江戸・小石川のとある旗本邸。
ガン、ゴン!
雨戸に石を投げつける音が響く、天井でゴソゴソ気配がする、一人でに火鉢が転がる、行灯が宙に浮く、地震でもないのに家具がガタガタゆれる……などといういわゆるポルターガイスト的怪奇現象が続いた。キモチガワルイ! 占者にみせたところ、どうやら下働きの女に問題がある。彼女は池袋村の出身だが、どうやら産土神が、彼女についてきてイタズラしているんだと……、彼女はすでにご主人のお手つきで、ちょっと家内ギスギスしていたこともあって、池袋の生家へ戻された。以来、怪奇現象はピタリとやんだ。
いまでこそ、池袋といえば、都心のターミナルとして栄えに栄えている。西口に東武・東口に西武(ヤヤコシ!(^ε^))、大型電気店が駅前大激突、国内最大級書店、そして歓楽街に独特の若者チーム風俗、最近は「乙女ロード」が話題に。個人的にはサンシャインシティのナンジャタウンもののけ番外地で買ってきた「黒ねこタマ」のマスコットがお気に入り!(ついでに立教に落ちたこともいい思い出だ(*゚ー゚)ゞ。
なんでも昔ここらあたりに袋のような形の池があり名づけられた地名だとかいう。池袋周辺の寺院霊園にはわが48文豪泉鏡花(→「湯女の魂 」)、小泉八雲(→「和解」 など)、芥川龍之介、夏目漱石(→縊り鬼 )、永井荷風、二葉亭四迷、谷崎潤一郎……その他、竹久夢二、金田一京助、とビッグネームが眠る。が、どれも近代以降の人なのは、それ以前、池袋はまだまだド田舎だったから。明治になって鉄道網が整備されるにしたがい、土地があったから、ターミナルを造ったのがきっかけで栄えはじめたのであった。
足立区がそうだったように(毛長ヒメ)
、 池袋にかぎらず、いわゆる江戸城下の外側地域は農村地帯であり、ときにはお百姓さんが船に樽つんで江戸市中に現れ、肥料用人糞を集めて行く……そんな場所であった。だから、こういうところは下女・下男・下働きといった低所得労働者(??)の供給地であったのだ。
ところで、手元の48聖典『耳嚢』巻之二にも、同様にポルターガイストに悩まされた家があり、一人の老人が現れて、「池尻、池袋辺の女は召仕ひ給わずや?」と。で、池尻村出身の下女をクビにしたら、怪異はやんで、やはり池尻村の産神が犯された氏子を惜しんで騒いだのだと。これを聞いた筆者・根岸鎮衛は、きっと若き日の主人に過ちがあったのだろうと推測。「淳直正道を第一にし給へる神明の……妖怪をなし給ふといふも、分からん事ながら茲に記しぬ」と筆をおく。神様が妖怪現象をおこすというのはいかがなもんか……(神様の怒りといえば、新田明神の草取りをしたら、草を返せとうらまれたって話も『耳嚢』にあったがどこに載ってたか忘れた)。
こちらに登場の「池尻」といえば世田谷、渋谷のほうだなあ。とおもったら、同様の話で「沼袋の女」というのもあるそうな。こちらは中野区新宿線。池と袋が共通語であるから、噂されるうちに場所がゴッチャになっていったんだろ。伝言ゲームの要領ですな。そうなるとへんな産土神のいることにされた土地がメイワクだが、そういう噂があっても、さもありなんという、それぞれ田舎であったからだろ。この話で大切なのは具体的場所よりも、江戸近郊出身の下女という存在のほうなのだ。
だいたい、ポルターガイスト現象というもののなかには、あきらかなヤラセがたくさんあるそうな。
たとえば、撲がチビのとき連れて行ってもらったホラー映画『悪魔の棲む家』のモデルとなった、米・ロングアイランドの「アミティブル事件」。引っ越してきた家がじつは過去に殺人のあったところで、一家は怪奇現象に悩まされて、結果逃げ出すという実話……ということだったが、この話を紹介したジェイ・アンソンの創作だったという(この人、あの『エクソシスト』の脚本家ですって)。ちょっとしたいたずらが大騒ぎになってひくにひけなくなったフォックス姉妹の事件。カメラでとってみたら、被害者本人がモノをこっそり投げていたことの判明した「コロンバス事件」(この事件の主役の少女は精神不安定な日日を送り、後日、実子を殺害した)などなど、あとになってありゃインチキなんだ、という話のある心霊・騒霊騒ぎはいろいろある(また、マジメに困っている場合でも、調べてみたら、遠くで井戸水をくみ上げたら地震でもないのに家が震えたのだとか、電送鉄塔に近いため電磁波で家電がいかれたのだとか、火山の出す耳に聞こえない低周波振動が影響したのだとか、騒霊現象にはいろんな科学的検証が試みられている)。
井上円了博士の「おばけの正体」の中に、大正時代の実話として紹介されているのは、永田町の山下家でおきたポルターガイスト。警察が出動してコッソリ観察していたら、下女が石を投げ込んでいた。その瞬間だけ、表情がゾッとするような顔つきになるがことをすますとケロリとしていたという。(井上博士を48聖人に加えてよいかどうか悩むところだ)
有名な『稲生物怪録』にもこの手の騒霊現象が描かれていたが、たいていこのての心霊・怪奇現象の担い手が少年・少女であることは、コドモからオトナへの境界存在ということから、説明できるだろう。なかには大のオトナもまじっているが、そういう人はたいていなんらかの社会や自己との軋轢に精神をさいなまれていた人が多かったと推測できる。これまでちょっとさわってきた「17歳問題」にも通じよう(→「振袖火事
」、「幽霊之足跡
」など)。なかには雇い主に遊び半分誘惑された少女たちだってあったに違いない。実は事件は女が嫉妬や心労から、ヒステリー状態になっていたずらをしたのを、ヒマをだされた、周囲の人たちがそれを心霊話にしたてて都市伝説化した、というのが実像らしい。
また、江戸近郊出身というのも、今風に言えば都会と田舎のちょうど境界ということで、80年代くらいは関東の「不良」といえば千葉とか埼玉に暴れたものだったが、最近では栃木・群馬・茨城あたりに出没する……ってのもきになる現象だ。
で、大切なのは、そうした怪奇現象を科学的に分析してそんなのウソだ、というよりも、彼ら・彼女らのココロの騒ぎをもっとリアルに解決することである。そのために、じつはウソも必要なときがあるのだった。若者がウソだと知っていながらホラーやファンタジーに興味を抱くのはそのせいかもしれない。それなのにお堅いオトナは「いいかげん卒業しろ」とかいう。チビのときには「夢があっていいわねえ」とかいいながら……。だったら最初から社会のリアリティをズバリと教えてやればいいのだ。でもそれをしたらチビの脳みそはパンクするだろう。そうしたリアルと非リアルの調整装置として機能していたのが、かつての語り部や民間宗教家たちだったのだろう。今はそれらが無責任なオトナの作った、結局金銭を底としたマスコミにとってかわられているのだ。これでは騒霊はおちつくことができない……。少年犯罪の問題はこんなところにもあるんじゃあないのかあ……などと考えてしまったことであるよ。
下女つながり→ろくろ首
関東の田舎の少年少女つながり→コックリさん