谷まで走ってくると、確かに谷底に光が見えた。そばには谷底に降りるための階段まで作られている。岩壁を削っただけの簡単なものだが、幅は広く、壁に手をついていけば落ちる事はなさそうだった。
はやる気持ちと胃袋を押さえて、一行は慎重に階段を下りていった。
底に近づくにつれて、光の正体が分かるようになった。ろうそくの頭に揺らめく火だ。それもただのろうそくじゃない。手足の生えたろうそくデジモンだ。
「あれはキャンドモン達じゃマキ。昔は炎のエリアにも仲間が住んでたぞい」
ボコモンが説明してくれる。
「じゃあ、いいデジモン?」
「多分ね~」
友樹の弾んだ言葉に、ネーモンが気楽に答えた。
ネーモンの言葉通り、谷底に着いてすぐ笑顔のキャンドモン達に出迎えられた。
杖をついた長老らしきキャンドモンが前に出る。
「おお! この谷に客人がいらっしゃるとは珍しい! しかも人間の子どもとは!」
「人間だ!」
「本物だぞ!」
周りのキャンドモン達も興奮した口ぶりで騒ぎ始める。
一人が身を乗り出した。
「なあ、あんた達ってもしかして、炎の町でスピリットを受け継いだっていう人間なのか!?」
その言葉に大輔達は思わず顔を見合わせた。光の闘士ヴォルフモンのうわさはここにまで届いているらしい。
集中する期待のまなざしに、拓也は帽子に手をやりながら申し訳なさそうに答えた。
「いや、悪いけど俺達は違うんだ。スピリットを見つけられればいいなーとは思ってるんだけど」
答えに対し、明らかに落胆するキャンドモン達。フォローしてやりたい所だが、あいにくどうフォローすればいいのか分からない。
「落ち込むことはないぞい!」
そこに胸を張って進み出たのがボコモン。
オーバーな動きで子どもの一人を指し示す。
「何を隠そう、ここにおる大輔はんは滅びたはずのデジメンタルを持ち、しかも使いこなしておる方なんじゃマキ!」
「……え、俺?」
突然の指名にぽかんと口を開ける大輔。
話の飲み込めない本人に対し、キャンドモン達の反応は早かった。
顔を見合わせ、目を輝かせ、ついでに頭の炎も輝かせ、どよめきが全員から上がった。
「デジメンタルだって!?」
「そんなのとっくになくなったと思ってたのに!」
「もしかしたら、あのデジメンタルも持ってるんじゃないのか?」
拓也が大輔の腰をつつく。
「おい、一体何の話だよ?」
「俺に聞かれても分からねえよ!」
いつの間にかキャンドモンの視線が大輔に集まっている。期待の視線に、大輔はうろたえて両手を上げた。
「いきなり色々言われても、俺達何の事だか……」
ブイモンのつぶやきに、キャンドモンの長老がはたと気づいた表情になった。
「おお、説明もせず失礼した。人間であるみなさんには事情が飲み込めないのも当然」
長老は近くのキャンドモンに声をかけ、客人のために食事を用意させる。
詳しい話は長老の家で、という事になった。
肉リンゴをメインにした食事を振る舞った後、長老がいすに座り直した。
「我々の事を理解してもらうには、まずこのデジタルワールドの歴史を知っていただかねば」
「それならわしがもう説明しとるハラ! なあ、皆はん?」
ボコモンが「覚えてるじゃろうな?」と言うように大輔達を見回した。一同の顔がひきつる。
特に拓也と大輔。
「俺、抜き打ちテストって苦手……」
「奇遇だな、拓也! 俺もなんだよー」
意気投合する二人に、ブイモンが呆れた目を向けた。
「大輔なんか抜き打ちでもそうじゃなくてもテスト嫌いじゃん」
「言ったなー!」
途端に始まる大輔とブイモンの取っ組み合い。
それを放置して、他の三人が話し始めた。
「えっと、今このデジタルワールドはケルビモンのせいで穴だらけになっている、だったわよね」
「で、実は昔にもデジタルワールドの危機があって、その原因が、えーっと」
「ルーチェモンだよ、純平さん」
「そうそう。そのルーチェモンってやつをやっつけたのが、スピリットの元になった伝説の十闘士!」
泉、純平、友樹の答えにボコモンが満足そうに頷いた。
「細かいところは忘れとるが、大まかな流れは合格。六十点じゃな」
「うわ、厳しい……」
参加しなくて良かった、と一人安心する拓也だった。
三人の話を受けて、長老が補足する。
「ルーチェモンに対抗しようとしたのは何も十闘士だけではない。進化の力を使って独裁者に挑んだ者もいたんじゃ。その進化の力こそデジメンタルじゃ」
大輔とブイモンが顔を見合わせる。他人事とは思えない話である。
「何を隠そう、このキャンドモンの村にもデジメンタルを使って戦った勇者がいたんじゃ。しかし、ルーチェモンによってデジメンタルともどもデータの塵にされてしまったという」
無念そうに顔を伏せる長老。
拓也が勢いよく席から立ち上がった。
「この村にあったデジメンタルって、どんなのだったんだ? もしかしたら、大輔が持ってるのと同じかもしれない」
拓也の言葉に、長老が顔を上げた。
「数あるデジメンタルの中で偶然の一致など……『勇気のデジメンタル』というんじゃが」
「ビンゴ!」
仲間の口癖を真似て、大輔が立ち上がった。自分の事のように顔がほころんでいる。
「それならちょうど持ってるぜ。見せようか?」
長老も喜色をあらわにした。
「ぜひ頼む!」
大輔はすぐさまD-ターミナルとデジヴァイスを取り出し、ボタンを操作した。
D-ターミナルからデジヴァイスを経由し、勇気のデジメンタルが実体化する。
大輔が長老に差し出した。
「ほら、これだろ?」
その答えは言葉ではなく行動だった。
「《ボンファイア》!」
「うわっ! あちち!」
突然吐かれた火の玉に、大輔はデジメンタルを取り落とした。
それを素早く受け止めて、長老が家の外に飛び出す。
「泥棒だ!」
「あいつ! デジメンタルを返せ!」
友樹と純平が長老を追って駆け出す。大輔達も後を追った。
しかし、その足は家を出てすぐに止まった。
いつの間にか、家をキャンドモン達が取り囲んでいた。全員が臨戦態勢で、とても好意的な雰囲気ではない。
その中心にデジメンタルを抱えた長老が立っていた。
「どういうつもりなの!」
泉が長老をにらむ。
ひるみもせずに長老が胸を張った。
「とあるデジモンから、お前らが勇気のデジメンタルを持っておる事は知っていた。最初からデジメンタルを返してもらうつもりだったのだ」
「返すも何も、それは俺達のだ!」
「そうだ、そっちこそ返せ!」
大輔とブイモンが一歩踏み出す。
長老が眉をひそめた。
「デジメンタルさえ手に入ればお前達に用はない。古代の力を見るがいい!」
長老が勇気のデジメンタルを高く掲げた。その体がデジコードに包まれる。
「アーマー進化!」
デジコードが消えると、その場には人型のデジモンがいた。
テレビ局の展望台で見た、デジモンの幽霊に似ている。
しかし、服は全て燃えるような赤色で、マントもない。好戦的な目が帽子の下からのぞいている。
そいつは裂けた口で自分の名を名乗った。
「フレイウィザーモン!」
大輔は目を見開いて呆然としていた。
「キャンドモンが……アーマー進化した!?」
◇◆◇◆◇◆
途中まで間違えて「炎のデジメンタル」って書いてました。名前が混ざる……。