真田昌幸、上田合戦の策略】
~合戦、其の知謀、其の武勇、其の軍略~
(其2)
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⬛【決戦‼ 上田合戦】
~(神川の戦い)~
神川の西岸には、
昌幸の密命を帯びた
常田出羽と高槻備中が率いる
前衛部隊200が邀撃態勢を整えている。
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だが……
1発の銃弾も、1本の矢も放たない。
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徳川勢の先鋒部隊が西岸に達した。
それでも抵抗する事なく、
ジリジリと後ずさる。
その間にも
後続兵は神川を押し渡り、
ついに大半が無傷で渡河を終えた。
直後、頃合を見計らっていた
常田と高槻が大音声を張り上げる。
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「今じゃ。 放てぇぇ‼(撃て)」
満を持して待機していた
真田勢の鉄砲が一斉に轟発した。
徳川勢も
すかさず銃撃で反撃すると同時に、
敵は寡兵と見て
遮二無二に突進しはじめた。
堀切も柵も無視しての突撃だ。
数を恃んでの大攻勢の前に、
真田勢は負け色を見せて
弱々しく引き退しりぞく。
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「敵は怯ひるんだ。一気に押し崩せ‼」
侍大将が叫び、
嵩にかかって攻め立てる徳川勢。
しかし真田勢は、
ズルズルとは退かない。
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敵が近づけば
踵を返して鉄砲を撃ちかけ、
逃げては返し、返しては逃げてという
繰り引きで城近くまで後退したあと、
堪え兼ねた体で横曲輪へ引き入った。
昌幸が常田と高槻に命じていた
巧みな誘引策であり、
前衛部隊は囮部隊だったのだが、
寄せ手は気付きもしない。
鳥居元忠、大久保忠世、平岩親吉らの
歴戦の勇将すら、まんまと欺むかれ、
ここを先途とばかりに
大声で下知を飛ばす。
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「城は無勢ぞ。 付け入れ‼」
吶喊。
徳川勢が獰猛な四足獣の咆哮にも似た
雄叫けびを挙げて城際へ押し寄せ、
我先にと、乗り入れを競う。
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迎え撃つ昌幸の雄姿は、
上田城の本丸・大手門近くの櫓にある。
徳川勢が城際に迫っても、
胆の巨きさが並みではない
昌幸はいささかも動じる事はない。
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それどころか、甲冑も着ず、
六連銭の旗を吹きなびかせた傍らで、
禰津利直を相手に
悠然と囲い碁を打っていた。
家臣が数度に渡り、注進におよぶが、
泰然自若として動かず、
短切に返すだけだ。
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「敵、来たらば斬れ、斬れ」
徳川勢が
二ノ丸まで突入してくるのを
待っているのだ。
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上田城は、
東を向いた大手口から直線的に
三ノ丸、二ノ丸、本丸と
門が続いており、
攻撃する際に
正面から突入したくなるような
縄張りになっている。
本丸に兵力を集中し、
狭隘な二ノ丸へ殺到してくる敵勢を
邀撃する事で
相当の犠牲を強い事とが出来る
だけでなく、
敵の後続部隊がひしめき合って
押し出してくるので、
前衛部隊は逃げ場がなくなり
大混乱に陥るのは必至、
という構造だ。
昌幸はそこに罠を仕かけた。
真田勢の囮部隊に誘引された
徳川勢は、
三ノ丸橋と二ノ丸橋を突破して
二ノ丸へ雪崩れ込んだ。
その間、真田勢の反撃はない。
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徳川勢は
城中の兵が少ないからだと侮り、
ドッと鬨ノ声を挙げて本丸へ迫り、
我先にと大手門に取りついた。
それを待っていたかの様に、
昌幸に近侍する
参謀格の来福寺左京が声をかける。
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「殿、時分は 宜う御座りますぞ。」
「うむ。」、とうなずいた昌幸が、
碁盤上の石を突き崩し
スッと立ち上がったと思うや、
鉄板をも射抜かんばかりの
鋭い眼光を放って音声で命じる。
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「太鼓じゃ‼、 鉦じゃ。」
「貝を吹け‼」
太鼓と鉦が
ドドン・ドドン、
ジャン・ジャン・ジャンと
乱打され、
法螺貝の吹鳴音がヴォォォー‼と
轟き響き渡るや、
天地をも
どよめかせる鯨波があがり、
静まり返っていた真田勢の反撃が
開始された。
門や塀の上、矢狭間、鉄砲狭間から
銃弾と矢を雨注させる。
石礫を打つ。
予てから用意しておいた
丸太や大石を投げ落とし、
フツフツと煮えたぎった油を
降り注がせる。
攻撃しているのは軍兵だけではない。
猟師は鳥銃をブッ放し、
農民や町人は石礫を投じ、
丸太や大石を運び、
女・子供は油を沸かすなどの雑用に
汗を流している。
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「我らが城下に住まう者は、
百姓であれ町人であれ、
皆、我が子も同様じゃ。」
「妻子を引き連れて籠城せよ。」
昌幸は徳川勢が来攻する前に
城下に触れを出し、
希望者の入城を許していた。
領民はその仁愛に応えるべく、
徳川攻めに加わったのである。
みすみす罠に嵌まり、
二ノ丸へ殺到した徳川勢は、
昌幸の目算どおり、大混乱状態に陥った。
【短編・其三に続く…】