先日のテレビ番組で、自民党の議員が集団的自衛権行使の問題で、「国際情勢が変わった。最小限の部分については、手段的自衛権行使を憲法解釈でできる」と発言したことに対して、コメンテーターが次のように発言していました。「国際関係が変わったというが、その緊張関係はだれが作り出したのか。自らの外交の怠慢によって首脳会議もできないような緊張関係を作って、だから集団的自衛権行使が必要と言われても納得しかねる」と。
まさにその通りだと思います。近隣諸国との緊張関係が激化してきたのは、特に安倍内閣になってからです。安倍首相をはじめとする靖国派と呼ばれる人たちが、主に緊張を作り出しているのではないでしょうか。
そもそも、集団的自衛権に「必要最小限度」も「限定的」もありません。「必要最小限」というのは、頭に「日本が攻撃を受けた場合」というのが付きます。日本の国土が攻撃を受け、国民の生命を守るために、自衛の措置として反撃が認められる場合です。個別的自衛権の場合に使われる言葉です。
集団的自衛権というのは、日本が攻撃を受けていなくても、同盟国であるアメリカが攻撃を受けた場合に、日本も武力攻撃をするというものです。まったく次元の違う話です。
集団的自衛権は、国際的に認められた権利なのに、それを行使できない国はおかしいといった議論もあるようです。しかし、そういった議論自体がおかしいですね。国際的に認められていても、それを行使するかどうかは、それぞれの国が判断することです。日本は、過去の侵略戦争の反省から戦争放棄を宣言しました。日本の侵略戦争によって、国民310万人、アジア諸国民2000万人が犠牲になりました。その反省の上に立って、紛争は武力で解決しない、戦力は保持しない、交戦権は認めないという憲法9条を作ったのです。憲法は、国民が、ときの国家権力を縛るものです。本来、日本は、そうした立場で外交に当たるべきです。日本は、そういったことで国際社会でイニシアチブを発揮すべきです。
近くで友だちが暴力を受けているのに、黙ってみているだけでいいのか、などといった低レベルな議論のすり替えがありますが、とんでもないことです。