エンジェモンの城で過ごす最後の夜。俺は眠れずに寝返りを打った。隣では友樹が静かな寝息を立てている。
話し合いの結果、俺達は結界を失ったエリアの救出に向かう事になった。十二神族を叩くには、まだ戦力が足りないからだ。もっと分かりやすく言えば、俺と泉がまだダブルスピリットできないからだ。
土と水、二組の補助スピリットがそろっているんだから、いつできるようになってもおかしくない。なら二人が自由にダブルスピリットできるようになってから挑むべきだ。
それに……それに、俺の進化が解けた原因も分かっていない。ひとまずデジヴァイスは返してもらった。スピリットはまだ調査中で、結果は分かり次第教えてもらう。
でも、自分の事なのに自分で分からないのは落ち着かない。体が思うように動かせないような、そんな違和感がある。
ユノモンの言葉も気になる。俺がスピリットの力を引き出せるとか、心を切り刻まれるとか。考えないようにしようと思えば思うほど、頭の中に蘇ってくる。
まぶたの裏にスピリットやユノモンがちらついて眠れない。
結局、ベッドから出てくつをはいた。少し歩いてきたら、落ちついて眠れるかもしれない。
半透明の天井から、月の光が差している。うっすらと明るい廊下を、俺は行き先も決めずに歩いていった。
話し声が聞こえて、顔を上げた。
奥の部屋で誰かが話している。少し戸が開いていて、明かりが漏れている。あそこは確か、応接室だったけど。こんな時間に誰が使ってるんだ?
俺は興味を引かれて扉に近寄った。戸の脇の壁に張りつき、耳をそばだてる。
「――つまり、原因はとっくに分かっているんだな」
トゥルイエモンの声。その後エンジェモンの疲れた声が聞こえる。
「ええ。しかし、この事をどう信也に伝えればいいのか」
自分の名前に、心臓が高鳴った。俺について――多分、進化の解けた原因について――話しているのか?
「この話の大元には、信也の特性があります。調査にあたって彼のデジヴァイスを調べてみたのですが……。スピリットから引き出されているデータ量が異常に多いのです。他の子ども達に比べて」
「つまり、信也は仲間より多くの力をスピリットから引き出している、と?」
「その通りです。信也は無意識の内に、スピリットの力を最大限引き出して戦っている。だからこそ、ダブルスピリットなしにメルクリモンやユノモンを撃破できたのでしょう」
「泉も言っていたな。ユノモンにそんな事を言われたと」
「そのようです。十二神族の少なくとも一部は、信也の特性を良く調べているらしい。しかし、何故それほど信也に興味を示すのか」
「考えられるのは、信也を使ってスピリットの力を引き出し、世界の修復に役立てようとしたか。だが、肝心のスピリットがこの有り様ではな」
俺は身を乗り出すべきじゃなかった。誘惑にかられて、ドアの隙間から中をのぞくなんて、するべきじゃなかった。
立っている二人の向こうに、白い柱が二本。その頂きに炎のスピリット。
その姿は、俺が受け取った時から変わり果てていた。
無数の傷。
それは遠目に見ても分かるほどに多い。角が欠け、鎧は凹んでいる。
何より痛々しい傷は、ビーストスピリットにあった。
肩から足にかけて横切る、太い線。それはスピリットを真っ二つにしそうなほど深い。
考えるまでもなかった。進化がいきなり解けたのは、あの傷が原因だ。
でも何で。
こんな。
事に。
「信也の特性はあまりにも強い。常に100%の力を引き出すせいで、スピリット自体に多大な負担を強いています。戦うたびにスピリットを傷つけていき……いずれ、スピリットを完全に壊してしまう」
「ダブルスピリットが発動しなかった原因もこれだな。この状態では、ダブルスピリットした途端にスピリットが砕けるだろう」
「今のスピリットは戦う手段だけでなく、エリアの守護を担っています。炎のエリアのデジモン達のためにも、これ以上信也にスピリットを使わせるわけには」
その後は覚えていない。
―――
僕が食堂に駆け込むと、トゥルイエモンと輝一さん、ボコモンが振り向いた。
「どうしたんだ、そんなに急いで」
輝一さんに聞かれて、僕は一度息を吸った。
「朝起きたら信也が……荷物もなくて……純平さんや泉さんにも探してもらってるんだけど、どこにも」
トゥルイエモンのイスが倒れた。立ち上がったトゥルイエモンの顔が青白い。
「まさか、昨晩の会話を。それでもスピリットなしに動くなど危険すぎる!」
ボコモンが城のみんなに知らせに走る。
僕もまた、城や森を探し回った。
でも、信也はどこにもいなかった。
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木のエリア編、およびデジモンフロンティア02の第一部の終了です。