世界に持ち出されてしまった。
そして優しさの紋章の前に、奇跡の紋章の持ち主である大輔君が現れた。そこで不自然になったバランスを取るために、優しさの紋章が一時的に奇跡の役割まで受け持ったんです。だから優しさの紋章から奇跡のデジメンタルが生まれるという妙なことが起こった」
「俺のための紋章とデジメンタルがなかったから、優しさの紋章が代わりになってくれた……ってことですか?」
「そうです」
大輔がタグを得た理由、マグナモン誕生の経緯は分かった。
「でも、それと俺の見たボロボロのお台場と何の関係があるんですか?」
「そこが、この話題の問題点なんです」
光子郎が顔をしかめた。
「昨日タケル君から連絡をもらった後、ゲンナイさん――大輔君達にも前に話してありますね――にメールを送ったんです。すると、思った以上に深刻な問題になっていることが判明しました。
本来、僕達のリアルワールドと拓也君達のリアルワールド、また二つのデジタルワールドはそれぞれ違う世界です。それが最近、少しずつ重なり合ってきているそうなんです。引き金になったのは、奇跡の紋章の世界移動、また大輔君が拓也君達と接触し、もう一つのデジタルワールドに行ったこと。
つまり、本来会うはずのなかった人間が会って、行くはずのなかった世界に行ってしまったことで世界が混じり始めているんです」
「そんなことが続いたら、世界はおかしくなっちゃうよ」
「最悪、崩壊するかもしれない」
パタモンとテイルモンの深刻な言葉に、テレビの森で見た光景がよみがえった。滅びたお台場の景色。あれはこの世界に訪れるかもしれない未来なのか。
「ゲンナイさんによると、自然とこんな現象が起きることはあり得ないそうです。誰かが世界を作り変えようとしている」
「はぁぁ。デジモンカイザーを倒したばっかなのに、次から次へと」
「しーっ!」
ため息をついたウパモンを伊織が叱った。
「何か、それを止める手段とかないんですか? 犯人を探すとか?」
「そうですね。まずは」京の早口の問いに、光子郎は力強く頷く。
その目が大輔に向く。
「まずは、再びもう一つのデジタルワールドに行ってください。そして、奇跡の紋章とデジメンタルを持ち帰ってくるんです」
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切りのいいところまで、と思ったら長くなりました。説明の部分が多かったので、分かりづらかったら遠慮なくおっしゃってください。図とか入れます(汗)
以下、ここだけの話。
リアルタイム放映されていた頃、星流は02から見始めたという事を以前に書きました。当時、友達の話なんかで02以前の話があるってことだけは知っていました。
前作の主人公は光子郎さんだと思ってました。大学生になって無印ちゃんと見るまで。
だって02の光子郎さんの「頼れる先輩感」半端ないんですもの……(苦笑)