葦津珍彦先生の憲法改正への見通し | 月刊誌『祖国と青年』応援ブログ

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青木聖子とその仲間たちが、『祖国と青年』や日本協議会・日本青年協議会の活動を紹介したり、日々考えたことを綴ったりします!
(日本協議会・日本青年協議会の公式見解ではありません。)

 昨日、6月10日は葦津珍彦先生のご命日でした。


 葦津先生は平成4年に逝去されましたので、私自身は直接存じ上げませんが、本会は様々なご指導をいただきました。


 今、憲法改正の早期実現を目指すに当たり、「祖国と青年」6月号でも葦津先生の憲法改正に関するご文章の抜粋を2編掲載しましたが、ここにそのうちの1編をご紹介します。


 昭和49年の講演録「維新か革命か」の一節で、今の私たちにも示唆に富むご提言かと思います。



 近頃、若い熱心な憂国の同志諸君の間で、今の憲法の亡国性、この今の憲法が良くないということを、はっきりさせるのには、私が今まで言ったように、今の憲法でも、甚だ曖昧ではあるけれども、日本国憲法は、帝国憲法との間に法的連続性もある。国体的精神文化伝統に於ては、前の前からの昔からの日本国の精神的基礎を全面的に否定し断絶したのではなくて、ともかく連続性をもっている以上、こういう日本的な良識解釈ができるなどという説などは寧ろ止めてしまった方が良くないかと云う人がある。(中略)


 私はそういう諸君に対しては、明治の維新史を回想して戴きたいと思うのであります。桜田門の志士の檄文を御覧になるとわかります。幕府体制はよろしくないなどということは書いてないのです。どう書いてあるかと言うと、いやしくも日本国の政府、日本国の幕府であれば国体を重んじ、天朝に対して忠であるべきである。井伊大老は、天朝に対して不忠だ。従って幕府の重臣としての責任に背いた。こう書いてあるのです。幕藩体制の論理に立っているのです。その当時の体制の論理に立ってやっている。その後二十年近い維新志士の文書でも、後での解説本なんぞを見ないで、実物をはっきりと一枚一枚読んでいって見て戴きたいと思うのです。彼らは決して幕藩体制を全面的に否定せよというようなことを、唯の口の上で言うたのではないのです。そういう空景気のいい国体論を絶叫したのではないのです。


 彼らは伝統的な日本の国体精神の重んずべきことを力説し、当時、実力のあった政府、幕府に対しても、国体に対し、天朝に対し、忠誠であれという要求を続けたのです。幕藩体制は無効であるからもう相手にせぬとは言わなかった。お前等も日本の幕府である限り、日本の征夷大将軍である限り、天朝に対して忠誠であれと、そういう要求のみなのです。それが、まじめな実践運動家の文書であります。そしてそのような運動を続けることによって、国体精神を一歩ずつ強めて行き、強化し、幕府そのものを正義でひきずり、皇室を重んじさせることに務めた。幕藩体制の枠内ででも、行き得る限り、ぎりぎりの線まで追いつめて行った。そして天下の思想を国体精神で高め、そして、もうぎりぎりの線まで、体制内で国体精神を昂揚し強調し強めて、最後の一線において、大政奉還を断行させたのが、これが維新史の真相なのです。それを後から見ると二十年も三十年も前から、討幕の理論展開に熱中しておったように見える。討幕、討幕と、観念論に熱中して、「幕府がおる間は外交も内政も悪くなるのが当たりまえだ」などというような無責任な論は、決してしなかった。いやしくも、日本の幕府である限り、国体を重んじ天朝に忠節に、報国の大道を進めと云ってせまった。こうして幕府の体制に於て、できるぎりぎりの線まで追いこんで行って国体的勢力を強大化して、もうこれ以上はこの体制では行けないという段階になって、初めて大政奉還ということの断行ができた。大政奉還とか幕府の廃止、討幕というような語が、ぎりぎりの最後の線で、表面に大きく現われて来たのは、これは二十年間の維新運動史に於いても、最後の一、二年間であります。私は、この維新の志士の実際的な運動方針というものは、非常に賢明であったと思うのであります。


 我々は今日においても、国体精神を大いに昂揚し、日本精神を大いに昂揚し、その精神に立つ限り、憲法の解釈であっても、この曖昧な憲法の解釈であっても、ぎりぎりの線まで、日本の国体の線に一致するように要求すべきであると思うのであります。反国体的に、悪く解釈する方が当たり前だなどということを言ってはならない。紀元節の運動についても申しました。伊勢神宮の法性格の問題についても申しました。放任しておけば悪い解釈だけが横行するのだ。努力すれば、良い解釈をさせるようにもっていくこともできるのです。私は今の憲法であっても、ただ「あれじゃあどうにもならぬ」と云っておるだけではならぬと思う。


 私は、日本国体の線で、ぎりぎりの線までこの憲法の枠内においても、国体的な方向に進むべきであると思う。勿論、抵抗の壁はかたい。だから、一方では、日本人的な国体精神に基づく、日本精神を基礎とする日本国民の要求が出る度に、一々憲法解釈が問題になるようなこのような憲法、曖昧愚劣な憲法は、結局においては改めねばならないという大きな目標を、国民の前に絶えず示していくという啓蒙運動は続けるがいい。しかし現憲法下でも、国体精神に基づく現実整理を一歩一歩と前進し、強化して、その力を十分に強め固めて行かねばならない。「無効な憲法でこさえた議会などは相手にせぬ、無効な憲法でできた政府は相手にせぬ」などというような実際から遊離した議論をしておっても、私はこれは一歩も前進せぬと思うのであります。そして憲法は今のまゝでも実際的に維新の道へと一歩一歩進んで行かねばならぬ。そして最後の一線において、国民の大多数が共感し、支持し得るような正義を断行し得るような時にこそ、現行憲法のぎりぎりの一線を突破することができると私は思うのであります。その時こそはじめて現実に、維新が断行される。維新が断行されてしかる後に、始めて憲法が改められる。これが私の目標であり、見透しであります。