1972年夏。
宮崎にいた。
高校一年生だった。
宮崎県の都城市で、フォークシンガーのコンサートが開催された。
私は、そのコンサートを友達2人と見に行った。
生まれて初めてのライブコンサート。
なぜだか知らないけどすごく混むような気がして、私たちは前日都城に入り、コンサート会場に並ぶことにした。
コンサートの出演者は、高田渡、加川良、三上寛、なぎら健壱、友部正人だった。
今、思うとすごいメンバーだった、なと思う。
コンサート会場近くの公園で、朝を待つことにした。
公園には、同じ高校の同級生や宮崎大学の学生もいた。
酒を飲んだのか飲まなかったのか、よく覚えていない。
誰かがギターを持ってきていて、夜中でみんなで歌を歌ったりした。
夜中過ぎに、警官が来た。
彼らは特に威圧的でもなかった。
どっから来たとか、どこの学生なのか、とか、ごく当たり前の質問をした。
宮崎大学の学生が、少し興奮気味に「完黙だ。完黙するんだ。」とか言っていたけど、何を言っているのか、意味がわからなかった。
やがて何事も起こらず警官はいなくなった。
コンサート当日。
夜中じゅう起きていたので、私はとにかく眠たかった。
私はコンサートが始まると同時に眠りに落ちた。
それでも衝撃を受けた歌が2曲あった。
三上寛の「パンティストッキンングのような空」と友部正人の「大阪にやってきた」だ。
今日、一緒にコンサートに行った友人2人から、都城のコンサートにギターを持っていった同級生が亡くなった、という知らせを聞いた。
私は、その同級生が、コンサートに来ていたことを覚えていなかった。
昨日、京都からここ八ヶ岳に帰ってきた。
加川良の歌で好きだったのは、「京都の秋の夕暮れは、コートなしでは寒いくらいで 丘の上の下宿屋はふるえていました」という語りで始まる「下宿屋」という曲。
その下宿屋に住んでいたのが、高田渡だった。
彼の有名な歌に「コーヒーブルース」というのがある。
「三条に行かなくっちゃ、三条堺町のイノダってコーヒー屋へね。」と始まる曲だ。
私は、一昨日その三条堺町のイノダでコーヒーを飲んでいた。
友人の知らせから、ちょっと不思議な感覚を覚えた。
私は再来週、宮崎に帰る予定を立てていた。
過去も含めて、まるで全ての出来事が同時進行しているような感覚を覚えたのだ。