201506-2 | 沖縄放蕩記

沖縄放蕩記

2010年に東京から沖縄に移住。

日々の生活を、酒を片手に、徒然と。

歴史の美化

 

戦国武将は偉大か?、の続き。

 

水戸黄門なんざ、毎回必ず揉めて切り殺す。最初から印籠を出せば良いものを、一度揉めて沢山ぶち殺した挙句、印籠で事を収める。これが日本人の定番娯楽って、かなり野蛮な民族なんじゃないのか、我々は。

 

最近のニュースでは、「太平洋戦争を美化している」とかよく騒いでいるね。それを言うならば、大河ドラマは信長も秀吉も家康も相当に美化していないか?

 

信長、秀吉、家康は日本国を統一した偉人、国の為に働いた人間、というならば、太平洋戦争も国の為と思ってやっている。そこにどれほどの差があるだろうか。

 

それどころか、宮本武蔵や新撰組、忠臣蔵なんかは、それほどの大義名分もない殺人鬼だぜ?武蔵なぞ吉岡一門皆殺しにするわ、一説によれば巌流島で小次郎を一門でリンチ殺人。

 

新撰組だって、京都で暴れていたヤクザに近いし、内部抗争も酷い。こんなのが格好良いって現在の評価、ジャップの頭、かなりいかれてるよ。

 

忠臣蔵、美談になっているけど、これこそやばくないか?先に手を出した阿呆の殿様の敵に討ち入りをする。これを義とする道徳観念が正しいならば、現代においても認められて良いことになる。

 

これに基づいて、身内を殺された人間には犯人を殺す権利が与えられるべきだ。仇討ちが善ならば、先祖をたくさん殺された我々日本人としては、アメリカに復讐せねばならんよな。奴らに核爆弾2発落としてやらないと。

 

(続)

 

 

 

 

歴史に善悪はない

 

前の続き。

 

勿論俺はこんな風には思っていない。だから、大河ドラマって阿呆臭いな、と思っている。歴史に善悪を求めてはならんのだよ。だが、ドラマ化することでどうしても善悪のイメージを押し付けることになる。

 

ま、現代では表現の自由があるんだし、勝手にドラマを作れば良いと思うが、国民から金を徴収している国営放送であるNHKがそれをやる必要性は全く感じない。民放かBSで勝手にやれ、と思うね。

 

結局のところ、大河ドラマってのは、日本の歴史をドラマ化することで日本人の教養を高め、その歴史に誇りを持たせようという意図なんだろうけど、俺にはミスリーディングをしているように思われる。

 

阿呆は、尊敬する人物として信長、秀吉、家康などを上げたりする。政治家とかですらいたりするからな、こういうの。いやいや、お前、こうなりたいの?やばいだろ、これ。ヒトラーになりたい、みたいなもんなんだぜ?

 

尊敬する人物としてヒトラーを上げる奴は、誰でも「やばいな」と思う。だが、信長なら問題ないか?むかついたら親族でも平気でぶち殺す、寺も当然の如く焼き討ちにする。これを目標にする奴は相当にやばい。

 

でも、信長を尊敬、これは許される。ヒトラーを尊敬、これは許されない。この線引きは何なんだ。ヒトラーだってドイツの一次大戦後の復興って面ではそれなりの役に立っている。

 

(続)

 

 

 

 

体感機・その13

 

まあ、気にするって言ってもそれを根拠にやめるようなことはさすがにないが、それでも頭の片隅にはある。オカルトも良くないが、機械に対するあまりの過信もそれはそれで間違っている。中庸が大事と言うことよ。

 

実際問題、遠隔だって100%ないという訳ではない。報道で見るように、これで捕まっている店もあるのだから。なので、そこはバランスだな。98%ぐらいでオカルトを排除して、2%で少し疑ってかかる、みたいな。

 

ということで、モンスターハウスに関してはこれでお終い。その後は俺はやる機会がなかった。だんだんこの島も減台されていったしね。こんな中でやるのは捕まえてくれと言っているようなもんだ。

 

でも、その後も体感機は多少使った。できる機種は説明書によるとかなり多い。マジカルランプは結構世話になった。特に、俺が稼働できなかった頃にデブに体感機を渡していて、奴はかなり抜いたようだ。

 

マジカルランプの攻略は非常に簡単。0~571の乱数の内、7、47、97が当たり。普通ならば、これを直撃するのは難しい。だが、マジカルランプには明らかに意図的な攻略法がある。多分、内部の人間が仕込んだもの。

 

液晶でリーチがかかる際、この乱数の数値を元にしている。乱数の0~50を拾うとリーチがかかる、という仕組み。そして、このリーチゾーンに、7と47という2つの大当たり乱数がある。

 

(続)

 

 

 

 

有害なゲームの線引き

 

歴史に善悪はない、の続き。

 

つまり、日本人は洗脳されている。大河ドラマに限らず、その他の時代劇にも、それによって、昔の日本は良かった、みたいな、ね。その時代に生きた信長などは、細かい悪行を無視して、偉人扱い。

 

話は飛ぶが、グランドセフトオート、やったことはないけど、これが有害ならば、信長の野望も三国志も害悪極まりないと思うのだが。悪辣非道な戦略で他国を侵略することが目的だからな。

 

ストリートファイターは昔は有害って風潮だったようだけど、今は市民権を得ているね。あれでリアルストリートファイトになるとか、俺は見たことないんだが。俺、強かったから、反対側で台をぶっ叩かれたことはたくさんあるけどね。

 

でも、リアルファイトになったことは一度もない。近々スト5が出るんだな、時代を感じる。スト0が最後で、3からはやってない。今でも波動拳で飛ばせて昇竜拳で落とせば良いのかな?

 

話が逸れたが、俺の本心を。このように大河ドラマこそが有害と言っているが、正直好きにやったら良い。歴史をどう解釈してどう書くか、それは自由だと思う。

 

登場人物が本質的には全て悪である戦国時代をいくら美化しようが、構わない。それで納得して洗脳されてしまう人間は所詮その程度。

 

(続)

 

 

 

 

戦国も戦前も同じ

 

前の続き。

 

歴史が好きなのは構わないが、歴史上の人物の誰かに肩入れして善悪の思い入れを持つのは愚の骨頂だと思う。俺は会った人間に対してしか善悪の評価はしない。歴史なんて、後の世の人間によって好きに解釈できる。

 

それに、現代ではメディアも多様化しているから、大河の視聴率も著しく悪化している。だから大河如きがそれほどの影響力を現在持っているとも思えないから、それで洗脳とか、心配は不要かもね。

 

だがな、少し言わせろ。戦国時代の武将は賞賛されるけど、こいつらは皆、隙あらば余所の領土をがんがん侵略してやろう、っていう野望を抱いた人殺し野郎ばかり。

 

これを賛美するのは良くて、戦前の日本を賛美するのは駄目とか、ないんだよね。日本だって多国に分かれていた、それが戦国だ。それを、侵略しまくって統一した。

 

この侵略がさらに先に向かうのは自然の理。秀吉の朝鮮出兵、当然だと思うね。その後、韓国併合、満州国建国、ごくごく自然の流れじゃないか?天下布武、国内で達成できたら次は海外、当たり前だ。

 

つまり、信長を賛美するならば、戦前の日本も当然賛美されて然るべき。結果的に負けたから、それを咎めるのは致し方ないが、それは戦略などの不備を問題にすべきであって、この他国侵略の方針自体には何らの咎はない。

 

(続)

 

 

 

 

体感機・その14

 

よって、リーチがかかるゾーンを狙って打っているだけで、本来190分の1の大当たり確率のところが、51分の2に跳ね上がる。

 

勿論、いくら止め打ちしても、玉がそのゾーンだけで入るわけではないので、実際にはそこまでの数値にはならないが、リーチゾーンの周辺を狙うという実に簡単な攻略法で大当たり確率を4倍以上に大幅にアップできる。

 

そもそもの体感機攻略における一番の難所は、乱数とリズムの把握。一度当てるまではずーっとデータを取る作業。ところが、このマジカルランプの場合、リーチがかかる位置を把握したら、それで御終い。

 

11分の1でリーチはかかるから、1000円もあれば乱数の位置がアバウトであれ特定できる。後は体感機のリズムで打ち出すだけ。

 

注意点は一つだけで、保留玉1個目の乱数で現在の回転を書き換える、というプログラムがあって、連続リーチが頻発する。その為、最初は単発打ちで乱数を把握しないとならない。それでも、リーチなんてすぐにかかるかからね。

 

周期は1.6秒に1発の打ち出し。これを3拍子で刻む。ワルツのリズムなので、慣れないと打ちづらいが、それも大した問題ではない。

 

それどころか、このリズムさえ覚えてしまえば、体感機無しでもある程度このリーチゾーンを狙えるぐらい。勿論、人間の感覚だとだんだんとずれが発生してくるから、それでは効率が悪いけどね。

 

(続)

 

 

 

 

植民地支配は当然

 

戦国も戦前も同じ、の続き。

 

時代が違うとか言う奴がいるが、戦前の頃だって帝国主義の時代、強国ならどの国も植民地を世界中に持っていた。日本がそれと同じことをやろうとしていたのもおかしな話でもない。

 

こっちは悪で、戦国の武将は賞賛されるとか、あまりにもダブルスタンダードではないのか?極左の、中韓に謝罪しろとかぬかす阿呆共は、大河ドラマにも文句を言えよ、って思うね。

 

つーか、左の奴らが尊敬する人間って誰だ?マルクスか?レーニンか?スターリンか?毛沢東か?金日成か?ポルポトか?こいつら、ヒトラーとさほど変わらない人間だと思うのだが。

 

それはいいとして、かつての植民地支配に謝罪をする国なぞない。こういう時代だったからどうしようもないんだよ。歴史に善悪はない。これが悪であるならば人類全てが間違った方向に行った、そういう時代だ。日本が悪とか、ない。

 

それはもう、人類全てが悪だった、そういうことだ。もう少し煽ろうか。大河ドラマを求める国民性、そしてそれを喜々として受け入れる国民、どこが平和を求める、平和憲法を掲げる国民だよ。

 

そんなに平和が好きなら、平和な時代を扱ったドラマ、たくさん作ればいいじゃねぇか。それで、平和最高!って世論を作っていくべきじゃないか?

 

(続)

 

 

 

 

平和はつまらない

 

前の続き。

 

そんなもん、つまらないに決まっているんだけど。簡単に言えば、平和は、つまらない。例えば、小説ならミステリー、これが大受けだ。誰かが殺人してくれることを心待ちにしている。殺人してくれないと始まらない。

 

要は、平和はドラマにならない。平和なんてつまらないんだよ。人間が生きていく上で最もスペクタクルにならないのが平和。平和こそ最低の人間の形態と言える。あってはならないことだ。

 

大河ドラマなどは過去の仮想の世界で、それを楽しんでいるだけ、と言うならば、どんな野蛮な有害指定を受けているゲームもその通り。仮想世界を現実に持ち込む人間を危惧するなら、大河ドラマこそが最も危険なものではないのか。

 

結局、戦乱期を扱った大河ドラマが受けるというのは、多くの人間の心に、戦争を待ち望む気持ちがあるということだ。マゾと言っても良いかな、酷い境遇になって、そこから立ち上がるのが人間の美徳だ、みたいな、ね。

 

いや、俺はマゾでもないし平和が良いと思っているよ。平和じゃないとこんなことも書いていられないし。毎日だらだら酒を飲んで管巻ける、平和、最高だね。

 

でも、大河のような、戦国特有の劇を喜ぶ人間が現在でもかなりの数でいるということは、人間の闘争心はなくなっていないということの証明だとも思っている。

 

(続)

 

 

 

 

体感機・その15

 

それと、この機種は一般電役なので、確変なんかはない。なので、常に止め打ちをすることになるから、目立つし、ばれやすい。店員の動きや周りのチェックが非常に大事だ。

 

なので、少し抜いたら撤収が賢い。次の店でも、この台の場合は乱数の把握が簡単なので、またすぐに抜ける。それに、モンスターハウスのように、釘による玉のイレギュラーで確変が終了してしまう、という問題もない。

 

真裏で入っても、その打ち出しの玉を損しただけだからね、気楽なもん。1回の勝ち額はモンスターハウスのようにでかくはないが、ちまちまと勝ちを積み重ねていける。ただ、設置がそこまで多くもなかったのが難点。

 

俺も多少はやったが、ヘソの入賞で毎回のようにリーチがかかる、ってのはなかなか呆れたね。リーチがかかって台をぶっ叩くことがいかに愚かなことがわかる。ここでもオカルト排除に役に立ったな、体感機は。

 

他だと、マジカルチェイサーをちょっと。これは体感機の効果は弱めで、通常時の低時短を避ける打ち方。この台は現金機で、時短がつく。その中でも回数が少ない0や50の位置でのヘソの入賞を避ける、って感じ。

 

打ち出しをちょこちょこ止めるような感じなので、保3保4止めみたいな感じ。これだけでは稼げるほどの効果はない。ただ、早稲田のみよしって店で、釘がそこそこの台があったから、そこで補助的な感じで使っていた。

 

(続)

 

 

 

 

特有の高揚感

 

平和はつまらない、の続き。

 

それにね、戦争にはそれ特有の高揚感ってのがあるんじゃないかとも思う。俺は運動会の騎馬戦や棒倒しなどで擬似的な体験しかしていないが、あの感覚はあれでしか味わえ得ない。

 

あんな風にアドレナリンが出ること、なかなかないんだよね。そもそも、こういう麻薬的なことを経験させてしまう教育システムって、相当に問題がある気がするんだが。

 

不良やヤクザと言われる人間が、集団での喧嘩や抗争をやめられないのは、仲間との一体感を持って、敵との戦いに臨む、この高揚感だろうな、多分。俺は真面目に生きて来たから、こういうの、知らんけど。いや、本当に。

 

でも、多くの人間はそれを経験して知っているから、だからこそ大河ドラマが受けるし、戦国物が大人気。スポーツに熱狂するのもこれの延長であることは間違いない。人間というのは闘争が大好きなんだよ。

 

人間は戦うのが大好き。ここに目を背けては駄目だ。平和な世を作るにあたって、まずここを直視しないと。で、これをどう背けさせるかが国の、指導者の、仕事だろう。現代のスポーツの隆盛はこれの御蔭だと思っている。

 

スポーツってのは、それによって擬似的な戦争を行うことで、人間の闘争心を削いでいる面がある。甲子園の県代表に熱狂するのは戦国時代の忘れ形見。沖縄の甲子園への情熱はここにあることは間違いない。

 

(続)

 

 

 

 

スポーツは憂さ晴らし

 

前の続き。

 

戦国の国盗りを再現したものだ。沖縄はあっさり征服されたので、それに対する反発、復讐心と言っても良い、が、甲子園の応援につながっている。労働者も仕事の手を休めてテレビに齧りつくぐらいだからな。

 

ワールドカップも似たようなところがある。後進国ほど熱狂している感じ。つまり、普段経済などで勝てないから、それをスポーツにぶつけているような。戦争につながりかねない不満の捌け口になっているということだ。

 

だから、後進国では、試合で自殺点をやったりすると、国に帰って殺されたりする場合がある。それほどの入れ込みよう。ま、賭博とかも絡んでいるからだが。それに比べ、日本は生卵や水程度で済むから良かったね。

 

それも今は昔、最近の日本代表の場合、どんな無様な戦いをして帰って来ても、そういう罵声の飛び交う出迎えもない。どころか黄色い声援が飛び交うだけ。もうスポーツとは思われていないな。

 

「国の代表なんだからプライドを持てよ」とすら思われていない。そう考えると、単なる格好だけのアイドルグループがバラエティーでサッカーをやっているだけと言えるわけで、それにしては善戦している方なんじゃないか?

 

普通は、野球みたいにメダルを逃しただけで袋叩きにあうもんなんだよ。国の威信がかかっているスポーツならば、ね。オリンピックのスノボもだらしない格好で叩かれたろ?そういうのがねえからいつまで経っても弱いんだよ、玉蹴りは。

 

(続)

 

 

 

 

体感機・その16

 

日当2万行かないぐらいの台で、基本的には平打ちと時短中の止め打ち、そこに体感機を使って日当を上げる、みたいな感じだね。止め打ちには寛容な店だったし。まあ、これはおまけ程度の攻略だな。ばれにくいのが良い。

 

その後はしばらく攻略ネタもなかったので、引き出しに眠っていた体感機だが、突然ネタが雑誌で発覚する。平和のウエスタンヒーロー。これは確変の永久連荘タイプの攻略。

 

確実に内部の仕込みだろうな、その周期は約31秒と阿呆みたいに長く、その間に確変が集中しているゾーンがところどころにある。その部分を体感機で狙い打つ。これだけ長いので、腕時計ですらもできる、って話だった。

 

それどころか、隣で人の打ち出しを見ながらでも攻略できる。なので、一台の体感機で、大学の悪友デブとクマを連れて3人で並んで打ったりしていた。上野を中心に店を回り、特にサイバースパークでやっていた。

 

当時パーソナルシステムをいち早く導入していた店。なので、確変を連荘させても出玉を積むことがないから目立ちにくい。いざと言う時でもサンドから出玉を引き出してさっさと撤収できる。交換は後日人を使ってやったって良いからな。

 

温かったのか、俺ら以外に攻略をやっている奴もいた。だが、連日抜いていたら、最終的には丁重にお断りされたから、そこで素直に引いた。大人の対応だ。ボッタクみたいに上から目線で「禁止!」って感じじゃなかったからね。

 

(続)

 

 

 

 

真の自由

 

スポーツは憂さ晴らし、の続き。

 

元に戻そう。スポーツで闘争心の憂さ晴らし、別に、それが悪いとは言っていない。いや、むしろそれで良い。本来戦争になるべきところを、スポーツという形で平和的にやっているだけなので。

 

ただ、騎馬戦や棒倒しなどでのあの感覚は忘れ難いね。「戦」的な感覚。正直なところ、実際に戦争をしてみたいという気持ちは俺には今でも多少はある。自分の全知全霊を闘争にぶつける、最高に気持ち良いだろうね。

 

この平和な世の中で生きていれば、全力、って場面は一度もない。様々なルールに縛られているから、喧嘩一つでも、相手をぶち殺すまでは普通行かない。やってしまえば、その後の不利益がたくさんあるから。

 

つまり、常にラインがある。越えてはいけないラインが、自分で、世間体で、常に引っ張られている。こういう箍がなくなるのが戦争である訳で。そういう意味では、戦争以外に全身全霊をぶつけられる場所は存在しない。

 

格闘技だって、結局のところルールに縛られる。ボクシングならば蹴り技は使えないし、総合だって目潰し、金的は禁止だ。そもそも、人間は道具を使う生き物、素手だけという時点でルールに縛られている。

 

人間が真に自由になれる場所と言うのは間違いなく戦場だろう。どんな卑怯なことをやろうが構わない。ありとあらゆる手段を持ってして良い、こんな状況に人間が置かれることは他のどの場所にもない。

 

(続)

 

 

 

 

精神の高揚

 

前の続き。

 

俺が思うに、本多忠勝の晩年は抜け殻だったんじゃないだろうか。家康の家臣、57回の出陣でかすり傷一つも負わなかった、蜻蛉切りの槍を振るう武将。これが関ヶ原以降、その力を見せる場所もない。そんな世の中絶望するね。

 

西郷隆盛もそうだな。明治維新を成し遂げたは良いけど、その先、平和な世の中で成すこともない。さらに先の戦、征韓論を唱えたが成せず、西南戦争にて露と消えた。でも後に結局韓国併合をするというね。ちょっと先取りしすぎたか。

 

別に、戦争を賛美している訳ではないよ。ただ、人間というのは自分の精神の高揚を目指して生きていると言っても良い。そして、その最高にアドレナリンが出る状態が戦争なのではないかと。

 

下らん自己啓発の本を読んでいるぐらいなら、戦場に行った方が早いだろうな。極限状態でこそ人間の精神は最高潮に達するに決まっている訳で、そんな状態も経験したことのないゴミが書いている啓発本なぞ、今すぐ捨てろ。

 

でも、現在の国同士の全力戦争は核になる。使ったら自滅も意味している。つまり、もう国家間で死力を尽くした戦争は不可能ということだ。なので、人間が全力でできる闘争はこの世に存在しない。

 

科学が戦争によって発達したことは明白。戦争のお蔭で、それを解決しようという精神的発達、つまり、哲学や思想の研究も進んできたわけで。

 

(続)

 

 

 

 

体感機・その17

 

その後は片っ端から店回り。出入り禁止も覚悟で。もうこの時は長く使おうとか思っていなかった。このウエスタンヒーローって台は元々人気のない台だし、こういう風に攻略ネタが大体的に雑誌に出たわけで。

 

次の新台入れ替えでの撤去対象であることは明白だったから、抜けるだけ抜こう、というスタンスでやった。これ以降、体感機で攻略できる台はパチンコではほぼなかったはず。実質的に、最後の体感機攻略が可能な台ということになる。

 

スロットの吉宗などで騒がれていたのはまた別。俺はこちらはやったことがないから詳しくはわからんけど、俺が持っていたような体感機だけでは無理だったんじゃないかな。そんな危険を冒さずともこの時は稼げていたしね。

 

結局、体感機を使ったのは主にセミプロの時で、儲けもそんなに大したことはない。専業になってからは、もっと長い目で考えることにした。つまり、店とのトラブルを避けて平打ちで、というスタイルに。

 

エナ周りがかなり効率が良かったので、攻略ネタにまで手を出す気はなかった。やっぱり、体感機は止め打ちがかなり面倒ではある。それに精神的にも疲れる。常に周りを意識していないとならないし。

 

ま、前述の通り、オカルト排除などにも役に立ったので、いい経験ではあったな、と思っている。体感機攻略をやったこと自体がこうやってネタにもなっているしね。

 

(終)

 

 

 

 

客観的な歴史観は可能か

 

精神の高揚、の続き。

 

そういう意味では、全面戦争ができない人間は、もう精神的進化はできないのかもしれないな。早く宇宙に進出してガンダムの世界のように戦争を始めないと。そうしないとニュータイプにはなれないね。

 

何の話か分からなくなって来たな。要は、戦争の善悪、そういう現代的な価値観を歴史に持ち込んではならない、ということだ。歴史というのはもっと淡々とした事実の羅列であるべき。大河ドラマのようなものは不要。

 

ただ、実際問題、これが可能か、となると厳しい。出来得る限り中立的立場で客観的に歴史を俯瞰できれば良いのは言うまでもない。だが、歴史は所詮人間が解釈するもの、その時々の価値観が加わってしまう。

 

例えば、足利尊氏は、明治中期から昭和前期の間は「逆賊」という評価だった。天皇家を南北朝に分断して北朝を支援したので。明治の頃は南朝を正当とみなしていたから。だが、戦後以降は肯定的評価をされている。

 

最近だと、5代将軍、徳川綱吉。「生類憐みの令」の悪法で有名だが、これも再評価されて来ているよう。「犬公方」などとも言われていたように、余りにも行き過ぎた動物愛護、というのがちょっと前までの評価だ。

 

だが、当時の日本では道徳観念が低く、病人、老人、子供を平気で捨てていたらしい。本来はそれを諌めた法であって、日本人の民度の向上に一躍買った、というのが最近の見解。

 

(続)

 

 

 

 

歴史の修正

 

前の続き。

 

結局のところ、歴史なんてのは、後世の人間がどう評価するか、だ。正義は不変ではない、その時々の解釈に拠る。だから、客観的に歴史を見るというのは不可能に近い。

 

じゃあ、どう解決するか。人間はたくさんいるのだから、それぞれの主観を常にぶつけ合って色々な意見を並べれば、その集合が擬似的な客観になるのではないだろうか。

 

簡単に言えば、様々な意見を自由に言える空気があれば良い。大河ドラマを作るのは勝手だけれども、それとは全然違う史観で書かれるものがあっても良い。受け取る側も、そのどちらかの意見に縛られないことだ。

 

信長は正義、太平洋戦争は悪、こんな偏見ではなく、それぞれの功罪を認めるべき。「太平洋戦争には良い面もあった」とか言うと、歴史修正主義だとか騒ぐ奴がいるが、こういう意見がある、ということが大事だ、ということ。

 

さっきの尊氏、綱吉の例に見る通り、歴史なんて常に修正されているからな。どう見るかなぞ人の勝手、その意見に同意するかしないかも人の勝手。ただ「言う権利」自体を否定するようなのは駄目だ。

 

つまり、百花斉放、百家争鳴。多くの人間が様々な意見をぶつけ合う、これが必要。この言葉、中国共産党のスローガンなんだがね。いや、なかなかギャグセンスあるわ、あいつら。

 

(続)

 

 

 

 

日記に戻るか

 

ぼちぼち実戦日記でも書くか。管巻きと昔話だけだとスロッカス諸君が読まなくなるからな。いや、ゴミはここを読まなくても良いんだけど。ま、日記だから一応書くか。

 

5月11日月曜。そろそろ仕事、ってことで、朝から。一応昨晩下見してある。据え狙いで。

 

トリプル

G11132 B42(265) R26(428) (合成164) +2465

C=1008-15(67) LR=14:12

 

前日は4000枚近く出ていた台。まあ、ぼちぼちか。5ぐらいあれば良いよ。4は嫌だけどね。

 

5月12日火曜。朝から仕事。据え狙いで。

 

トリプル

G3415 B9 R3 -1106

C=-3 LR=2:1

 

移動。失敗したな。これは多分外れだろう。連日そこそこ出ていたりしたからやったのだが、この翌日以降も据え置きで全然出なかった。多分、2日ほどまぐれで出た。

 

トリプル

始め G1952 B7 R6 +420

結果 G8396 B26 R22 -249

個人 G6444 B19(339) R16(403) (合成184) -669

C=456-4(114) LRW=7:7:2 メドレー:1

 

一応、バケ中の両方光りが2回、琉球メドレーの音楽変化も1度起きたのだが。そんなに設定判別に使えるもんでもないか。この台も入っているか怪しいな。

 

2台とも失敗かもね。もう少ししっかり調べてデータを取らないと。もっと厳しくやらないといかん。