大野静峰作品の魅力 -4ページ目

大野静峰作品の魅力

留萌が生んだ天才木彫師の新しい世界を紹介します!

北海道は今が桜の満開の季節です。
今年は山桜が先行して、これから八重桜が開花します。

「ええ~~っ」と思われるでしょうが・・・

まだ寒いんです。(笑)

ここではありませんが、北海道の東では
雪が降りました。(羅臼)

で、八重桜が咲くころになると、いつもこの
短冊を思い出します。


ちょうど遊びに行ったときに、この短冊を書いて
いる途中でした。

で、学のない私はこの歌が有名な歌だと気が付かず
「へー先生、桜には七重桜ってのもあるんだねぇ!!」
と言ったら、「はぁ~??あっ!!!まいったなぁ。。
たたた足りなかった・・・」と言いながら、
何故か赤字で、「山吹の」を書き入れました。

それがこれです。  ↓ ↓

七重八重


ついでに太田道灌の八重山吹の逸話をご紹介します。


ある日、鷹狩りに出た太田道灌──、不意な雨にあってしまい、とあるみすぼらしい家にかけこんだ。
その家の者に「蓑(みの)を貸してもらえぬか」と声をかけたが、出てきた少女は黙って山吹の花枝を差すだけ。
意味が分からぬ道灌は腹を立て、雨の中を帰って行った・・・

その晩、道灌は近臣にこの話をした、すると、一人が後拾遺集にこんな和歌があると云うではないか。


『七重八重花は咲けども山吹の実のひとつだになきぞかなしき』


「お貸ししたくとも蓑ひとつなくて申し訳ない」と山吹にたとえて花をさしだしたのかー

道灌は己の不明を恥じ、その後、歌の道に精進するようになったそうです。


先生、太田道灌さんがきっと好きだったんだろうな~と思います。

そして、「山吹の!!!」って書いてあるのに、私が思い出すのは

やっぱり八重桜が咲くころなのです。

山吹さん、ごめんなさいね。






うちには、大野静峰先生が残してくれた言葉が
いろいろな形で残されています。

色紙に書かれた言葉。
彫刻として残された言葉。
半紙に書いてくれた言葉。

どれも宝物のように、そして今も心に響く
言葉たちばかりです。

その中で、私が一番好きなものをご紹介します。


人生は祭なり


先生がまだ子供のころに戦争は終わりました。

そして、終戦直後、先生の目の前で「三船殉難事件」が起きました。

戦争が終わったにも関わらず、樺太からの引揚船が潜水艦による攻撃を受け
大破しながらやっとのことで、留萌の港に入ってきた1隻は
それはもう、さなから「地獄絵図」のようであったと聞きます。


静峰先生は昭和59年から、この三船殉難の犠牲者の方や多くの霊を
慰めるために、お盆に日本海・黄金岬から「送り火」を焚いておりました。

先生がお亡くなりになってからも、先生の意思を継ぐ素晴らしい方達の
手で、毎年行われ続けています。


先生が生涯、人生に対して思い続けていた言葉。

「この世に生きていられるだけで幸せ。
 人生は、すべてがお祭りみたいなもんだ。
 幸せだなぁ。こんな生活できるだけでお祝いだよ」

明るい笑い顔が、今も脳裏に蘇ります。
鮭があまりに美味しそうで、つい半分食べてしまってから
「しまった!!」と思って、その雄姿を脳裏に焼き付けての
作品でしょうか。

この作品は、「半分頂きました」シリーズの中でも、彩色されて
後ろに台板が付けられたもの。

半身の塩鮭


台板の大きさは 高さ112㎝ × 横25㎝。
鮭自体の大きさは 80㎝ 。
おおよそ、実物大で作られた作品です。

写真ではちょっと見えずらいとは思いますが、
ハラスのところに少しだけ残る塩までも仔細に表現した
静峰先生の観察眼の鋭さをユーモア満タンで感じられる
作品だと思います。

鮭の身の脂の乗り具合が、身の艶としていきいきと
表現されています。

ブログを書いているだけで、食べたくなってきました。(笑)