第132話 最上階に待つ者! 迷いを断ち切って | 星流の二番目のたな

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デジモンフロンティアおよびデジモンアドベンチャー02の二次創作(小説)中心に稼働します。たまに検証や物理的な制作もします。
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 俺の靴が石の階段を踏み、足音が響く。敵が来させる気でいるんだから、今更忍び足になっても仕方がない。

 ふと、ノゾムの足音がしないのに気づいて足元を見る。ノゾムははだしだった。

「お前、靴はどうした?」

「かかとに染みて、痛かったから、脱いできた」

 ノゾムはそう言って自分のかかとをすり合わせた。元々靴ずれしていた上に、靴が塩水でびしょ濡れになっていたら……なるほど、傷口に塩を塗られるようなもんか。

 それでも冷えた石段をはだしで上っているのは寒々しい。

「冷たくないか?」

「ううん。この方が歩きやすい。このままでいい」

「そうか。ならいいんだけど」

 本人がけろっとしているんで、俺もそれ以上は言わなかった。


 階段を上っていくと、突き当たりに扉があった。二階の部屋の扉と同じ造りだ。どうやらここが最上階らしい。台所から借りてきた包丁を握り直す。ノゾムも濡れた薪を両手で握っている。

 ノゾムを後ろにかばいながら、ドアノブに手を伸ばす。が、俺が触れる前にひとりでに奥に開いた。手を引っ込めて、中に素早く目を走らせる。

 天井に明り取りの窓でもあるのか、円形の部屋はまんべんなく見通せた。といっても曇り空の下だから、視界はきくけど明るいとは感じられない程度。音楽室くらいの広さと高さがある。目立った家具はない。

 部屋の中心に人型デジモンが一体立っていた。背は大人の男くらい。細身で頭に三本の角がある。顔の右半分は仮面のようにのっぺりとしていて、でも左半分も表情の抜け落ちた顔をしていた。腰から下はヤギのような毛とひづめ。手は赤いスパイクボールに覆われていて、そこから緑色の鞭が床へと垂れ下がっている。俺には見覚えがあった。

「お前、草原でノゾムを追ってきた奴だな」

 返事の代わりに、相手が右手を振った。ノゾムの頭を抱えて伏せる。頭上で風を切る音がして、壁のかけらが降ってきた。ここまで来させといて、無言かよ。

 俺が顔を上げた時には、敵は両手を振り上げ次の動作に移っていた。

「《ブレッザ・ペタロ》」

 鞭が風を巻き起こし、俺達に迫る。ノゾムを先に走らせて、自分の反応が遅れる。足をすくい上げられ、床に叩きつけられた。包丁が手から離れる。

「信也!」

「これくらい大丈夫だ!」

 受け身を取ってダメージは減らせた。スピリットを失っても、戦いの記憶は体の中に残っている。

 それよりさっきの技。フェアリモンのものと同じだ。あいつ、結界の力を吸収しているのか?

「《ウィンドオブペイン》」

 俺の考えを証明するように、次の攻撃がきた。いばらの棘を含んだ旋風。転がって避けると棘が次々と石の壁にめりこんだ。マシンガン並の威力だ。

 食らったらひとたまりもないな。敵の動きを注視しながら、俺の頬を冷たい汗が流れる。倒せなくても一階の嵐を止められる程度に弱らせられれば、と思っていた。でも敵の実力は予想以上だ。ビーストスピリット並み、いや、さっきの攻撃を考えると本家のシューツモンを超えているかもしれない。

 少しでも情報を求めて、デジヴァイスを向ける。が、表示されるのは「データなし」の虚しい文字だけ。

 可能性があるとすれば接近戦か。風の闘士は遠距離攻撃が主体だ。鞭も近づけば使いづらいはず。

 敵に目を向けたまま、少しずつ落とした包丁に近寄る。ノゾムは反対側の暗がりでしゃがみこんでいる。目配せすると、青白い顔で薪を握り、頷いた。

「うわあああっ!」

 悲鳴を上げて、ノゾムが敵に殴りかかる。敵はそちらに向いて、鞭を放った。

 俺はその隙に包丁を引っつかんで走る。弾き飛ばされるノゾムを横目に、がら空きの背中に迫る。足音に気づいて振り返るが、遅い。切っ先が腹の中心を捉える。


 俺の右胸に痛みが走った。

「な……」

 包丁の握りが勢いに押され、右胸を強打していた。

 原因はただ一つ。切っ先が一ミリも敵に食い込んでいない。肌がむき出しの腹は、鋼鉄の壁のように刃物を受けつけなかった。

 嘘だろ。

 固まる俺に、いばらの鞭が絡みついた。体を締め上げられ、棘が皮膚に食い込む。包丁が石の床に落ちる。

「信、也!」

 ノゾムが起き上がろうとする。が、さっき受けた怪我がひどいらしく膝も立たない。その間にも俺を締める力が増す。肋骨がきしんで、息ができない。腕から背中から生温かい血が幾筋も伝うのが分かる。視界がかすんで、ノゾムの顔が二重三重にぼやける。耳だけがやけにはっきりと、ノゾムの声をとらえる。

「やめて! 信也をそれ以上、傷つけるな! 信也、しっかりし」
 言葉が風を切る音にさえぎられ、途切れた。

 ノゾムのやつ。叫んでるひまがあったら逃げろって。いや、逃げようったって逃げ場がなかったんだったか、俺達。

 くそっ。進化できれば。俺でもためらわずに使えるスピリットがあれば。せめて、ノゾムを守れるだけの力を!



 右のポケットが、火でも押し当てられたように熱くなった。

 紅の光があふれだし、部屋をまぶしく照らす。

 俺を締めあげていた鞭が緩み、俺は床に投げ出された。敵はよろめき、光の当たった鞭や足から煙を上げている。

 俺は右のポケットから光の元を取り出した。空のはずのデジヴァイス。炎はもちろん、土のスピリットも置き去りにしてきた。

 それなのに熱い。アグニモンよりもヴリトラモンよりも巨大なエネルギーを感じる。デジヴァイスを握っているだけで、その力が自分に流れ込んできて、傷の痛みを消していく。

 何でこれだけの力が宿っている? スピリットもない、こんな俺のデジヴァイスに?

 俺のデジコードを求めるように、スキャナが点滅する。それでも気味悪さの方が先に立って、左手を伸ばせない。

 顔を上げると、ノゾムと目が合った。ノゾムは床に倒れたまま俺を見ている。奥底まで純粋な目だった。気を失いかけていても、ノゾムは俺を信じてくれている。

 俺はノゾムを守るための力を願った。その結果がこの光なら。

 今ここで使わない理由はない。


 左手を乱暴に振って、迷いを断ち切る。

 その手に幾重にも荒れ狂うデジコードが生まれた。




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以前にも出てきた追手との戦闘です。デジヴァイスで調べても正体不明です。が、そろそろ察しのつく方も出てきそうですね。まあ、察しがついても「でも、あれ?」ってことになりますが。

最後のシーンについては、まあにっこり笑って黙っておきます(笑)


さて、11月20日でフロ02が始まってから2年半になります。まだ終わりの見えない物語ですが、読者のみなさまに感謝を申し上げるとともに、今後ともおつきあいをお願いいたします。