毛長ヒメ | 不思議なことはあったほうがいい

 

 前回に続き、他界化して永遠になった「乙女」の話。

 東京都足立区と埼玉県草加市・川口市の境を流れる毛長川にまつわるお話。

 昔、現在の埼玉県・新里に長者があって、その娘はとびきりの美女。いろんな男がいいよったが、結局、川を隔てた舎人(現・足立区)の長者の息子と結婚した。ところが、婚家と折りがあわない(とんだところに嫁いでしまった!)。トウトウ離婚となったが、昔の人はそういうのを傷物とか・出戻りとかいってイジメルから、実家に帰る道々、沼に身を投げてしまった。娘は沼の主となり、近隣に天災をもたらす。沼から娘のものとおもわれる、4メートルもある髪の毛がみつかって、これをマツって毛長神社とした。この社については享保10年というのが確認できる一番古い資料らしい。吉宗が江戸外周の関東各地を開拓開発していた時期であろ。

  実は、自分は高校生のころ、この川沿いに暮らしていたので、眺めるたびに、川底に髪の毛のような水草がウヨウヨとしていて、これもなかなか不気味だなあ、などと思ったものである。


「髪は女の命」とか「失恋したら髪を切った」とか、夫が死んだら尼になる=髪をおろすとか、オトコの場合は髷を切って形見としたり、「髪は長ーい友達」とか「てめーオレの髪型がサザエさんみてえだと?コラァ」(←わあいJOJOだ (^O^))とか髪には《現世への執着》の象徴のようなものがあるらしい。

 与謝野晶子歌う「そのこ二十歳、櫛に流るる黒髪の、おごりの春の美しきかな」

 有名な北海道空知の「萬念寺お菊人形」は亡くなった幼女のかわいがった市松人形の髪の毛が伸び続けるという怪奇話であるが、これもまだ充分生きていない幼子の、現世への執着をよみとれてあわれ深い。

 江戸のころから「かみきり虫」とか「黒髪切」とか女の髪をバサーときって去ってゆく妖怪が出没したという話があるが、あれも、消費文化の発展のなかで、この世の煩悩を断ち切れという寓話であったかもしれない。もっとも「かみきり」の話は明治になってからも時々語られるようだから、髪フェチのような変態さんがいたのかもしれないが……。 

 ホラー映画でも髪の毛は大切な小道具。ほら、蛇口をひねったら髪の毛がでてくる……なんてよくあるパターンじゃない?

  

 川口・鳩ヶ谷・草加・谷塚・竹ノ塚……このへんは戦前は「南足立」という地域名で呼ばれていたが、このアダチというのは”葦立”という意味で、そもそもはたいへんな湿地帯であった。なにしろ、縄文時代にはいまだ古東京湾の海の下、古墳時代でも、まだ海辺の入り江のあたり、というかんじの場所であった。その地理関係故、このあたりは古墳・遺跡が多く出土していてかなりの集落を形成し、前回の葛飾とならぶ関東の中心地区だったようである。ところが、どんどん陸地が後退し、海がとおく中古・中世にはド田舎になってしまって、毛長ヒメが身を投げたころはこの辺がまるまる沼地みたいなもんだった。……ってことは、ひょっとしたら離縁のショックでボーとしていて、はまっただけなのかもしれない。……新里も舎人も江戸になってからの「再開発地」であり、そもそもこの婚姻も、川を隔てたニ長者の開発協力のための政略結婚のようなもんだったらしい。これはそんな天然の大地を人の要にするために開発・開拓してゆく過程で生まれた話なのだろう(今ではだいぶ整理されているが、この川沿いは飛地が多いのもその成立過程の故であろう)。

 
 さて、ギリシャ神話では「かみのけ座」の由来として、戦争へ行った夫の無事を祈願した妻・ベレニケが髪の毛を神(アフロディティ)に奉納し、無事、夫は帰国した云々という話がある……また、蛇女ゴーゴンなぞは髪の毛が蛇というおそろしい姿。蛇=まつろわぬ自然神とするなら、それを髪にもつということは、まさに他界の象徴というべき彼女もまた女神である。

 ……「髪」つながりで、お能「蝉丸」にちなんだ話。

 百人一首にも登場する蝉丸は、醍醐天皇の皇子である、ともいわれるが謎の人。前世の因果か盲目となり、出家する。蝉丸の姉も、「乱心」ゆえに髪の毛が逆立つという異形をかかえ「逆髪姫」と呼ばれさげすまされて各地を転々、やがて逢坂にて蝉丸と再会する。蝉丸は侍女の毛で姉のためにカツラを作ってあげたので大喜び、蝉丸の琵琶と姫の舞が奉納された……。これには別伝もあり、蝉丸が病気でハゲてしまったのを、姫がその豊かな髪を提供してカツラにしたともいう。北区王子の関神社にはこの故事を記念した髪塚があり、鬘屋さんの信仰をあつめているそうな。ちなみに「今昔物語」によると、後の世の琵琶法師が盲目なのは、この蝉丸が起源であるという。……閑話休題。

 

 前回も触れたオトタチバナは、その死をヤマトタケルに認識さすために残した記号は髪に挿す「櫛」であったな。「櫛」はたとえば、伊勢の斎宮になるさいに、儀式としてさしたり、イザナギがイザナミ軍団を追い払うのに櫛の歯を折って使用したり、スサノヲがヤマタノオロチからクシナダを救う為に櫛に変身させたり、その柵状の形態ゆえに、あの世とこの世の境をなすアイテムといえる。 

 一方、髪の毛は人間の体の一部でありながら、意志では動かせない(由花子さんは別ね←わあい、またJOJOだ(^O^))。だから、身体(内)でありながら、物体(外=他界)でもあるという二重性格をもっていた。それは、憑喪神的である。また、境界的である。髪の毛に人の思いの染み付きやすいのは当然といえば当然であった。



 ……毛長ヒメは、一度人妻になったのだから「乙女」とは言えないかもしれんが、その髪の毛に思いを残した(と思われた)ことにより、やはり「をとめ」へと昇華したのである。

→水に入る乙女関係「佐用姫」(壷坂霊験記)