一輪挿しのBLUES -3ページ目

一輪挿しのBLUES

風流ならざるところ、また風流なり。

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ものごとは諦めが肝心と申します。
またその反面、不撓不屈に諦めるべからずとも申しますもので人は身勝手ゆえにその際を見失い自ら心の呪縛に苦しむものでございます。

「放下」は投げ捨てる、放り出す、手放すという意味でございまして「著」は其の語を強意する助辞となります。
放下著とは全てきれいさっぱりと捨ててしまえ。という意味になるのでございましょうか。私共は二つの眼があるせいか有無、得失、是非、善悪、美醜と何かにつけて二元対立に分別視して物事を判断してしまうものでございますが、そのような妄想・執着心を捨てよと云うのでございます。

真剣であればあるほど、心を費やせば費やしただけ人は物事に執着するものなのかもしれません。紙くずのように丸めてポイッとできれば何も苦労はございませんが一長一短にはいかぬというのが人情であろうと存じます。夢幻とわかってはいても、それに縋りたくなるのも人で在るがゆえでございましょう。

妄想も未練も執着も大いに結構なことでございます。どんなに時間を費やそうとも現実は変わることなく目の前に佇んでいるものです。執着し尽くしたその先のどうにもならない現実を明らかに観ることができたなら心中納得のうえで自ずから放下著となるのでございましょう。
ただ軽率に放り出すという語意ではなかろうと存じます。








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ものごとの見方・考え方というのは人それぞれの立場から主張されるもので認知されたいという自尊心からひとたび討論が生じますと難儀なことに永遠と平行線をたどり結論に行き着くまでには遥かなる旅路を余儀なく…などというのは日常どこにでもあり得ることでこちらはどうやら討論と言う名の衣を纏ったただの言い争いにすぎず、そのような場を拝見致しますと、俺すげぇ感極まりなき方々が己が主張を通し合うだけの若々しい活気に包まれているように感じるものでございます。

真偽とは紙一重と申しますが様々な主張の中にも疑いようのない真実は含まれいるものでどのような内容であっても無礙には出来ず学べるところも多々あるわけで議論も捉え方次第で己が成長に欠かすことの出来ない実りある時間となるのでございます。

議論・討論もさる事ながら、人と人とが関わる上で他を認め受け入れるということが重要で其処から相手を思いやる気持ちや考えを理解する心などが湧いてくるものでございます。それでも受け入れることが出来ず理解する心も湧いてこないようですと、余程御縁無きことでその先の問答は無用なのでございましょう。

人は外見を観れば、大小の差はあれど大体同じ姿で存在しておりその本質は内面に触れてみないことには解らぬものもございます。善し悪しは別にして相手様の性根を把握することで難しい人間関係も少しは円滑に進んでいくような気が致します。

様々な事に於いて、その本質を観る・感じるということは容易ではございませんが、本当の事とは黙っていても浮かび上がってくるもので真偽を判断しかねるという場合は黙って事の成り行きを見守るというのも一つの手段であり結論はそれからでも決して遅くは無いように思います。

兎角、焦るとろくなことが起こらないものでございます。



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梅雨の時期ともなりますと空は厚い雨雲に覆われ、なかなか傘を手放すことも出来ず毎年の事と覚悟はしておりますつもりでいても、いざ雨模様が続きますと色々と不都合が生じてくるものでございます。

長雨の合間にやってまいります晴天はいつも以上に心地良く感じ、晴れ間が続くとなりますと今度は一雨が恋しくなりまして、なかなか都合良くはいってくれないのが自然の良きところなのでございましょう。

雨上がりの空は、普段浮遊しているような塵や埃が洗い流されたかの如く爽快でいて「突き抜けるような。」とは何とも的確な表現でございます。

止まない雨はないと思えるだけで傘打つ雨音も心地良く聴こえ気持ちも楽になるような気が致します。





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